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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ロックダウンシティポップ──
101/120

#43


 破壊は、甘く湿った匂いがする。

 歓びと快感に身体が痺れる。

 酔ったときのように、その匂いは頭を溶かすのだ。





        #43





「で? 何が起きてるの?」


 そう尋ねる戸頭間に舟正がかいつまんで説明する中、事情を知っているであろうサトルはようやく頭が冷えたのか、それとも飽きたのか、部屋の小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

 キャップを開けるパキッという間抜けな音が小さく響く。


 ハルカが息子に「井田口は」と尋ねると、サトルは廊下の方を指さして答えた。


「待機しています。母さんがこんなところに長くいるべきではない。すぐに出ましょう」

「サトル、あなた仕事で来てるんじゃないの?」


 サトルが押し黙る。

 ハルカはサトルを見上げた。


「ここまで早かったけど……移動手段は?」

「……」

「警察のヘリだよー」


 答えたのは戸頭間だ。

 丹羽をちらりと見る。


「──つまり馬鹿馬鹿しい状況ってことでいい?」

「正解だ」

「これ解決したら、この話すぐ消えるんだろうねー?」


 全員の視線がテレビへ向かう。

 中継は打ち切られ、アナウンサーが明るい笑顔で「さて! 来週オープン予定の大型商業施設から、最新の店舗情報をお届けしまーす!」と何事もなかったように、阿呆らしい情報を紹介していた。

 

「井田口が到着したと上に連絡したんだろう」


 サトルが空っぽになったペットボトルをゴミ箱に投げ入れる。

 かこん、と底に打ち付けられた音に、丹羽は呆れたようにサトルを見た。


「……それってお前が切り込む前提の計画じゃないのか」

「そうらしいな」


 他人事のサトルだが、静かに入ってきた井田口に気づくと、わずかに表情を硬くした。


「どうした」

「ヘリはもう引き上げたそうです」

「……あのクソジジイどもが」


 悪態をつくサトルに、戸頭間はくすくすと笑って腕を叩く。


「まあまあ、(ヒト)って臆病だからさあ、仕方ないって。とりあえず、人質回収して連絡すれば、ここから出られるって」

「カケル」

「僕らは凶器となってうろつくだけでいいんだから。ね? 丹羽さん」

「……はあ。行くぞ」


 サトルを宥めた戸頭間が「丹羽さん、頑張って!」と何やら激励してくれるが、サトルも来ると知った丹羽はもう頭が痛くて仕方がない。

 舟正でさえ、この事態が無事に収拾できるのかわからないという顔をしている。様々な状況をシミュレートしているのだろう。外側から美味いところを食い破ろうとするその抜け目ない男へ、丹羽は釘を刺す。


「舟正」

「はい?」

「この部屋を頼む」

「! あー……はい」


 忠告は無事に届いたらしい。ハルカは優しく笑みながら「あなたがいてくれるなら安心だわ」と甘く囁いている。


 そしてさらに、息子たちにも釘を差してくれるのだった。


「お行儀よくするのよ」


 と。









「全員集合ってやつですか」


 戸頭間が狐刀と瀬世の部屋をノックすると、出てきた狐刀は半笑いでそう言った。

 なぜ戸頭間とサトルがいるのかも聞いてこず、部屋の奥にいるらしい瀬世を呼ぶ。


「行きますよ」

「……あ、はあい!」


 バタバタと出てきた瀬世は戸頭間とサトルに目を丸くしながらも、いつものように狐刀のやや後ろで控える。

 サトルが廊下の全員を見渡すと、舟正で視線をとめた。


「お前、この街のホテル全体に顔が利くだろう」

「……全体、ですか?」

「ホテルの宿泊者を、窓のない広間にでも集めて閉じ込めるように通達しろ。興味本位で配信なんて馬鹿な真似されたら、今の世の中の状態がひっくり返るぞ」

「……すぐに。少々お待ちください」

「五分だ」

 

 高圧的な命令を聞きながら、舟正は足早にその場を離れる。

 狐刀は楽しげに笑うが、戸頭間は「かわいそー」と言いながら兄の肩に肘を置く。


「ねえ、兄さん。どうせ帰りのヘリだって待たないといけないんだから、そんなに焦らないでよ」

「俺はこの街が嫌いだ」

「知ってるけどさあ、急いては事を仕損じるって言葉があってね」


 それを知っているとは思わなかった丹羽の表情に目ざとく気づいた戸頭間が、にっこり笑って「いいから止めて」と圧をかけてくる。


「……サトル」

「なんだ、丹羽一美」

(ヒト)へは俺と井田口とで対処する」


 井田口が恨めしげに見てくるが、無視させてもらう。


「問題は?」

「ない。そうしろ」

「人質を回収するのにお前が差し向けられた理由だが」

「向こうが、こっちには侵入者もいる、と大口叩いたそうだ」

「……そうなるわなあ」


 でなければ、人質救出に侵入者であるサトルを送り込んだりしない。

 彼らはここに「侵入者を統べる女王様」とその仲間たちがいることを知らず、県境に機動隊まで配備して中継がいつでもできる状態にしている。それに彼女が映ったときには、世界はその存在に震えるだろうに。

 

 ふ、とサトルが笑う。

 

「上は状況が悪化したときには、この街を処分できると踏んでいるんだろう。でなければ配備が早すぎる。俺のことも処分したいのかもしれないが」

「卑怯者ばっかりだな」

(ヒト)はそうだぞ、丹羽一美。この件もうまく行かなければすべての理由は俺達(侵入者)にされるだろう。うまく行けば──卑怯者どもの首を掴めるがな」

「なら落ち着け。最悪そいつらに踏み込まれたときは、お前の家族に手が伸びる前に俺が全員消すよ」


 消す。

 その意味を知っているのは、戸頭間とサトルだけだ。

 サトルはあの海での光景を思い出しているのか、ちらりと丹羽を見た。

 天から降り注ぐ絶対的な光。

 抱きしめ、絡め取り、上へ上へと引き上げていく──あの無情の光。


「全員やれるのか?」

「……まあ頑張れば、この街くらいは」


 と、言っておく。あれから密かに何度か試してはみたが、本当に街全体に行き渡るのかはわからない。それでも、サトルは「ふうん」と満足そうに笑った。

 機嫌はなおったらしい。

 

 とりあえず、目下の危機は脱した。









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