表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ロックダウンシティポップ──
106/120

#48

 



 抱きしめる。それは愛情だ。

 たとえ、苦しくなるほど力を込められたとしても。




        #48



 (さい)を止める、と言う(ゆかり)の目は、どこまでも穏やかだった。

 彼はゆったりと笑う。


「油断してなきゃ殺されないよ。安心しなさい」


 紫が、とん、と背中を叩く。懐かしい強さで。

 丹羽はそりゃそうだろうな、と呟く。この人ほど、無敵と呼ばれる者はいない。

 

 ふと、丹羽は紫を見た。

 自分の記憶を使われたということは、すべて見たのだろうか。復讐をハルカと果たしたことも、どれだけ自分が紫と景を慕っていたのかも。どれだけの絶望感が身体を包んでいたのかを。あのひしゃげた車の写真と、綺麗なままだった遺品を──


「私たちは不意打ちで殺されたんだね。犀に追従する者に、誓いの印として捧げられた」


 あの頃、丹羽にとって、犀という人間は神経質そうな不健康な男に見えていたが、周囲は違った。

 犀のカリスマ的な雰囲気に傾倒する者が、それはもう不可思議なほどに爆発的に増えていったのだ。彼を崇め、彼の力を神聖視し、彼の言葉を盲信した。


 特別で、善良で、崇高で、高潔。


 それを描けば誰もが首を縦に振った。


 下等生物たちに追い越されそうになっている。

 それが許せなかった者が多すぎた。





「薬でも打たれたかな?」


 無邪気に言う紫に、丹羽も苦笑する。


「だろうな。内側からの破壊はだめだったもんな」


 景も役に立たなかったのなら、よっぽどの人数に抑えられたのだろう。

 自分もそこににいれば、何か変わっただろうか。

 そんな事を考えずにはいられない自分が女々しくて、丹羽はため息を吐いた。


「……これからどうするんだ」

「うーん。君は、私たちを信じられるかい?」


 丹羽の答えは一つしかない。


「信じる」

「早いよ。ちゃんと疑わないとだめじゃないか」

「……」


 その答えがすでに丹羽の知る「むらさき」だ。

 ズレた眼鏡を押さえ、忠告だけさせてもらう。


「間違っても〝見知らぬ者〟とか名乗るなよ。面倒なことになる」

「前の私たちがその名前を使って面倒を起こしたんだね?」

「そうだよ」

「それは申し訳なかったね。私たちの顔を知っている者は?」

「俺と、ハルカとその息子二人と、」


 丹羽はつい、そこで止めてしまった。

 見知らぬ者の残党は一掃してあるので、知るのはカケルとサトルと、そして戸頭間ミツルと瀬世だけだ、と言いかけて、頭が勝手に「しまった」と止めてしまったのだ。紫を見下ろすと、きょとんとした顔が丹羽を見ていた。


「子どもがいるの?」

「……」

「〝ハルカの息子〟って?」

「……そのままの意味だ」

「君ら、別れたの?」


 ストレートに聞いてこられると、そのまま頷くしかない。

 すると、紫は笑い出した。ああ、ついにやったか、と言わんばかりの笑い方だ。


「……笑いすぎだろ」

「いや、だって……はあ、おかしい。はるちゃんに謝らなきゃなあ……駄目な孫で申し訳なかったって」

「……」

「ってことは、エトウから助けたときに一緒にいたあの凶暴な若者が、彼女の?」

「そうだよ」

「あははは!」


 今度は遠慮無用な笑い声を上げて、丹羽の方をバシバシと叩く。


「君が信頼するように前を歩かせているから何事かと思ってたけど……そう。はるちゃんの息子……ふふ! はるちゃんのご主人は、きっと君のことが嫌いだろうね」

「元夫だ。ハルカを裏切って捨てられたからな」

「一美のように?」

「……そうだよ」


 丹羽がうんざりしたように答えると、紫は「ああ、笑った」と満足したように自分の胸を抑えた。


「まあいいや。君等が愉快に過ごしてるなら、祖父としてはそれだけで幸せだよ。ここが流刑地でもね」

「……愉快じゃねえなあ……」

「ふうん? 楽しそうだけど」

「トラブルばっかだぞ」

「今も?」


 ふと目が覚めた心地になった丹羽は、腕時計に目を走らせる。

 あれから一時間。

 そろそろ戸頭間たちが戻って来てもおかしくはない。

 それどころか、配置されていた機動隊とやらも街へ入ってきているだろう。井田口は制圧した奴らを引き渡し──人質はヘリに──残された者たちでカジノの後片付けが始まっている頃だ。そのうちニュースは「外国勢力による暴動は鎮圧しました」と無表情に読み上げるに違いない。全ては都合よく終わる。どこもそういうものだ。


「──紫さん」


 ハルカが颯爽と歩いてくる。


「はるちゃん」

「一緒に来て」


 短く発した彼女の声が凛と響く。

 有無を言わせぬその声に、紫が首を傾げた。


「……どうして?」

「あなたたちの身柄は私が預かる。そういう立場なの」

「でも」

「駄目よ。あなた達を二人だけになんてしない。あのクズはまた来るつもりよ。絶対にあなた達を渡したりなんかしない」


 ハルカの奥底から、消えない怒りが戻ってくる。

 その目に炎が揺らめくように、彼女はまっすぐに──紫が困るほど見つめる。


「はるちゃん……私たちは私たちで動く予定でね?」

「そんなこと許さない。絶対に」


 感情を抑えてもなお、言葉に力が宿る。

 拒否しようとも力付くで連れて行く、という意思をまっすぐに突き刺してくる。

 純粋な愛だった。紫も無視できないほどの、犀とは違う、愛。ひたすらに二人を思う愛だ。

 少しばかり強烈だが。


 紫は困ったように景を見た。回復したらしい景は「諦めろ」とでも言いたげに肩を竦める。その動作に、紫は静かに息を吐いた。


「こわいよ、はるちゃん」

「紫さんが本気を出せば大丈夫だってわかってるけど、でも、私はあいつが許せないの。私のテリトリーに入ってきたのよ」


 犀が戸頭間ミツルに接触してきたのが始まりだった。

 犀が何を囁いたのか、今の丹羽にはわかる。それが腹立たしかった。


「あの五歳児に、これ以上甘ったれたことはさせないわ。丹羽家の男どもは甘すぎる」


 その一言に吹き出した紫は、折れるしかなかった。


 景と目が合う。

 自分より若い父の姿は、拾われてすぐの頃を思い出すほど、懐かしい。

 どこか諦めの滲んだ目にしては獰猛なそれが、やけにゆっくりと細くなる。


 ──お前、とうとう愛想つかされたらしいな?


 そう笑っている顔に、丹羽は黙って「ああそうだよ」とうんざりとした顔を返すのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