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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ロックダウンシティポップ──
108/120

#50



 どうでもいい事件で、上から塗りつぶす。

 いつだって視線を逸らした者の負けだ。




        #50




 臨時首都の件は〝外国勢力が起こした暴動は鎮圧した〟のニュースの読み上げで終わった。


 あれから二ヶ月。


 どっかの俳優が捕まったとか、女優が結婚したとか、アイドルグループが解散したとかのニュースが身体を張って全面に出てきてくれているおかげで綺麗さっぱり消えたのだ。



「──若様はどうしたの?」


 鳴に聞かれ、丹羽はカウンターで吸っていた煙草を捻り消した。


「実家に呼び出された。朝の三時」

「……三時って、朝だったかしら?」


 彼女がくすくすと笑いながら隣りに座る。

 数河はすぐに彼女に水の入ったグラスを差し出した。


「朝らしいぞ。サトルからすればな」

「あの人の呼び出しならそうね。三時は朝だわ」


 あの人。

 若様のお兄様、と呼んでいた鳴の微かな変化に、丹羽は黙ったまま酒をちびちびと飲む。


「皆さん忙しそうね。ホテルの人も減っちゃって、寂しい」

「……十人減ればなあ」


 ホテルから十人。それ以外から、五人。計十五人が臨時首都に送り込まれたのは、あそこを出て三日後のことだった。


 ハルカが選んだ彼らが何をしているのかは知らないが、彼女が怒りで乗り込むこともないのなら、上手に舟正が運用しているのだろう。丹羽は、何の変哲もないニュースを伝える画面を見上げた。国内の防衛大臣に女性が初登用されたらしい。会見中のスーツの胸元に、見たことあるブローチが光っているような気がしたが、気のせいだろう、と視線を下げる。昔にハルカが使っていたものとそっくりだったが、気のせいだ。



『──わたくしの座右の銘、ですか? そうですね……共に闘うと書いて共闘です。意見も育ちも違う相手であっても、理解しあい、共に闘うために歩み寄る。そうね……共存、という言葉も付け加えさせていただこうかしら。そういう姿勢で、誠心誠意この国を守っていく所存です。ではお次の方、質問をどうぞ──』



 気のせいだ。

 丹羽は空っぽのグラスを数河に向かって振る。

 苦笑が返され、ふと彼が手を止めた。


 グラスを二つ、カウンターに新しく出す。

 丹羽が察する前に、バーのドアが開き、二人の声が賑やかに割って入ってきた。


「もうやめれば?」

「無理だ。侵入者対策課が増員をすることになった今、どれだけ上が鬱陶しくてもやめられん」

「公務員みたいなこと言ってるー」

「忘れたのか。俺は公務員なんだよ」

「忘れてないけどやっぱり兄さんには似合わないよ」

「目野は対策課にもらう」

「はあ?!」


 喧嘩しながら入ってくるのはやめてほしい、と思う丹羽とは反対に、鳴は二人のやり取りを穏やかに見守っている。


 苛立たしげに睨む弟と、真面目な顔で煩わしそうにいなす兄。

 一般的には微笑ましいかもしれない場面だが、なんせこの兄弟はなんにも微笑ましくはない。丹羽は黙って無関係を貫くことに決めた。目野、と言う言葉が出た時点で面倒なことこの上ない。


 先に座ろうとしたサトルを、戸頭間がダンッとカウンターに拳を叩きつけて止める。


「対策課にうちの奴を連れていくつもりなの?!」

「ああ」

「だったら他のを」

「信用できる奴は全員臨時首都だ」

「兄さんが使いやすいやつは、でしょ?」

「目野は俺が使う」

「兄さんには無理だよ、あれは」


 戸頭間は不機嫌に言うが、ここまで感情剥き出しで反論するのも珍しい。ということは、実家でなにか面倒なことが起きたのだろう。

 そしてどうやらそれにサトルが付き合ってやっているらしい。戸頭間を無視して、鳴の隣りに座る。


「反論は無駄だぞ」

「……もう本当に面倒くさいんだけど?!」

「仕方ないだろう。臨時首都の件は表面的に収まったとはいえ、水面下では駆け引きだらけだ。あの街はうちがもらったも同然だが、そのせいで武器としてうちを使いたいと思い始めた(ヒト)だらけなんだよ」

「馬鹿じゃないの。操り人形になってやるなんて一言も言ってないけど。思い上がり過ぎなんじゃないの」


 戸頭間はぐるりと回って何故か丹羽の隣に腰を下ろす。

 兄弟に挟まれた丹羽と鳴は、口を開かずに黙ってグラスを持った。


 二人は気にもしていないように話を続ける。



「限定的に、(ヒト)に対する武力行使を認める用意があるなど愚かな話だな」

「うちを馬鹿にしてるんでしょ」

「甘い言葉を吐いてうちの奴らを(ヒト)が持っていこうとするとは……ふ、はは」


 サトルが笑った。心から楽しげに。

 一瞬にして並んだ四人のカウンターがひやりと冷え、戸頭間は「げえ。こっちも怒ってるんだあ」とげんなりと呟く。

 

「カケル。(ヒト)の手招きに応じる奴がいると思うか」

「……いるわけないじゃない。この間、兄さんがそういうの全部潰したでしょ」


 頭を。

 言わなかったのは、鳴への配慮らしい。

 丹羽は今すぐここから抜け出したくなった。

 それが無理ならば、せめて今〝(ヒト)と陣地合戦が始まったらしい状況〟から耳をふさぎたかったが、それを許すほどこの兄弟は寛容ではない。


 特に、サトルは。


「我々の協定が完全な善意であることを忘れるなど、確かに思い上がっている。うちには協定に属していないやつがいることも言うべきだったか」

「えー、丹羽さんのことは言っちゃだめだよー。ねー?」


 話がこちらへ向いたのを酒を煽って無視させてもらえば、鳴がおかしそうに吹き出した。


「ふ! いじめないであげて、若様──おうち、大変なの?」

「そ。この状況を静かにさせる一手を打ち出したいところだけど、今のパワーバランス気にしてあげてるんだよ、こっちはさ。なのに僕らへの警戒を解いた(ヒト)が言うわけ。お前らを使ってやるよ、って」


 静かにさせる。

 臨時首都を。そして、この世界を。


「どう思う? 丹羽さん」


 丹羽は、その言葉だけには答えた。


「選ぶべき時が来たのか?」


 戸頭間に尋ねる。

 いつかの屋上で話した声が、二人の間にだけ漂う。



 ──いつか、僕らは選ばなきゃいけなくなるだろうね。(ヒト)か、侵入者か。



 戸頭間は「ああ」とぼんやりとした調子で薄く笑った。


「……そっか、うん。そうだね。まだ違うかも」

「だったら待つしかないだろ」

「状況が変わるのを、か──なるほどねー」



 


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