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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──インフィニット・ワルツ──
41/120

#41




 どうして放っておいてくれないのか。


 誰かと関わらなくては生きていけないなど、酷い世界だ。





        #41





 ドアがバタンと閉められると、空気がぎゅっと圧縮されたような息苦しさを感じた。

 黒い革張りの高級車の中は薄暗く、スモークを貼った窓の外はネオンがキラキラと輝いている。何気なくそれを見ていると、車が静かに走り出した。

 運転手は舟正(ふねまさ)で、他の者はいない。


 丹羽が黙っていると、隣の新正(あらまさ)が小さく笑った。


「舟から聞いていたが……本当にあの頃と全く変わっていませんね」

「……()()()はある程度年を取ったら固定されるからな」

「あなた方が不老であると知れ渡ると、また世間は荒れそうだ」


 新正がどこか屈託なく言う。面白くなりそうだ、と言わんばかりに。

 丹羽は流れるネオンを見ながら姿勢を崩した。


「そうなる頃には必要な手段を取るだろうよ」

「ハルカさんが?」

「そうね、あの戸頭間の大ボスがね」


 新正の横顔は楽しそうだ。


「ミツルとハルカさんが駆け落ちしたときは、それはそれは大騒ぎだったというのに、あなただけしらっとした顔で普通にしていて……すべて忘れたみたいにぼんやりしていたものですから、ずっと心配していました。海野の親父が亡くなったら、あなたもふらりといなくなって──死んだのかと」

「生きてて悪かったな」

「ああ、これこれ。懐かしい」


 しわがれた声に、丹羽のどこかが痛む。

 それを受け止める前に、そっと目を閉じた。


 明るい金髪に染めていた、ピアスをいくつもつけていた青年。

 入れ墨を入れることは海野から禁じられていて不満そうだったが、一方で普通に暮らしていくことに強い憧れを持ち、それを必死で隠していた。

 ハルカと丹羽だけには「いつかこの世界から足を洗って家庭を持ちたいんです」と酔った勢いで教えてくれたことがあってからは、それを知った海野も彼に普通のバイトをするように進めたりしていたが、丹羽が出ていってから何があったのかは知らない。


「親父が亡くなったあと」


 新正が呟く。


「あなたもいなくなって、あの穏やかな家は解散しました。ただ、行く宛を探す下の奴らが、中途半端に色々な組に関わってトラブルが頻発しましてね。自分も含めてですが、そういう生き方しか知らないもんで」

「それで鬼不田に、か」

「一番マトモな組でしたから。海野の親父の友人でもあって、自分たちを丸ごと拾ってくれたんです。その恩に報いていたら、ここまで来てしまった」


 新正は自嘲するように笑った。それにしては、どこか晴れやかだ。


「自分にはよく合う世界だったようです。ただ、息子はそうではなかった」


 ふと、清潔な香りに包まれる車内に、海の匂いが混じったような気がした。足元にさらさらとした砂があるような心地になる。足を取られるあの感じ。湿った風。バットを振り上げる戸頭間。ナイフを持つ女。守った女に殺された、哀れな男──あれはもう、二年も前の話だ。

 丹羽はゆっくりと目を開ける。


「海にいた」


 新正は何も言わない。


「二年前、海岸でそれを見つけた俺達が片付けようとしたら、三人の男から暴行を受けていた。女を守り、一切やり返さず」

「……」

「男三人は侵入者。戸頭間の三男が全員を打ちのめしたあと、(ヒト)の男女を逃がそうとしたが」

「……女が侵入者だった、と」

「そうだ」

「息子を手に掛けたのは」

「女だ」


 ふと、丹羽は気づく。

 戸頭間に侵入者がわかるのなら、あのときどうしてそれがわからなかったのだろうか。いや──


「その女は、誰が?」

「……俺が」

「そうですか」


 ほっと息を漏らしたその温度に、彼の恨みが薄まる気配がした。

 

「ならばもう何も文句はない。ありがとう、一美さん」

「俺は何もしてないよ」


 仇を討つつもりもなく、あの時反射的に戸頭間を守っただけだ。彼がそう望んだように、動いただけだ。


「あれから、よくハルカさんから連絡が来ます。ともに息子を失った親として、気にかけてくれているんでしょう。最近は食事をしたんですよ。相変わらず美しい人だ。不思議ですね、あなた方と暮らしてきたからでしょうか、侵入者というものが恐ろしくないんです」

「……」

「あなた 方は消えるときは跡形もなく消える。上品だ」


 車が停まる。

 先程乗り込んだ場所に戻ってきたのだ。


「一美さん。こちら側で調べたところによると、息子を手にかけた女は、どうやら人間が差し向けたそうです」

「……どういう意味だ」

「今、そちら側は〝見知らぬ者〟と名乗っていた戸頭間の反体制の集団を潰しているんでしょう?」

「ああ」

「それを使っていた(ヒト)がいるそうですよ」


 ドアが開く。

 舟正が降り、周りこんで後部座席のドアのそばで待つ。


「もう手を引いたので詳しいことはわかりません。しかし──」


 丹羽を見る新正は、絶望を知るものの笑みで笑った。


「私は知っている。あなた方よりも、人のほうがずっと悪魔であることを」


 最後ににこりと昔のように笑って、新正は丹羽に深く頭を下げた。

 彼が頭を上げ、シートに深く座ったあとで後部座席のドアが開き、丹羽は外へと降り立つ。




 喧騒でざわめく繁華街にはドロのような匂いが渦巻いている。

 それは足元から立ち上り、(ヒト)の欲望を吸って肥大化して、ビルの群れの明かりで彩られる。


 すれ違う男女や客引きが笑っているのが丹羽の目に入った。

 大きな口を開け、しなだれかかり、親しげに視線を交わす。


 この中に(ヒト)がいて、廃棄された侵入者がいて、そしてもしかするとそれ以外もいるのかもしれないと思うと、この雑多に煮込まれた夜の縮図が滑稽に思えた。


 そこを歩く自分が、酷く間抜けに思えた。






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