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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ロックダウンシティポップ──
118/120

#60



  〝眠って 何もかも手放して

   見たくない夢の中でも

   泳いでしまえばいい

   ただただ 自由に


   泳いで 歌って 

   霧が深くなる夜に

   愛だけが残るその中へ

   迷わぬように 手探りで〟





        #60





 いつから抵抗なく準備された服に袖を通せるようになったのか、丹羽はもう覚えていない。


 目が覚めたら、一式が揃えられてドアノブにかけられているのが日常だった。

 部屋から見渡せる海に続く青空をぼんやりと見ながら支度を終え、朝の爽やかな潮風の中でジャケットを羽織る。


 勝手に窓も何もかも開け放って嫌がらせをする自分の相棒は、何やら武家山と話し込んでいるらしかった。

 

 

「えー。やだやだ。本当に嫌なんだけど」

「そう申されましても、決まったことですので」

「誰が勝手に決めたの?」

「ハルカ様です」

「ちゃんと止めてよね、武家山さん」


 どうやら最悪なタイミングで部屋から出てしまったらしい。武家山が「おっさん遅えよ」と言わんばかりに睨んでくる。


「おはようございます、丹羽様」

「……お待たせしました」

「いいえ?」


 にっこりと笑われるので、丹羽はそれから逃げるように視線を彷徨わせた。その先のテレビに、目が釘付けになる。



『緑川防衛大臣は、この度臨時首都を一つの街として承認する案を提出をしたとのことです。街の治安に関しまして、去年の臨時首都の外国勢力の暴動から一年、指定暴力団である鬼不田組が街の取り締まりを強化。薬物汚染を脱却し、様々なカジノと連携し、運営をしてきました。財務状況の審査結果に応じた者しかカジノに入れない取り組み、出入り口を一つに絞っての来県者管理など、不法滞在者の撲滅にも注力し──健全化に努めてきました。この案が通ったあかつきには、鬼不田組は解散するとの情報も──』



「なんだこれ」


 丹羽が呟くと、戸頭間も「そおだよねえ」とむすっと大きく頷いた。

 コメンテーターが興奮気味に喋る。



 ──いやあ、驚くことをしますね、緑川さんは。去年の就任挨拶で〝共闘〟や〝共存〟と仰っていましたが、まさか指定暴力団に臨時首都を健全化させ、さらに組を解散させるだなんて。彼女の人脈の広さに驚きますよ、本当に。

 ──……暴力団ですよお? 犯罪集団に街を乗っ取られたと考えるのが自然では?

 ──では、誰が介入すればここまで健全化できたと? 鎮圧でも臭いものに蓋ではなく、その中に入っていって内側から変革を起こせるのは、誰です? あなたにできますか? 彼らは組を解散してもいいと言っている。力には力でねじ伏せるしかないが、その使い方は選べます。誰がどう使うかが問題ですし──不健全な街はまた外国勢力に確実に狙われます。だとしたら、彼らに街を任せるほうが──

 


「なんだこれは」


 白熱する議論を前にした丹羽の二度目の呆れ声には、武家山が「もういい加減聞き飽きた」と言わんばかりにテレビを消し、代わりに説明してくれる。


「臨時首都が鬼不田の手に渡ったんですよ」

「はあ?」

「鬼不田としては、組は解散して全権を政府に渡すと言っていますが無理でしょう」

「まあ、黒い人脈のなせる技だからねー。政府に渡ったら、彼らは余計反発して操縦不能になるし……きちんと選ぶふりでもして、鬼不田の関係者が街を治めるようになるんだろうね」


 丹羽が顔を歪めて返すと、武家山は呆れ、戸頭間はいたく感心して頷いた。


「丹羽さんって疎いよね。本当に自分以外無関心なんだから」


 誰かに過去を聞かされているような口ぶりに、丹羽は無視を決め込む。

 臨時首都に狐刀たちを置いていって、一年。

 たった一年。

 世界が本当に変わり始めたのだろう。


「で、その臨時首都にねー、うちの分家をね、置くことになったんだよ」

「分家」

「そお。あれから一年経っても、貸した者たちが帰ってこないでしょ? なんか存在感強めちゃったみたいでさー。今回の緑川のおばさんとの取引で〝鬼不田の監視に侵入者を、侵入者の監視に鬼不田を〟って感じでバランスとりたいらしいんだよね」

「誰が行くんだ」


 戸頭間が駄々をこねるように「やだ」を繰り返していたのを思い出した丹羽が尋ねれば、戸頭間はわざとらしくため息を吐いた。


「とりあえず、お別れしに行こっか」

「……お別れって」

「はあー、本当に嫌だなあ。遠いし」


 戸頭間がむすっとしながら先を歩き始める。

 丹羽は武家山を見たが「さっさと行って来い」と言わんばかりの顔で送り出されてしまったのだった。






 バーに降りると、カウンターで数河がサトルにグラスを渡しているところだった。

 どうみても「見送りに来た」という顔だ。


「──丹羽一美、顔色が優れないようだな」

「起きたばっかりなんでね」

「そうか」


 そう言いながらド真面目な顔で時計を見て、顔をしかめる。


「寝すぎだ」

「……お前、ここで何してんだ。仕事は」

「忙しいに決まってるだろ。裏である程度の自由が侵入者に与えられる事になったせいでな。あと目野の世話も忙しい」

「井田口と合わないのか」

「いや。なぜか(ヒト)の男どもがあいつを奪い合うせいで部下の入れ替えが激しいんだよ」

「……ああ」


 目野のことだ。自分よりもサトルに付き従う(ヒト)をふるいに掛けるために粉をかけているのだろう。

 察した丹羽の顔を見たサトルは、めずらしく涼しげに笑った。


「暇なら俺が使ってやろうか?」

「……遠慮させていただきます」

「そうだよ。だめだよ兄さん。これは僕のだから」


 戸頭間が牽制するように間に入り、カウンターに座っている鳴に「おはよう、鳴さん」と声を掛ける。


「おはよう、若様」

「夜津さんたちは?」

「今下に迎えに行ってて……ああ、ほら、帰ってきたわ」


 バーのドアを開けて入ってきた三人は、丹羽と戸頭間に気づくと、同じ位置で手を上げた。


「おはようございます」

「一美くんも」

「サプライズです」


 交互に喋る彼らがパッと道を開けると──一年ぶりに見る狐刀と瀬世が舟正が立っていた。


「只今戻りました」

「……も、戻りました!」

「わあ。坊っちゃんの顔見るとほっとするわあ」


 戸頭間が「おかえり」と軽やかに迎え入れる和やかな光景を見ながら、丹羽は何度目かわからない「なんだこれは」を呟く羽目になるのだった。




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