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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ロックダウンシティポップ──
112/120

#54




 欲しいものほど手に入らない。

 そういうものだ。




        #54



「……ああ……」


 その一言が、バーにいた全員の背筋を撫でた。感動と愉悦の混じった気味の悪い声に、警戒心が跳ね上がる。

 カウンター内の数河が一歩引き、ホテルのフロントへの電話をかけようと身じろぐと、犀はじろりと不健康な目で睨んだ。


「無駄なことするんじゃないって」


 犀が腕で女の首を絞める。


「クソ女が死ぬよ。今は……戸頭間ハルカだっけ?」

「……犀」

「よお、クソガキ。これお前のだろ。やるから、この二人を俺に返せよ」

「どうしてここにいる」


 丹羽に向かって、犀がにっこりと笑って首を傾げた。


「んー? だって、このクソ女があっさり教えてくれたんだもん。二人はここにいるってさ。お前裏切られてやんの。おっかしー」

「あの家に行ったのか」

「戸頭間ミツルの家? うん。行ったよ。そしたら庭にいたからさあ、捕まえてきた。あっけなかったなあ」


 丹羽は安堵を顔に出さぬよう、心の中で息を吐いた。

 着物姿の女はボロボロではあるが──犀は気づいていない。両腕が、肘までしかないことに。


 顔は見えないが、目野だ。


 ハルカだと思って犀が連れてきているのは、目野だった。


 良かった、と思う反面、いや良くない、と思い当たる。

 これを大事にしている男がここにいる。



「丹羽さん」



 その低い声に、丹羽は自然な動作でポケットからライターを出した。同時に蓋を開け、歯車に親指をかける──と、チッと火花が散った途端、それは細く爆発するような速さで犀に達した。一瞬にして犀の半身を包み込むと、首を締めるように巻き付く。


「!」


 犀が目野を振り落としたのを見た戸頭間が笑う。

 その目に残虐さが灯り、まつ毛は美しく上がったまま、瞬きをしない人形のようにじっと犀を見て──それから二秒、犀は絶叫を上げる暇なく燃やし尽くされた。服が溶けるのも、身体がゲルに溶けるのも、水に変わった瞬間も一切わからないままに、消えた。


 暴力的な熱気に似合わない緻密な制御。

 それを平然とやってのけてスッキリとした横顔の戸頭間は、どうみても名波他の時よりも精度が増している。


「……戸頭間くん」

「なあに」

「どっかで練習でもしてるのか」


 丹羽の呆れた声に、戸頭間は床に落ちた目野のそばに行きながら「えー、ひみつ」と答える。

 景が「お前、火使うの」と聞きながら頭を掻き、紫も驚いたように「すごいね」と言おうとした。

 が、上から降りてきた武家山の剣幕がそれを止める。


「──カケル!」


 扉を開けた彼女がそう叫び、全員が驚いたように彼女を見上げた。彼女が戸頭間を名前で呼ぶことなど、そうない。

 武家山がハッとして、バーの中を見渡す。


「……よかった」

「どうしたの、絢乃」


 戸頭間が武家山を名前で呼ぶことも、そうない。

 つまり異常事態らしい。丹羽は、武家山のもとへ行った戸頭間の代わりに目野の腕を引き、立ち上がらせた。


「大丈夫か」

「……ねえパパ、大丈夫そうに見える?」

「悪態が吐けるなら大丈夫だな。よくやった」


 目野が鼻で笑い、丹羽の手を振りほどく。

 

「私はハルカ様のためにやっただけよ。あいつ、なんなの」

「……ちょっとした知り合いだ」

「最低」


 呟く目野が「あちこち痛い」と苦しげに呻く。ハルカでさえも忌み嫌っていた犀に何をされたのかなど、聞かずともわかった。

 紫も景も、目野を痛々しそうに見る。

 その目を見た丹羽は、居た堪れなくなって窓へと視線を逸らした。



「!」



 自分の見ているものが、信じられなかった。

 晴天の空が黒く割れ、そこからボロボロと棒のようなものが落ちてきている。


「……戸頭間くん」


 海の上に落下する。


「戸頭間くん」


 そこから青い煙がいくつも上がる。


「戸頭間くん!」

「なに? 悪いけど丹羽さんと話してる場合じゃないんだけど。フロントの半数があいつに殺されたって──」


 戸頭間が振り向き、丹羽が見ているものを見てびたりと止まった。

 紫も、景も、武家山も、目野も数河も。


 ただ黙って目を見開き、それをその場から一歩も動けない。

 小さな空の黒く割かれた隙間から、絶え間なく落ちてくる。

 小枝のように見えるものは──目を凝らせば何かすぐに分かった。



「犀」



 紫が強張った声で言った瞬間、全員が動いた。

 窓際へ走り、それを見下ろす。

 青い煙が上がる中でもボトボトと落ち、クッションの役割を果たして溶けたものの上から、灰色の肌をした犀らしきものが起き上がって海の上を歩き始める。


「!」


 紫が手のひらに箱を出す。

 拳の大きさ。丹羽が初めて見る大きさのそれが、ふっと消える。

 景を見れば、酷く怒りに満ちた横顔で、箱を海の上へと移動させた。


 爆発する。

 海が凹むような衝撃と、紙吹雪。銀のテープを掴むように、まだ上から絶え間なく犀が降ってくる。


「……」


 もう一つ出そうとした紫の手を、戸頭間が抑えた。


「大きいやつはやめて」

「……カケルくん?」

「まだ昼間。目立つよ。この辺に(ヒト)は近づかないけど──それでも大きいやつはダメ」

「おい、離せ」


 景が戸頭間の手を掴み上げたのを見た丹羽は、景の手を思い切り払った。

 景の狂気をはらんだ目が、丹羽をじっとりと見据える。

 

「お前さあ、誰に向かってそんな事やってんの?」

「父親」


 しらっと言い放つ丹羽は、景を真正面から睨んだ。


「ここは彼の城だ。従え」

「……本当に中身、一美か?」

「ふ」


 笑う紫が、景の腕をぽんぽんと叩き、戸頭間を穏やかな目で見た。


「ごめんね。そうだった。私たちはどうすればいいかな?」


 戸頭間は丹羽に向かって褒めるようににっこりと笑うと、ジャケットのボタンを外す。



「海で砂遊びしようよ。みんなでね」






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