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魔女のキッチン  作者: 友野久遠
2章 はじめまして心臓さん
32/45

17、すぐに判明しない疑惑より、取りあえず解決可能な問題の方に、取り組んでみた

 「その島には2つの部族が住んでいる。 何を聞かれても嘘で答える『ウソつき族』と、何を聞かれても本当の答えを言う『正直族』だ。 2部族は外見的には全て同じで見分けがつかない。

  さて、あなたはこの島に旅行に行き、ホテルへの道が判らなくなってしまった。

  分かれ道にいる島民にABどちらの道へ行けばいいかを質問して、一度で正しい答えを得ることの出来る質問の仕方を考えなさい」


 昔のクイズ本などによく出題されていた問題である。 亭主の浮気疑惑が持ち上がった時、このクイズの問題文が何度も頭に浮かんだものだ。

 「もしも『浮気をしているか』と聞かれたら、しているウソつき男も、していない正直男も、同じように『ノー』と答えるだろう。 変に警戒される前に、バシッと答えが知りたい女は、誰にどう質問すればいいのか?」


 


 「そんなの、俺に聞いても知るもんか」

 リンゴ屋日浦は、受話器の向こうであきれたように笑った。

 「一平から何か聞いてないかと思ったんだけどな」

 「話さんだろうそんなことは。 女同士はすんのか? 私、今日浮気しちゃったー、的な話」

 「する人もいると思うわ」

 「今日子はするか? もしバラされたら身の破滅だぞ」

 「うーん」

 私は基本的に女友達に対しては隠匿型なので言わないだろうと思った。


 子供たちを寝かしつけた後の時間に電話をして来たリンゴ屋に、ついつい愚痴を言ってしまう。 この男は、亭主が入院するや否や、たびたび私宛に電話をかけて来るようになった。

 「今なら一平いないだろ。 昔に戻ろうぜ」

 まるでこっちが不倫関係みたいな台詞だが、これが独身時代からの彼の口調、安全系ホストのリップサービスという訳だ。 甘ったるいことを言うくせに全く近づいて来ないので、『空砲マシンガン』なるあだ名もあったくらいだ。 


 「たださ、俺のイメージだと、あの不器用な一平が、今日子の目の前に女を置いといてバレないように付き合うってことは、まずやらないような気がすんだよな。 普通は女ごと隠すだろ」

 「そうなのよ。 普通に紹介してもらったし、少なくともこそこそしてる感じじゃないの。 浮気してるにしてはそれが不自然だから、私も疑うのが遅れたのよね」

 「今日子、相変らず悪食なんだなあ。そういうのでゴーゴー燃えるんだろ」

 「悪食って何よ! 自分の親友をゲテモノ扱いかっ」

 「いや、一般的に人気があるかどうかじゃなくてさ。 今日子の惚れるやつって、女の思い通りにならない男ばっかだろ」

 「そうじゃない男もいたのよ、初期の頃には。 日浦が知らないだけだわ」

 「で、そいつとはどうなったんだ?」

 「自然消滅したわ」

 「やっぱり。 面白くなくて冷めただろ」

 「ちょっと違う。 言うこと聞いてくれる人って、こっちが次々と指示したりおねだりしたりし続けなきゃいけないから、面倒になってやめたら連絡無くなっちゃったの。 私としては、お釈迦様の掌の上で遊んでるような恋ってのにあこがれて、なんでも許してくれそうな人を選んだんだけど」

 「今日子のパワー不足か」

 「私がパワー満々だったらもっとダメよ。 相手が何にもしてくれないことに腹立てて、吐く息吸う息これしろあれしろって保護者みたいになるじゃない」

 「パワー全部そっちに行くのかよ」

 「全部じゃなーい!」


 こんな調子で1時間も雑談をしたあたりで、ようやく「それでなんの用事なの」という台詞が出て来る。

 こういう迂遠な会話が出来るところが、日浦が男臭くないと感じる所以なのだろう。 きっとうちの姑とも上手に話をするんだろうな。


 「今日子に頼みがあるんだけど、一平に話してもらいたいんだよ。 あいつに言った時は断られたんだけどさ」

 「なに?」

 「俺んとこ、去年オヤジが死んだだろ。 で、運送屋を俺が継ぐって話になってんだけど、今住んでるとこが実家とメッチャはなれてるから、事務所移転させなきゃ無理なんだ。 で、家の近所に場所を探してるとこなんだけど、移転費用や他にもいろんなことで金が要るから、一平に借金の保証人になってくれって頼んだら断られた」

 「うーん、それはまず無理ね。 お姑さんが泣いて止めると思うし」

 「一平もそう言って断って来た。 で、今回は代案なんだけど。

  お前ら両方の実家が近いから、大川で家を建てたいって言って積立とかしてたろ」

 「まあ地道に住宅ローンはね」

 「それを頭金にして、俺の実家買ってくれないかな」

 「日浦んちって、芳成団地の?」

 「正確には、土地を買うってことなんだけどね。 あんなボロ家はいらんだろ」

 

 日浦の実家は、うちの社宅のすぐ裏通りにある、築30年の古屋だ。

 日浦は長男だが、結婚して市外に家を建てたので、運送屋を継ぐなら自宅の近くに事務所を移転したい。 今実家にはお母さんが一人で住んでいるが、弟夫婦が引き取ることになっている。 そうなると空き家になるわけだ。

 「車庫を今の自宅の近くに移すのは簡単なんだけど、事務所の移転手続きが馬鹿に面倒で、書類上、事務所だけ2年ぐらい今の実家に置いときたいんだ。 で、家が建ったまま今日子んとこに土地を買ってもらって、取りあえず頭金が入ったら営業始められるだろ」

