#42
〝夜通し 雨が降れば
アスファルトが波打って
君のスカート捕まえて
水面はもうミラーボールみたいに喜んで笑ってる
飛沫上げて 踊る君
雨粒弾き返す白い手の中に
窓を開けて飛び込んでしまいたい
雨に閉じ込められたこの街で
僕と君の二人だけで
ずっと
ずっと〟
#42
「本気で言ってるの?」
舟正にハルカが聞く。
舟正も困ったように頭を掻いた。
「ええ、こちらもよくわからなくて、何度も同じように聞き取りしたんですが、とにかく〝カジノ・バラムが締め切って立てこもってる〟とのことでねえ。ほら、侵入者が大挙してからは武力で解決をしてきた政府としては、些細なことでも身代金なんて払えないんでしょう。ニュースに流させて徹底抗戦の意思示したようですね」
「あらまあ、お馬鹿なのかしら」
「そのようで」
笑う二人を、丹羽は窓際で盗み見る。
どう見ても苛立っている。
触れるのは危険だ。
「ハルカ様、あなたがここに来ていることは、皆さんご存知なんですよね?」
「だから大変なんでしょ。私が閉じ込められた、と思った子どもたちが何をするかわかったもんじゃないわ。待てができない馬鹿はいないと信じたいから、電話していいかしら」
「もちろんです」
「失礼──」
そう言って立ち上がる。
それを恭しく見送った舟正は、ちらりと丹羽を見た。
「……どうします?」
「なんだそれ。突っ込んでこいって?」
「いやあ、話が早くて助かりますー」
「政府に恩を売りたいか」
丹羽が尋ねると、舟正は無邪気を装って首を傾げる。
「違いますよ? ただ──こちらがそのパイプと繋がれば、ひいては坊っちゃんの為になると思うんやけどね?」
「お前の命令で俺が動くと?」
いくら戸頭間の名前を出されても、使われるなどごめんだ。
舟正はどうしてか目を見開き、不気味に笑った。
「……なんだよ」
「その忠義、欲しいわあ! ええなあ、ええなあ! 坊っちゃんくれへんかな?」
「テンション上げんなよ……」
「ふふ。でもそんなこと言ったら殺されてしまうわ。戸頭間の方に」
ハルカにも。そう暗に言う舟正をじろりと睨む。
「こわいこわい。あなたが一番怖いの忘れとったわ。失礼を申してすみません、お忘れください」
「もう忘れた」
「なるほど。ところで、坊っちゃんから連絡がありましてね」
これが言いたかったらしい。
「で、こちらへ来るそうです」
「……」
「こちらへ来るそうです」
「……どうやって」
「車で?」
なぜ疑問符をつけるのかわからないが、とにかく来るらしい。
丹羽は顔を抑え、深い溜め息をついた。
そこにハルカが戻って来る。携帯を握りしめ、同じように顔を抑えながら、ため息を吐く。
「……カケルが家を出たそうよ。そうやって周囲を抑えたから、子どもたちが来ることはないけど……あの子と、サトルも向かってるらしいの」
「……あー、ああ……サトルさんが」
舟正が「どないしよ」と声を漏らす。どうやら相当苦手らしい。苦手というか、恐れている、というか、そもそも近寄りたくない、と思っているらしいことがありありと伝わってくる。不思議と、そこで深い共感を覚えた丹羽も「サトルが」と繰り返す。
「あの子は警察関係者として井田口と来るらしいから、別にいいんだけどね」
「井田口か……いや駄目だろ」
「言わないで」
井田口は普通の人間だ。
だからこそ、サトルとの距離感を間違えない。慕うのもほどほど、頼るのもほどほど、礼儀は尽くすが、傾倒はしない。しかし、敵わない相手だときちんと認識しているので、サトルの暴走を無理に止めたりもしないだろう。
「息子さん方々がド派手に入場されると……間違いなく世の中に映像が出回りますね」
「この街にいる全員の携帯を壊して回りたいわ」
やりかねない。
丹羽は脱いであったジャケットを手にすると、羽織った。
舟正がわざとらしく「おや」と見上げてくる。
ハルカを見やると、察した彼女は丹羽に〝命令〟をくれた。
「──制圧して来てちょうだい。人質を救出したらすぐに戻って」
「わかった」
「狐刀と瀬世を連れていきなさい。あなた人の顔なんて覚えられないでしょ。あの二人は、人を傷つけなくてもいるだけで役に立つわよ」
「……ああ」
刀を持っている男に近づく馬鹿はいない。
丹羽は瀬世が何ができるのかは知らないが、ハルカが役に立つと言うならそうなのだろう。
それ自体は簡単に済む。
心配は一つもないが、気にかかるのはあの兄弟が怒り狂って乗り込んでくるかもしれないことだ。考えたくないほど恐ろしい──と思った瞬間、何かが爆発したような音が入口からし──丹羽は反射的にショットガンを構えた。
「……は?」
が、照準の先に立つ顔を見た丹羽が間抜けな声を出す。
「いい度胸だな、丹羽一美。俺にそれを向けるとは」
「もー、兄さんがドアを蹴破るからでしょ?」
無表情の顔と、柔らかい顔。
今まさに頭に描いていた「あの兄弟」が立っている。
戸頭間はサトルの手から出始めたゴルフクラブを押し込みながら「はいはい、しまってしまってー」など呑気に言っているが、彼らの後ろの破壊されたドアは、恐ろしく歪んでいた。
「よかった。みんな無事だね」
唖然とする大人三人を見て、彼は天使のように微笑む。
「待たせてごめんね?」
待ってなどいない。
むしろ、来ない間に片付けたかったのだ、と言える者は、誰もいなかった。




