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魔女のキッチン  作者: 友野久遠
3章 魔女のなれの果て
39/45

6、生活発表会の劇に見る、苦渋のモンスターペアレンツ対策

 「今後、土曜日曜の昼食・夕食は、原則カロリーフリーにします!」

 退院後、私は亭主にそう宣言した。 そうしなければ体が持たないと判ったからだ。



 では、それまでの休日はどうしていたのか。

 もちろん平日と同じように一日9時間かかって3食を作っていたのだ。

 専業主婦なんだから当たり前でしょう、なんて言わないで欲しい。 現実には土曜日曜までこんなことやってる主婦はあまりいないと思う。  

 幼い子供のいる家では、休日は家族でお出かけする事が多いのだ。 家にいる主婦が9時間料理に明け暮れているのも、ちょっとハードと言えるのに、日中全く家に居られなくても、3食手料理で食べさせなくてはカロリーが計算できない。 どうしても無理な時には外食になるが、何とかなるなら昼ご飯はお弁当を持って出る、夕食は帰ってから作るように、と病院から言われているのだ。


 例えば、お盆。

 「明日はお墓参りに行こう。 6時に家を出て、昼ご飯までには帰れるから、昼は家で食べようや」

 亭主は簡単に言ってくれるが、私は6時の朝食の為に4時半から起きて支度をする。 

 それに加えて、昼ご飯に間に合うと言ったって、11時半ごろ帰って来て、熱気のこもった家の中を風通ししてから料理を始めたら3時近くなってきて亭主が切れることはわかりきっているので、結局前日から準備しておかないと間に合わない。 これに前日の深夜1時から取りかかる。 

 つまり、休日のお出かけは、私にとって前日の徹夜を意味するのだ。


 また例えば、海水浴。

 「朝5時には出るの? お昼ご飯はお弁当作るのよね。 夕方は何時になる?」

 「7時ごろに帰れるから、家で食べよう」

 これはとんでもない事態。 前日に、前もって9時間働かなければならない。

 前の晩の食事が片付く9時ごろから、翌日の全メニューを作って、夜の分を冷蔵庫に、昼の分をお弁当に。

 そして途中で朝になり、急かされながら朝ごはんを作って、食べる暇もなく外出。 レジャーの日中はとにかくぐうぐう寝てばかりいる。

 例え外食をして帰ることになっても、夜遅くになる場合はそれはそれで大変である。

 どんなに夜中に帰って来ることになっても、明日のための買い物をしておかないといけないからだ。 9時近くなって出先の見も知らぬ商店街をうろついたり、見渡す限りの田んぼの中で、スーパーはないかと探し回ったりすることになる。


 子供の年齢を考えたら、すべてのレジャーに私が留守番というのも可哀想な話だし、かと言って毎週毎週これでは身が持たない。 だから、

 「急ぐときはラーメンやうどんでOK。 外食や買って来たお弁当も取り入れて助けてもらう。 休日に家にいる場合も、お助け食材や、余り物で作れるものをメニューに入れて、食材の無駄をなくす」

 そういう宣言をしたのである。


 この私の決定に大喜びしたのは、あきれたことに亭主本人だった。

 「わーい、いろんなものが食べれるぞ!」

 「あのな!」

 あんたが自分でセーブするのが大前提なんだよ! もっと言えば、常日頃からそれが出来れば、そもそもここまで徹底したカロリー管理は要らないんだよ!

 胸倉掴んで脅したいのを必死で我慢した。

 「パパ大丈夫かなあ、急にボボーンと太っちゃったりしないかな」

 蘭がひとりで、現実的な心配をしてくれていた。

 しかし、こんな風に食事の面では残念な亭主でも、外では実に頼りになる、と感じることがある。 この日の生活発表会でもそれを実感した私だった。




 「クレーマーがいるな、ここの幼稚園は」

 発表会を見てそう感じた。

 この当時はまだ、モンスターペアレンツなんて言葉はなかった。


 教育現場に無茶な要求をする保護者を称するこの言葉、すでに最近の常識的な日本語として定着しつつある。

 最近出来た言葉だから、最近新たに起こった現象なのだと思っている人も多いだろうが、実はそうではない。 幼稚園や保育園、つまり就学前の幼児の親を相手にする現場では、もう20年以上も前から当たり前に「モンペのクレーム」に相当する出来事が存在したのだ。 最近はそれらが高年齢化して学校現場の問題となり、加えて増加ないし激化しているために、注目を浴びていると言うだけなのである。


