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魔女のキッチン  作者: 友野久遠
1章 食餌療法開始
5/45

5、世の既婚男性諸君は、奥方がベッドインを拒否するきっかけもしくは理由がわかっているのだろうか

 「うーん。 うーん。 うーん」

 便秘で苦しむ中年のおっさんの如き低音の唸り声を立てても、一向に出て来ない。

 「どうしよう、どうしよう。 あと4時間で寝る時間がゼロだよう」

 頭をかきむしって、ひたすら料理本をめくる。

 これもダメ。 あれもダメ。 さりとて頭の中だけで構築できるほど慣れてない。

 

 「おい、大丈夫か。 適当でいいぞ、無理しないで」

 亭主は助けるつもりで言うのだろうが、えてして男性と言うものは、この種の台詞がとかく妻の逆鱗に触れるものであるということをご存知ない。

 「テキトーって何!? あなた一緒に行ったくせに、何を聞いてたの?

  今やってるのは、料理じゃなくて計算なのよ。 カロリー計算。

  計算ってことは数学なんだから、テキトーとかそれなりとかっていうやり方はないの!」

 そんなイラつく口先だけの台詞をしゃべる間に、洗濯物の1枚でも畳んでくれたら有難いのだが、何故だかそういうことはやりたくないものらしい。


 先日病院から貰って帰った「食品交換表」と「食事制限の計算表」は、甚だ不親切かつ大雑把な代物だった。 私はもっと現実的に調理方法から教えてもらえるものと思っていたので、一瞬気が遠くなるのを感じた。

 それらのプリントや冊子に書いてあることは、ただ単に一日に何カロリーの何を取らなければならないかと言う事と、そのためにはリンゴなら何個、鯛なら何匹取れるのか、と言うことである。 これは一日に足りなくてもいけないし、多すぎてももちろんいけない。


 野菜以外の、魚介や肉類、油や塩分を含む調味料なども、それぞれの分類ごとにカロリーが決まっており、それを過不足なく取らねばならないという。

 ということは、まず一日分のメニューを決めて、家庭科の調理実習のように具材を書き出し、計算した上で人数倍してからでないと、実際の料理には取り掛かれないということなのだ。

 朝になってからそれをやる時間は当然ながらないから、寝る前の仕事になる。 ところがこれが、用紙を何分間にらんでもさっぱり進まないのである。

 

 100g×4の野菜と20g×4の豚肉と80g×4の芋を、たった小さじ2杯の調味料で味付けできるものなのかが、数字だけ見ても皆目見当がつかない。 とにかく数字をはめ込んでは見るものの、実際に計ってみると、夕食用なのにハンバーグが5cmくらいのお弁当サイズになってしまうことが判明したりする。

 手持ちの料理本でグラムを確認しようとしても、ヤツラは野菜ひと鍋煮るのにも肉をどっさり、油をドクドク使っているので味付け的に少しも参考にならない料理がほとんど。 あ、これはあっさり系だわと喜んだら、「仕上げにマヨネーズをひとさじ」なんて平気で書いてあったりする。


 大体、手順から違うのである。 普通の主婦は、

 「今日はひき肉が安いからハンバーグにしよう」

 などとまずメニューを決め、そこから

 「たまねぎをこれくらい、付け合せはこの野菜、後はスープに入れるもの‥‥」

 と、選んで具材が決まって行く。

 しかし、食事制限1年生の私の場合、その発想自体を逆転させざるを得ない。

 グラムの見当がつかないので、まず野菜を選んで丸むきにし、肉や魚も食べられる部分だけに切ってそれぞれ目方を量り、一日の所要カロリー×人数分に揃える。 もちろん調味料も量る。

 それを朝昼晩3食分に分ける。


 「さあ、これをどう組み合わせて食い物に仕立て上げるか」

 ニンジンさんとダイコンさんとシイタケさんを、しょうゆひとさじとお酒ひとさじだけで調理するメニューは何があるかな?

 このお魚を小麦粉ひとさじだけで、油なし塩一つまみで4匹分加熱できる料理ってなんだろう?

