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魔女のキッチン  作者: 友野久遠
1章 食餌療法開始
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6、一人相撲! その空しさのあまり、妻はついに魔女になってしまうのだった

 なかなか治まらぬ目まいに鬱々と日を過ごす亭主のもとに、会社から正式な出勤停止命令が届けられた。

 ホケカンの有難いご指導により、その期間の具体的な数字も示されていた。

 すなわち、亭主の体重が後7キロ減るか、コレステロール値が正常値に戻るか、ウェストが20センチ減るか。 “そのどれかが実現したとホケカンが認めた時に、出社を許可する”と書かれていたのだ。


 「コレステロ-ル値」「体重」「ウェスト周り」と3個も項目を設けてあるのに、肝心の“目まいが治まるまで”という項目がないのは、なんとかしてハードルを高くしたいという、会社の切なる願いの表れであると思われる。 めまいという症状だけなら、まかり間違って明日にでも突然治ってしまうかもしれない。 何しろ原因がわからないままなのだから、たった数日で出社が叶ってしまっては、万が一にも再発した時に具合が悪かろうということなのだ。


 


 この書類によって、私達夫婦の新しい生活形式が決まった。 主婦である私が、日がな1日唸りながら食材をこねくり回し、目まい持ちの亭主は「食っちゃ寝で短期間7キロダイエット」という、ありえない目標に挑む、という悪夢の形に、である。

 断食ダイエットというのなら、ゴロゴロしていても少しは何とかなる気がする。 空腹感という物はあまりに長時間に及ぶと麻痺して感じにくくなってしまうからだ。

 また、外で忙しく過ごすのなら、一時的に空腹を忘れてしまうということもありえる。 しかしそのどちらでもなく、食べては横になっていると、『ああ腹減ったな』しか考えることはなくなってしまうのだ。 「3度の飯より食べることが好きです」という、訳のわからない自己紹介をした事のある我が家の王子様が、この状態に長いこと耐えられる筈がない。


 それでも当初、亭主も厳しく節制をしていた。 何故なら、目まいがひどくて酔っ払ったような状態になり、著しくも有難い食欲減退に苦しんでいたからである。 この調子で行けば、2ヶ月たたずに出社が叶うかもしれない、そうすると有給消化分で給料カットは免れるのではないか、と妻は内心嬉しい計算をしていた、のだが。

 医学というものは時に余計なことをしてくれる。 約2週間たったところで、大変なことが判明したのだ。



 「耳鼻科に行ってみられたらどうでしょう」

 ホケカンからの紹介で精密検査に行った総合病院で、脳に異常を認めないという結論を出した後、内科の先生がそんなことを言い出した。 それまであまりにコレステロールや血圧の異常に気を取られるあまり、脳に血栓が出来たという想定でしか検査をしていなかった病院側が、方向性を改めたのである。

 「時々、三半規管の異常で目まいを訴えられる方もいらっしゃいますよ」


 耳の異常くらいでこんなひどい症状にはならないだろう、と無知な夫婦は鼻で笑いながら、それでも紹介状を持って市内の耳鼻科を訪れた。 

 「メニエール病ですね」

 聞いた事のない病名を告げられた。

 「安静にしているだけで自然に治りますが、あまり繰り返すようだと聴力が衰えることもあります。 まだ原因がはっきりとはわかっていないので、治療も発展途上なのですが、症状を抑える薬はありますから。 それと食事が取りやすいように吐き気止めを出しておきましょう」


 医者に食い下がって質問をしてみると、やはり三半規管の誤作動のような現象であること、内耳に余分なリンパ液が溜まるために起こるのではないかと言われていること、ストレスで悪化したり発病したりすると考えられていることなどを説明された。



 なんなのだこれは。

 愕然とした。

 なんなのだいったい。 要するに、体重もコレステロールも関係ないじゃないか!



 あいた口が塞がらなくなって、夫婦して豚の蚊取り線香入れみたいな顔になって家に帰って来た。

 貰って来た薬を飲んで2日ほど安静にしていたところ、目まいも吐き気もきれいさっぱり無くなってしまった。 亭主は久しぶりにおいしくご飯が食べられて喜んでいたが、そうなると、もはや量を抑えることは難しくなって来る。


 結局間違いであったのだから、体重を落とさなくても出社させて欲しいと上司に願い出たのだが、それは難しいとの返事。

 会社と言うのは大きな組織なので、一度正式に出た指令書を取り下げるのは至難の業であるらしい。 ましてや、ホケカンが「危険がなくなった」ことを承認しない場合は尚更だ。

 なにしろ、「危険数値」であることは事実なのである。 こうなったら、やはり数値を下げてから出社するのでないと、もしも今後本当に脳卒中か何かで亭主が倒れたりした時に、何を言われるかわからないから、会社も安易に首を縦に振るわけには行かないのだった。




 亭主のダイエット熱はあっさり冷めてしまったが、まさか痩せませんと宣言するわけに行かないから、頑張るよと口で言いながら陰で間食などを楽しむようになった。 食事制限をやめる理由はないので、相変わらず四苦八苦しながら献立を考えている私を横目で見ながら、こっそり子供のお菓子などをつまんで食べている。 そのうち自分の部屋で、買い置きしたスナック菓子などを大量に食べるようになった。

 咎めると、

 「平気平気、目まいがなくなったんだから、その分運動すれば減量するさ。 

  仕事がない分、毎日マラソンをするよ」

 そう言って家のまわりを2時間走って戻っては、

 「腹が減った腹が減った」

 と言って大量に間食を採る。


 ポテトチップ1袋分のカロリーを使うために何時間走ればいいのか?

 それを取り戻すだけの減量食を作るのに、また何時間悩まねばならないのか?




 野菜の煮物が入った鍋をかき回しながら、ふと、この中に吐き気のする薬をぶち込んでやったら、ダイエットなんて簡単なんじゃないかと思った。

 吐き気止めがあるのだから、逆の作用がある薬も作れるのじゃないか。 そんな薬をいつもいつもひと垂らしずつ、亭主の煮物に入れておく。 どんなにカロリーを採っても太らない、夢の食事が簡単にできる。

 ふふふふ。 さあおいしい煮つけが出来たわよ。

 やけくそになって、おとぎ話の魔女のように笑いながら、ぐるぐると鍋をかき回した。


 

 耳鼻科の先生には申し訳ないが、メニエールの原因がストレスなんてありえない。 うちの亭主の心臓には、血栓の変わりに剛毛が生じているに違いないからだ。    

 毎度気まぐれな更新ですみません。 エッセイ調の物は、書く気になる環境が整わないといまいちノリが悪く、テンション保つのが難しいですね。 その種のものを長く描き続けておられる先生方に脱帽です。 


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