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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ロックダウンシティポップ──
119/120

#61



 

 〝夜通し 雨が降れば

  アスファルトが波打って

  君のスカート捕まえて

  水面はもうミラーボールみたいに喜んで笑ってる


  飛沫上げて 踊る君

  雨粒弾き返す白い手の中に

  窓を開けて飛び込んでしまいたい


  雨に閉じ込められたこの街で

  僕と君の二人だけで

  ずっと

  

  ずっと〟





        #61





 臨時首都に狐刀と瀬世を残し、さらに十五人を送って一年。

 ハルカが(ヒト)側とした約束とやらは、この一年強固に守られてきたのだという。



 ──今後は臨時首都で何があっても報道せず、口出ししてこない。それが守られるのであれば、外国勢力が入りこまぬように侵入者として臨時首都の治安は鬼不田とともに守る。



「治安維持どころか……ハルカ様の策がこうもわっかりやすい成果を上げるとは思わへんかったわ」

「馬車馬のごとく働きましたがね」

「楽しかったですよねえ……!」


 瀬世の無垢な言葉に、舟正と狐刀がしらっとした顔で聞かなかったことにした。

 何があったのかなど聞かずともわかる沈黙に、戸頭間が嬉しそうにくすくすと笑う。


「一番にここに顔を出してくれるなんて、嬉しいなあ」

「臨時首都には新正の親父が入ってくれはったから、あとはもうこちらの締付けだけ、任されましてね」

「ああー。解散するのに異論を言うやつを黙らせる係だ?」

「まだ働かなあかんわあ」


 舟正が首を撫でる。

 戸頭間は彼の苛立ちを労わるように優しく微笑んだ。


「疲れたらここにおいでよ。お酒、奢ってあげるから」

「……はあ」

「何その顔。働かせる気なんてないよ?」


 そのやり取りにサトルは鼻で笑い、また時計を見た。本当に忙しいらしい。

 ついでに携帯も鳴り始めた。疲れた顔で、すぐさま手にして耳に当てる。


「──なんだ。目野のことなら……はあ? いや。ああ、わかった。とりあえず目野には何もするなと伝えろ。それでも動くなら母さんに言いつけるとでも言っておけ。すぐに戻る」


 電話を切ったサトルに、戸頭間はにんまりと笑った。


「だから言ったで──」

「黙れ」

「目野は兄さんには無理だって」

「黙れといったはずだが?」

「今度は何したの」

「上層部の既婚者が手を出してきたところを受け入れそうだったらしい。井田口が引っ張り剥がしたが、相手の携帯を盗んで家に電話すると脅している最中だ」

「……誰かと結婚させたほうがいいんじゃない?」

「ほう」


 サトルが目をキュッと細めたところで火の粉が飛んでくると察した戸頭間が丹羽を前に差し出す。

 

「ではな、丹羽一美」

「まあ……頑張れよ」

「お前に言われずとも。鳴」


 サトルが鳴を見つめ、一瞬だけ穏やかな笑みを浮かべると、鳴の「またね」の言葉を受け取ってバーを出ていった。

 カウンターには飲まれなかったグラスが残り、それを鳴が優しく撫でる。


「なあに、若様」

「うーん、聞くのが怖い」

「ふふ」


 鳴は何も答えずに、グラスを戸頭間に渡すようにしてカウンターから立ち上がると、ピアノへと向かった。

 丹羽は何気なくサトルの姿を見送り──エレベーターのドアが開くのを見ていた。

 そこから二人が出てくるのを知っていたように、じっと。


 サトルがやや寛いだ表情で紫と景とすれ違う。二人は和やかにサトルと一言交わすと、こちらへ歩いてきた。

 丹羽の視線に気づいた紫が、優しく笑う。




「おや。勢揃いだね?」


 バーに入った紫が言うと、夜津たちが「おはよう、景くん紫くん」と完璧に声を合わせる。

 一年ぶりに二人に会った狐刀や舟正や瀬世は、景と紫がこのホテルに馴染んでいることに驚いたような、それでいて納得した表情になった。戸頭間の笑みを見て察した、というところらしい。

 彼が気に入った者へ傾ける情の重さを知っているのだ。


「ゆーちゃん、あのさ」

「大丈夫。ちゃんと聞いてるよ、カケルくん」

「けーちゃんも?」


 戸頭間が尋ねると、景もあっさりと頷いた。

 どこかしんみりとなる空気を読んだ夜津たちは気遣ったように自分のボックス席へ向かい、残された舟正は居心地悪そうに首を撫でる。


「……あのう、もしかして、坊っちゃん怒ってらっしゃいます?」

「え? 別に?」

「あらぁ……」


 舟正はちらりと丹羽を見て「なだめてほしい」という顔をしているが、何がどうなってこんな空気になっているのか知らない丹羽にはなすすべなどない。

 その様子に、狐刀が首を傾げた。


「お前、知らないんですか?」

「……何を?」

「へえ、知らないんですかあ」


 にまりと笑うその顔は、楽しい楽しいと言いたげにカウンターへ向かった。瀬世も舟正もついていく。


 バーの中には穏やかなピアノの音色が響き出すが、丹羽の記憶が確かなら〝さよならのセレナーデ〟のような気がする。

 

 ──とりあえず、お別れしに行こっか。

 

 その言葉を意味を彩るような選曲のなか、戸頭間は深い息を吐いた。紫をじっと見る。


「寂しくなるなあ……」

「そうだね。私もだよ」

「……いや、俺は心底安心するわ」

「けーちゃん、なんでそういうこと言えるの? 毎日遊んであげたじゃない」


 うわあ、と顔を歪める景が、戸頭間に若干引く。

 

「俺が、お前に、付き合ってやってた、の間違いだろ」

「照れないの。可愛い息子が増えて嬉しいって言ったのはけーちゃんでしょ?」

「絶対に言ってない」

「そうだっけ? あ、そっか。思ってただけかあ」


 にこにこと打ち返す戸頭間に、景は疲れたように視線を外した。


「ふふ。そっくり」

「そっくりだね」


 戸頭間と紫が笑い合う。

 そのまま、戸頭間は自分から手を差し出した。


「ごめんね、母さんが勝手に決めて」

「いいんだよ。あの街には居たし、勝手もわかってるから」


 紫はすべてを受け止めるような優しさで握り返す。


「私たちが橋を落としたことも関係してるしね」

「うーん、僕何も聞こえなかったなあ」

「あ、そうだった。ごめん」


 戸頭間は握った手を引き寄せて紫と軽く抱擁を交わすと、今度は景に向かって手を広げた。当然のごとくその手は軽く叩き落とされるが、それで諦める彼ではなく、自分からぎゅっと腰に巻き付く。


「はあ。本当に寂しいよ、けーちゃん」

「お前怖えよ……」

「お願いだから、あの街で大人しくしながら死ぬほど頑張ってね」

「どっちだ!」

 

 わあわあと騒ぐ二人を微笑ましげに見る紫が、話からようやく察した丹羽に気づいたように、目を細めた。



「はるちゃんから頼まれて──私たちが臨時首都を預かることになったんだ。ここからは、出ていくよ」





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