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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ロックダウンシティポップ──
109/120

#51



 乾いた欲望が、足元から這い上がって身体にまとわりつく。

 底なし沼にゆるゆると引き摺り込まれていく予感に、どうして抗えないのだろう。


 あの瞬間に感じる安堵は、一体何なのだろう。



        #51




「丹羽さんはさあ、(ヒト)のために働ける?」


 戸頭間に聞かれ、丹羽はそのままを口にする。


(ヒト)による」


 新正からの頼まれごとなら、一度は受けるだろう。世話になったものに砂をかけるほど落ちぶれてはいない、と思ったところで、丹羽は自分の頭の中に戸頭間の思考が侵食していることに気づき、辟易とため息を吐いた。

 戸頭間は成長を見守るように笑う。


「大人になったねー」

「というか、二ヶ月前も(ヒト)のために働いただろうよ……」

「それは母さんからの命令でしょ?」

「じゃあ次も君たちのボスが決めたことに従うよ」


 丹羽がうんざりしたように言えば、サトルが微かに笑った。


「カケル」

「なに?」

「目野のことだが」

「だからあれは兄さんには無理だって」

「何が無理なんだ。言ってみろ」

「相当面倒くさいコンプレックスでがんじがらめの癖に、行動力がありすぎるからだよ」


 散々な言われようだが、丹羽は黙って同意する。あの猪突猛進さや妙な大胆さ、捻れた妄信的な思考──どう考えても、勝手に動いて余計に事態を混乱させなくもない。というか、大人しくサトルに従う姿よりも、勝手に動いて静かに叱られているほうが想像できる。


「兄さんには、寛容さがないからねー」

「何を言っている。俺は寛容だ」

「無理だよ。目野は無理。第一腕もまだ肘までしか修復できてないでしょ」

「では、対策課には丹羽一美をもらおう。お前には目野を」


 サトルが言うと、戸頭間は「はあ?!」と声を荒らげた。

 もうここから退散したくてたまらない丹羽は、現実逃避とばかりにテレビに視線を向ける。



 緑川防衛大臣とやらの会見は終わり、コメンテーター達が批判半分で薄いコメントを残していた。

 ──共闘とおっしゃっていましたが、何を想定しているのかは聞けませんでしたね。

 ──党内外、ということでしょうか。

 ──まあ、そうでしょう。彼女、顔が広くて、各省庁とも連携が取れる方ですし、二ヶ月前の件では、緑川さんが垣根を取り払って動いたという話も聞いています。今時珍しい骨太な政治家ですよ。

 ──では、一旦CMを挟みます。



 口を滑らせた愚か者の得意げな顔を、丹羽は頭から追い出す。

 彼を見るのはこれで最後だろう。

 それほどに、上に立つものがする〝約束〟とやらは重い。



「そういう冗談やめてくれない?」


 戸頭間の硬質な声が、丹羽を引き戻した。


「対策課にこんなおっさん入れてどうするの」

「使うに決まってるだろう。井田口とも連携が取れる上に、それなりに腕が立つ。今のところ、目野の次に動かしやすい」

「ありえない」

「お前に決定権があるとでも?」

「あるよ。これは僕のだ」


 いや、俺は俺のものですが、と言いたいのを丹羽は耐える。

 戸頭間は苛ついていて気づいていないようだが、これは他人を挟んだサトルの駆け引きであるのは明白だ。


「貸せ」

「貸さない。絶対無事に返さないくせに」

「なら目野をもらうしかないな」

「……」

「目野は対策課で使う。腕が戻る前に。意味はわかるな?」


 戸頭間はやられたと言わんばかりに、わざとらしくため息を吐いた。

 カケル、とサトルに呼ばれ、答え合わせをする。


「はいはい……どうしても対策課に一人、こっち(侵入者)の増員が必要なわけね」

「そうだ」

「だけど、目野なら〝お仕置きの続き〟として連れて行っても角が立たない」

「ああ」

「ついでに、侵入者のお仕置きが過激だって(ヒト)に見せつけらせる」

「わかってるなら最初から頷け」

「わかってるのと納得するは別でしょ」

「──ふふっ」


 鳴が我慢できない、とばかりに笑えば、場にほんのりとあった緊張感が緩んだ。

 少女のようにくすくすと笑い、肩を丸める彼女の声が優しく響く。


「仲良しね。ふたりとも」

「仲良しではないぞ」

「仲良しじゃないよ」

「ほらあ。ね、一美さん」

「……そうだな」


 ハルカと随分違う柔らかさを前にして、自分たちの無力さを知る。今まで黙っていた数河まで小さく笑い──それから小さく「あ」と声を漏らして、入口を見た。

 カウンターの頭が四つ、入口を見るように動く。


 ドアに差し込んだ影は二つ。


「あ」


 と、戸頭間が一番に手を上げた。


「けーちゃん!」

「……なんで揃ってるんだ?」


 景が不思議そうに聞く。

 ホテルのドレスコードを守った黒いスーツ姿だが、ネクタイだけは免除されていた。シャツの首元が開き、うねった髪は束ねてある。その後ろから「揃ってるって、なにが?」と紫が顔を出した。

 白シャツに、青い石のついたループタイ。どこかの爽やかな坊っちゃんの姿をして、片耳を出した紫がバーの中を見てにこっと笑った。


「おや、サトルくんだ」

「どうも」


 サトルも軽く返す。


「疲れた顔をしているね。休んでいったらどうだい?」

「時間がないので」

「そ? 鳴さん、そういえば部屋の電球が切れそうって言ってなかったっけ?」


 紫が優しく聞けば、鳴は「そうだった」と困ったようにサトルを見た。

 その視線一つで、サトルは立ち上がる。はあ、とため息を吐きながら、紫に「失礼します」と礼儀正しく挨拶を済ませ、景にも「どうも」と軽く頭を下げてバーを出ていく。

 それを見送った紫を、戸頭間が呼んだ。


「ゆーちゃん」


 呼ばれた紫も穏やかに笑う。


「大変だった感じなの?」

「うん、本当に兄さんって暴君でさあ……おかげで助かったよ。ありがとう」

「いいよ。一美のお友達だもの」


 その言い方に、景が「ぶっ」と笑う。


 二ヶ月。

 たった二ヶ月で、この二人はホテルに馴染んだだけではなく、戸頭間の心も掴んだのだった。



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