 私立の幼稚園では、高い保育料を払ってくれる保護者はお客様神様、機嫌を損ねて転園されたら大変なので、一部のモンスターに(へつら)うような保育メニューも数多く発達して来ている。 例えば昔のように、「僕は幼稚園の時、発表会で立ってるだけの『松』の役でした」なんて人は、イマドキはなかなかいなくなって来ているのだ。


 「どうして白雪姫が3人もいるんだ?」

 蘭が年中さんの時、生活発表会観覧初体験の亭主が目を丸くした。 王子も魔女も、同じ格好をした子供が3人並んで交互に台詞を言うのは、確かに奇妙な光景だ。

 「俺、また目まいで目がおかしくなったかと思った」

 

 幼稚園の劇に使われる台本には、例えば王女なら「王女1」「王女2」「王女3」がある。 仮に声の小さい子が混じっていたとしても、3人一緒に台詞を言う事によって、台詞に強弱が付けられ、3人が交互にしゃべる事によって、聞きづらい台詞が分散し、客席の人がストーリーを見失うことがないようになっているのだ。

 また、役が常に複数いれば、ステージ上でボンヤリしたり台詞を忘れたりする子がいても、子供同士でフォローし合えるし、当日病欠の子がいても代役を特訓する手間がない。

 しかし何より、この方式を取ることによって、「モンペのクレームが抑えられる」効果があると言う。


 「うちの子はどうして台詞がないんですか」

 「馬の脚なんて、顔も見えないじゃないですか。 そんな役は先生がやってください」

 「〇〇ちゃんは可愛い服が着られたのに、うちの子はサルの役だったのですごく恥ずかしかったです」

 「どうしてあんなに意地の悪い役なんですか? 見ていて涙が出て来ました」


 そりゃあ親として、見て残念な気持ちは察しが付くが、劇である以上、誰かがやらねばならないのだ。

 試しにあなたが知っている物語を思い浮かべて欲しい。 クラス全員が台詞を言える役に付けるほど登場人物が多くて、しかも魔女や鬼や狼や盗賊やいじわるな姉などの悪役も、サルや豚などのコミカルな動物も登場しないお話を、一つでも思いついたら大したものだ。

 

 「劇という物をやらせる目的は、お友達と協力し合って一つの物を作り出すことなんです」 

 本来なら、担任が親と連絡を取り合い、言葉を尽くして説得する。 しかしすべての親が納得するわけではないし、問題がある親ほど、グダグダ話し合うのを嫌う傾向もあって、なかなかうまくいかない。

 かと言って、嫌われる役を全て先生がやるとなると、子供達の手作り感が損なわれ、舞台上では体の大きな先生ばかりが目立ってみっともない出し物が出来上がる。 

 第一、発表会の時にそんな暇のある先生はまずいないだろう。

 先生たちは発表会当日、ひとり3役ぐらいを掛け持ちして舞台係をやっている。 司会進行アナウンスから幕引き、音響にピアノ伴奏、照明、大道具小道具、衣装メイク係から子供の誘導、加えて出待ちの子供のけんかの仲裁やらオシッコの世話まで、時には余計なおまけがついて大忙しなのだ。 よもや出演している余裕など、ある訳がないではないか。

 

 そこでモンペ対策として、「配役を子供たちの希望制にし、希望が多かった役はできるだけ多くの子供を当てる。 台詞が多い役も人数を増やすことで、ひとりの子だけが目立ったり、ちょっとしかしゃべれない子が出たりするのを極力避ける」という方式が取られるようになったのである。 確かに、わが子が一番やりたがった役だと聞かされれば、親の苦情も出にくいだろう。

 中には、「アリババ」「イリババ」「ウリババ」「エリババ」「オリババ」の5人の主役が活躍する「アイウエオリババ」だの、「桃太郎」「栗太郎」「柿太郎」の3人が鬼を退治する「果物三太郎」などという、3つ子5つ子バージョンも珍しくない。 ひとりでも多く舞台に上げてしまえと言うのが、苦しい保育現場の実態なのである。


 しかし、蘭が年長、司が年中のその年、ついに先生もやけになったのかというような劇が発表されたのである。 これを見た時には、さすがの私も開いた口がふさがらなかった。



 出し物は「ネズミの嫁入り」。

 ネズミの夫婦が、ひとり娘の婿選びをするおなじみの童話で、一番偉いのは誰かと尋ねながら、太陽⇒雲⇒風⇒壁と婿探しをして、最後に「一番偉いのはネズミ」という結論に行きつく。 

 なるほど、悪役がひとりも出ないし、役の重みも均等で、クレームが付けにくいではないか。

 年長さんには簡単すぎるストーリーだが、難易度を上げる方法ならいくらでもある。


 ところが。

 幕がスルスルと上がって、びっくり仰天した。

 舞台の上には、最初から、ネズミの親子3人と友人役のネズミ、その上、これから訪ねて行く先の、太陽と雲と風と壁の、それぞれ面と衣装を着けた子供が、全員並んでいるではないか。

