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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ロックダウンシティポップ──
110/120

#52



 順応して、変容して、愛していく。

 誰かを。

 誰かに。

 自分の外側を、見えないもので埋めていく。



 満足するまで。




        #52




 景と紫を連れ帰って、二ヶ月。

 二人の身柄はホテルの預かりとなった。


 丹羽は一言も口を出していないし、他の誰もそれに反論しなかった。

 できるわけがなかった。

 ハルカの判断だからだ。


 ──あの人は来る。今度は正々堂々私のところに。


 怒りの滲んだ声だった。


 ──嫌がらせだったのよ。どうやって戸頭間ミツルにたどり着いたのかは知らないけど、紫さんと景さんのコピーを置いて行くなんて、回りくどい。私の目の前に現れて、私を殺しに来ればよかった。あなたの記憶とやらを奪っておいて、まだ足りないなんて──あの人、私のこともいつも睨んでた。嫉妬した醜い目で。


 景が言う。


 ──(はる)がこっちで旗振ってるのが怖かっただけだろ。そのうち廃棄した奴ら引き連れて戻ってくるんじゃないか、ってな。あいつ怖がりだから。


 紫がクスクスと笑う。


 ──あの子はその時の感情で動くところがあるから。憎しみがいっぱいのときにはコントロールが難しくてね。しかも読みにくい。私たちを棄てるときだって〝あのクソガキの記憶も使えない〟って言っていたよ。あと〝消えろ、失敗作〟とね。


 その言葉に、ハルカが目の奥の炎を揺らした。それをなだめるように、手をひらひらと振る。


 ──泣きながらだよ。







「けーちゃん、暇ならちょっと遊ぼうよ」


 戸頭間の声で、ハッとする。

 丹羽は戸頭間が立ち上がるのを何気なく見上げ、彼がジャケットを脱ぎ頭に被せてくるまでぼんやりとしていた。

 バサッと置かれたジャケットを、すぐにカウンターに落とす。


「ふふ」


 紫が穏やかに笑い、景は「げえ」という顔でグラスを手にする。


「やだよ。お前足癖わりぃもん」

「褒めてくれてありがとう」

「本当にそっくりだな」

「母さんと?」

「かあさん」


 その言葉を理解できないとばかりに繰り返した景に向かって、戸頭間が殴りかかりつつバットを出す。


「! こら!」


 腕で防いだ景が、バットを掴んで脇に抱えるようにして取り上げる。


「奇襲すんな」

「だって遊んでくれないから。仕方ないでしょ」

「怖えよ……」


 と、呟きながらも、カウンターを離れた景は、突進してくる戸頭間と遊び始める。

 戸頭間はステップを踏むように蹴りで詰めていき、景はそれを手ではたき落とし、時折腕を伸ばして応戦する。

 どうみてもじゃれ合っている程度の〝遊び〟だが、このバーの中のたくさんの障害物を器用に避けている様子は、くるくると踊る陽気な二人に見えなくもない。


「カケル、物に当たったら即終了だぞ」

「わかってるって、ばっ!」


 丹羽は、背後で互いの攻撃を弾き合っている乾いた拍手のような音を聞きながら、数河にグラスを向けた。

 数河は苦笑しながらほんの少しだけ酒を注いでくれる。

 丹羽の隣には、紫が座った。


「はるちゃんの子たちは、いい子だね」

「……」

「君ね……ちゃんと景と話してる?」

「いや」

「泣きそうになるから?」


 無邪気に聞かれて、丹羽はしかめっ面で隣を見た。


「一美。君がどれほど景を慕ってきたのか、私は知ってる。君が景を失って、どれほど傷ついたのか。また失ったら耐えられないから、距離を取ってるのかもしれないけど……私たちはすでに死んだ者。幽霊と再会していると思ってくれたらいいよ。景に甘えなさい」

「……むらさき。本気で言ってるのか」

「? うん」

「お前たちと俺の今の見た目で?」


 自分より若々しい二人に、何をどう甘えるというのだろうか。


「あー……ああ、うん。ちょっと絵面はきついねえ」

「ちょっとどころじゃないだろ」

「ふふ。ごめんごめん。私が死んだことも悲しんでくれたんだね」


 丹羽の声から機微を読み取ったように優しく言う紫を、丹羽は呆れたように見た。

 落ち着いた横顔を見て、ふと思う。

 なんだろう。

 この、完璧な感じは。


 完璧な、紫がここにいる奇妙さは。



「むらさき」

「ん?」

「どうしてあいつ()に記憶があることを言わなかった。他にも作り続けるとわかっていて」


 丹羽が問うと同時に、背後で「あっ、消えるのは無しだよ」と戸頭間が講義している声がする。真後ろに景の気配がパッと移動してきた気配の中、紫はゆっくりと丹羽を見て、それから答えた。



「あの子に、知られたらならないと思った」

「──あいつが壊れると思ったからだよ」


 景が二人の間に割って入り、そのままぼそっと呟く。

 紫が珍しくじろりと睨んだ。


「景」

「親父は甘すぎる」

「自分の子に甘いのはどこの親だってそうだよ。お前だって一美には甘いだろう?」

「当たり前だろ」


 しれっと言い、景が一美の頭をグシャリと撫でて消える。

 振り返れば、戸頭間とまた組み合う景が楽しげに戸頭間の足を掴んで上へ投げたところだった。戸頭間はそのままグルンと回転し、着地した低い体勢のまま景の懐に飛び込む。


 紫がその様子を見ながら、優しく目を細める。


「狭い中でよくやるね」

「むらさき」

「うん、ごめん。君の記憶で私たちが戻ったって知ったら、あの子は壊れると思った。だから──奪ってきたんだ。あとは私たちが逃げるだけ。そうして諦めてくれるのを待つつもりだった」

「……だからか」


 だからあの時、犀は逃げたのだ。

 スクランブル交差点の中心。最初は踏み出してこようとしたが、自分の手を見て諦めて逃げた。


「もうあの子は私たちを作れない。外側だけの私たちを廃棄するのを見て、確信を得た。あの子が欲しがっているのは、私たちの外側だけじゃない、中身だ。記憶を移動させられないようにすれば、諦めてくれると思った」

「でも──気づいたんだろ」


 気づいたのだ。

 犀は、自分の力を使おうとして、使えないことに気づいた。

 それが、どういうことなのかに気づいてしまった。

 失敗作として棄てたものに〝記憶を奪う力〟を奪われていたことの意味を。


「紫」


 二ヶ月前、紫は言った。


 ──私が覚えているのは……君の視点の映像ばかりだから、多分君の記憶を使った個体なんだろう。



 それにしては、完璧すぎる。

 丹羽は頭の中に降ってきた確信を言葉にした。



「本当に、俺の記憶だけなのか?」




 

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