 

 料理がなぞなぞになってしまった。 しかも時間制限つきだ。


 

 最初の2日間は、それでも何とかやって行けた。

 違った材料を揃えて組み合わせれば、限られた調理法でも違ったメニューになるからだ。

 しかし、世界各国から珍しい食材を取り寄せられる大富豪でもない限り、同じ時期に買って来られる食材の種類なんてだかが知れている。

 3日もやれば、ほとんど同じ組み合わせが廻ってくる。 それがその後は延々と続くのである。


 「うーん、うーん、うーん」

 なぞなぞの答えが出て来ないので、深夜1時を回っても私は唸り続けていた。


 「おい、もう寝たらどうだ?」

 布団にくるまった亭主が、隣の寝室から声をかけて来る。

 男サマの辞書では、「もう寝たらどうだ」は、「そろそろ布団に来てくれ」という意味らしい。

 ちなみに「布団敷こうか?」は、「布団を敷いてくれ」。 「ここ使うのか?」は、「ここを片付けろ」と、日本語に翻訳しなくてはならない。

 見れば、すでにエッチなDVDが画面を飾っている。 待っている間に眠くなって、もう待てないということらしい。 が、当然ながら妻は、「何を考えてやがる」とムッとする。


 誰のせいでこんな夜中までメニューに困ってると思ってるんだ!

 そこはとりあえず口だけでも、「すまんねえ、苦労かけるねえ」的な台詞を吐いても罰は当たらないのではないのか?

 当然のように「ベッドでのご奉仕」を要求するかのごときこの台詞と態度に、さすがの「もと夢見る乙女」もプツンと切れてしまったのである。


 「当分無理だって!

  まだこれから洗濯物たたんで片さなきゃなんないから、2時半に終ればいいとこだよ。 寝る時間ゼロになるからパスパス」

 「昼間にやっとけばいいのに。 せっかく俺が家にいて、チビたちを見てるんだぜ」

 「昼間あ!?」

 昼間だって料理だ。 亭主は確かに子供の遊び相手だけは、進んでやってくれている。でも、メニューを考えるのに2時間、実際の調理と片付けに、慣れない私は1食2時間半ずつかかっていた。 合計して、食事にかける時間は1日9時間だ。 加えて一般的な掃除洗濯の家事と、遊ぶ以外の子供の世話も平行してやる訳だから、睡眠時間がすでに健康上の危険区域に入っている。

 昼間もくそもあるか、エッチしてる暇があるわけねーだろ!!


 大体、ビデオのお世話になって済むことなら、この際ひとりでやって欲しいもんだ。 まさか、ベッドに誘えば私が大喜びで飛んで行って、疲れもストレスも解消、ダンナサマに大感謝!なんてことになるとでも思ってるんだろうか?

 さすがにそこまで口に出しては言わないが、MAXで自分の楽しみを優先されている気がして、とにかく気に入らない私はついつい大声を出す。


 「あのねえ! 今回のことで、私の仕事は3倍以上に増えたのよ!

  協力するのが無理なら、ちょっとは理解ぐらいしたらどうよ?」

 「仕事?‥‥仕事でやってるのか」

 亭主は信じられない部分に反応した。

 「仕事じゃないだろう? 愛情でしてるんだろう?」


 口をきく気力が急速に失せた。 全身からレーザービームとウルトラシュレッダーと魔人エレメント光線を発射して亭主を攻撃したくなった。


 「愛するダンナサマが、一日でも早く健康を取り戻すために、アタクシ頑張ってダイエットメニューを作るわ!!」

 いや、そういう気持ちはないわけではない。 でも家事の全てが、愛情の成分で出来ているとは思ってないし、思われたくもない。 溢れる愛情を持て余してそれを行為に変換したのが家事なのだというだけの解釈で、この24時間365日の重労働を語ってくれたらたまらない。

 男の人だって、家族のために働いていることは事実でも、「これは仕事じゃなくて愛情だ」とは呼ばないだろう。

 「愛情をこめて仕事をしている」もしくは「愛情を糧に、仕事を頑張っている」のだ。 それとこれとはまったく別の事なのだ。


 亭主はわが子とは違う。

 子供の離乳食を必死で作る母親の献身と、今度のことは意識の上で根本的に違うのだ。 パートナーと共存するための分業なのだ。

 そこをわかってもらえなければ、こんな割の合わない生活など到底やっていけない。


 私はエッチビデオを流し続けるテレビ画面に歩み寄った。

 「おねーさんがた、うちの亭主をよろしくお世話してください。

  いい仕事お願いしますよ!!」

 ベッドでアハアハあえいでいる裸のおねーさんに、わざとらしく頭を下げ、ポカンとしている亭主を無視して、思い切り寝室の扉を閉めた。


 当分、エッチなんかしてやるもんか!!!!


 しばらく間が開いてしまいました。 第5話でございます。

 知人で糖尿病食を作っている主婦仲間も、膵炎の父を世話したうちの母親も、同じようなことでキレてました。全ての苦労してる主婦の本音のところだと思います。

 そうは言いながらも、みんな頑張っているし亭主を愛しております。奥さんがんばれ!


 さて次回は、亭主のその後の体調について書きます。

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