 しかも、8役の子供がそれぞれ3~6人ずついて、それぞれの役ごとに縦一列に並んで舞台に立っている。 舞台から見えるのは、最前列の8人だけだが、後ろに「千手観音」の舞踊が出来そうな状態で、あとの数人が連なっているのである。

 「登場」も「退場」もない。 最初から全員お揃いで始めると言うのだ。


 台詞を聞いて更に大仰天。

 「おやチュウ吉さん、こんにちは」

 最初の一言を言うが早いか、先頭の友人ネズミはくるっと後ろを向き、バタバタと自分の列の最後尾に走り去ってしまった。 2番目だった友人ネズミが先頭になり、途端に緊張した顔をする。

 「こんにちは、チュウ助さん」

 先頭のお父さんネズミも、ひとこと言うなり最後尾へ隠れてしまう。

 「こんにちは」

 「こんにちは」

 先頭のお母さんネズミと娘ネズミも、挨拶が終わるやバタバタと2人めと交代。

 「お嬢さんのチュウ子さんも、すっかり娘さんらしくなったね」バタバタ。

 「おかげさまで」バタバタ。

 「誰かいいお婿さんを紹介してもらえませんかね」バタバタ。

 「どんな人がいいのかな、チュウ子ちゃん」バタバタ。

 「あたし、世界で一番偉い人と結婚したいわ」バタバタ。

 「世界で一番偉い人って、誰だろう」バタバタ。

 「そうだ、お日様じゃないかな」バタバタ。

 「うん、お日様なら空で明るく輝いていてすばらしいものな」バタバタ。

 「ではお日様に会いに行こう」バタバタ。

 「ではごきげんよう」バタバタ。

 「お日様お日様」バタバタ。

 「はいはい、何か御用ですか」バタバタ。

 「あなたは世界で一番偉い人です、娘のお嫁さんになってください」バタバタ。

 「とんでもない!」バタバタ。

 「ええ?」バタバタ。

 「どうしてですか」バタバタ。


 えー。

 いつまでやってるんだ!と、読んでいてお怒りになった方。

 そう、私たちも、そんなふうに劇を見ていて怒り狂ったのである。

 とにかくバタバタしているだけでメリもハリもないのである。 まるで教室で台本の読み合わせをしているだけのような劇なのだ。 入れ代わりばかりが目立ち、一つの台詞をじっくり間を取って喋るという事がないので、やたら早口である。

 先頭の子供は、早く緊張する位置から逃れたいために、必死の超高速で台詞をまくし立て、一刻も早く後ろへ隠れようとする。 最後の方は走り去りながらしゃべる者までいて、ほとんど聞き取れない。 一撃離脱の爆撃空戦隊に攻撃されているような感じがする。

 

 これは劇ではない、と思った。

 劇という物は、役者それぞれが、たとえ台詞をしゃべっていない間でも、舞台に立った時点でその役に浸っていなければ成立しない。 しかし、こんなに入れ替わりが激しいと、自分がたった今何の役をしているのかを考えるよりも、しゃべる、走る、という動作だけで子どもはいっぱいいっぱいになってしまう。


 「なんか変わった構成ですね」

 「変わってますね」

 せいぜい控えめな表現で、後ろの席に座っている母親ふたりが会話をしていた。

 「なんかねえ、内田さんとこがまたやったらしいですよ」

 「内田さんの奥さん? 去年も、『うちの和也に台詞が少ない』ってクレームひどかったんですってね」

 「そう、今年はね、最初の頃に練習を覗きに来て、子供ひとりずつの台詞の数まで数えて行ったんですって」

 「そこまでする?」

 「あげくに、『お父さん役は最初から最後まで出れるのに、うちの子は壁なので出番が短い』って文句言ったらしいわよ。 だから、だれが何回しゃべったかわからなくするためにこんなふうにしたんじゃない?」

 「先生も大変ねえ」

 聞いていて冷や汗が出た。 内田和也くんの弟は、司と同じクラスなのだ。 

  

 


 プログラムの演目を見ると、司たち年中さんは合奏とペープサート劇をやることになっていた。 ご本人は朝からわくわくした顔で楽しそうだったが、親の方は胃の酢漬けが出来そうだ。 ただでさえ気詰まりだったところへ、年長さんのクレーマー騒動が発覚したのだから。


 生活発表会、病み上がりの妊婦が見るもんじゃないと思った。


生活発表会、一話で終わりませんでした。 次話に続きます。

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