 「つまり、上物が乗ったまま土地を買って、あとでうちが取り壊すってこと?」

 「うん。 解体費用が余分に100万くらいかかるだろうから、2年間毎月、5万くらい俺が事務所の使用料ってことで、いわゆる家賃を払うから。 それを解体費用に回して貰ったらいいかなと」

 「その2年間は、日浦が事務所に来たりするの?」

 「いやいや、書類上のことだけで、事務所の部分も居住空間の部分も、買い取った後は香川家で使ってていいよ。

  でも、取り壊して新築するのは2年後以降にしてほしい。 家がボロボロだから、倉庫くらいにしか使えないだろうけど、2年たったら立て替えってことにしてもらってさ」

 「なるほどね」

 「俺としては金を借りなくてもいいように苦肉の策なんだけど、あそこ交通の便は町内一いいと思うぜ。 ただし坂がきついから、車に乗らない今日子にはきついかもしれない。 とにかく検討して見てくれないか」


 「土地を買って遊ばせておく」という状況に抵抗はあったが、うちだって転勤族なのですぐに家を建てたって住めるかどうかわからない。 今は倉庫代わりにしておく、というのは悪い話ではなかった。 積み立てをしている住宅ローンが支払いのローンに変わるだけで、ガラクタを入れておく倉庫が手に入る。

 家が片付く! 我が家の大黒柱様である亭主が、贅肉の次にせっせとため込んでいるトラウマの産物、我が家の収納を圧迫し続けて来た『愛着とゴミの中間』に位置する膨大な荷物を、全部段ボールに入れて放り出しておけば、狭い社宅のアパートだって夢のように広くなるに違いない。 生まれて来る赤ちゃんを炬燵台の上に寝かせないといけないんじゃないかと悩む必要が無くなる!

 ボロ家にボロを詰め込んでおいて、2年以降に家を建てる段になれば、亭主だって要らない物は捨てる気になってくれるかも知れないではないか。




 次の日、病院に行くと亭主は大部屋に移っており、少しずつ動けるようになっていた。

 日浦の話をすると、それはいい話だと大乗り気だった。

 「この春からは、蘭の机や勉強部屋が要るのに、今のアパートじゃ玄関に荷物が出ちまうもんな。 押入れが全部空けば何とかなるかもしれないよな」

 「玄関どころじゃないわ。 赤ちゃん産まれたらベビーベッド要るし、5人家族になるから荷物も増えるわよ。 次の年には司が1年生だし、机と教科書が入ったら、レンタル倉庫借りないと絶対無理だって何度も言ってるじゃない。 このまま何も捨てないつもりなら、1か月に4~5000円かかるって。 そんなら住宅ローン積立金で頭金払って倉庫にして、将来そこに家建てた方が絶対いい」

 「あそこなら50坪建つよな」

 「もっと広いと思うわよ」

 「よし、買う方向で検討しよう。 ただし手続きは退院して俺が動けなきゃダメだから、1か月くらい先になるぞ。 それでいいのか確認しといてくれよ」

 「わかった。 向こうもまだお母さんが住んでるわけだし、これから引っ越ししてその後ってことになるんじゃない?」


 家を建てるのは、学生時代からの夢だったというだけあって、亭主は嬉しそうだった。

 昔失ったものを自分の力で取り戻すとか、一国一城の主になるとか、苦労した母親を狭い県営アパートから引き取りたいとか、高校時代から「よく言えばしっかりしている、悪く言えばオヤジ臭い」夢を抱いていた亭主は、そういうところは極端にまじめで、プチ・チャラ男だった日浦と会話しているのを聞くと、「お前ら親子か?」と言いたくなるほど、精神年齢にギャップがあったのだ。

 「どんな家が欲しい?」

 亭主に聞かれて、私は即答した。

 「本が全部本棚に収まる家!」

 私と亭主の蔵書は、漫画と小説を合わせて7000冊くらいある。 これも実は整理して減らしたいのだが、亭主が許さない。 かと言って全部段ボール詰めにしておくと、本当に読まなくなるばかりか傷むので、1か月に1度くらい、段ボールを開いて本棚の中身を入れ替える。 その重労働をしたくない、という事なのだ。


 それからの亭主の入院中は、私は大忙しになった。

 押入れから日浦邸に持って行ける物を選びだし、ひたすら段ボール詰めして収納庫に詰め込み、移動できる日に備えたのだ。 そんな作業は、亭主が退院してまた食餌療法が始まったら絶対にできなくなる。 そうでなくても、お腹が大きくなってきたら動きづらいと思って、大急ぎで支度をしたのだ。

 

 この時は気づかなかったが、今考えると、私にもトラウマがあったのだろう。

 結婚してこのかた、私は物をため込む亭主の荷物と格闘して来た。 制限食になってからは、「もったいない」と言っては何もかも口に入れてしまう亭主の食欲と戦って来た。 そして今回、もしかしたら女もため込んでるかもしれないという。

 てめーは何もかも捨てられないばっかりかよ!

 亭主の食事と、亭主の荷物と、亭主の女。

 普通なら同じ問題として考えない3つの物を、全部私が悩んで処理しなければならない一つの問題として感じていた。 そのストレスから逃れるために、日浦の家を倉庫にする話に引力を感じたのだ。

 それが証拠に、倉庫を手に入れる話が具体化するまで、浮気のことを一時的に忘れ果ててしまったのである。 人間というものは、冷静に見えて実は感情に左右されて動く生き物なのだった。

 

 

  

 実はこの時に買った旧日浦邸が、現在の我が家である。 ただし香川家がそこに家を建てたのは、なんと18年も後のことであった。

 浮気の話はもうこれ以上進展しないのかとガッカリしている方、ちゃんと戻ってきますからもう少しお待ちくださいませ。

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