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魔女のキッチン  作者: 友野久遠
2章 はじめまして心臓さん
20/45

5、5年間の摂食生活で、いかに一般の人と調理及び食事の感覚がずれてしまっているか思い知った

 思わぬところで時代の波について行けなくなる瞬間がある。


 私が子供の頃、小学校一年生になってすぐに習った「正しい歯の磨き方」は、今とはかなり違っていた。

 「上の歯は上から下へ、下の歯は下から上へ、手首で回転させるように動かす」

 つまり縦方向に「掃き落とす」方式だったのである。 少しでも横に動かしていると、「それでは歯間に詰まったものが少しも取れない」と言って叱られていた。


 現在、歯科で歯磨き指導などやっているのを見ると、

 「歯ブラシは横に小刻みに動かせ」

 と言っている。 歯と歯茎の境目に斜めに当てて、細かく横振動させるように言われるのだ。

 「絶対横に動かすな」と言われていた年代の人間は、最初実行に移すのに大いに抵抗を感じる。 回転系だった動きが振動系になっているのもなじめない。


 なんでもそうなのだろうが、医学の世界も日進月歩である。

 これが常識と思ってやっていたことが、年月とともに修正され、いつの間にか覆されている。 歯磨きのように民間に普及しているものでさえそうなのだから、最新医療を日夜研究し続けている医師が、現場でやっていることの発展スピードたるや、どんなに凄まじいものだろう。

 産婦人科もしかりだ。


 最初の検査で妊娠が分かり、9月が分娩予定と言われたその日。

 「時間があればエコーを見ましょうか」

 と言われて面食らった。

 「エコー、か、かけられるんですか? 9週目ですよ?

  あ、それにさっき思いっきりオシッコ出してから来てますし!」

 「わはは、そりゃまたえらい古風な知識じゃの!」

 「部長先生」と呼ばれている、結構偉い人らしい担当医師に大笑いされた。


 蘭や司の時は、超音波検査器が初期の物だったので、胎児を鮮明にキャッチできるのは3~4か月ごろ、しかも腹の底の方に居たんでははっきり映らない為、膀胱にしっかり尿を溜めておいて子宮を持ち上げた形で検査をしなければならなかった。

 「オシッコしないで来てください」

 そう言われても、ただでさえ妊娠中は頻尿になる。 妊婦にとっては、かなり負担になる検査だったのである。


 7年の月日は恐ろしい。 妊娠が分かった当日に、私はエコー検査で早々と我が家の3人目にお目にかかることができた。 

 砂の中に埋没した小豆粒みたいな映像を見ても、残念ながら私にはどこが何やらさっぱりわからなかったのだが、医師にはそれがどっちを向いていて、取りあえず心臓動いてるな、くらいのことはわかるようだった。


 しかし、医学が進むのと同じ年月分、私の体の老化も進んでいる。

 産婦人科の待合室に居ても、新婚1年目のピチピチママさんたちに囲まれると、ひとりだけみすぼらしく感じられるオバサンなのだ。 家族が増えるのは嬉しいし、産む瞬間だけは経験者だからちょっとだけ楽かもしれないが、産前産後及び育児期間の体力は確実に落ちているだろう。

 育児手帳にはドーンとマル高マークがついて来る。 高齢出産なのだ。

 


 気が重くなっている私の落ち込みをよそに、亭主も子供たちも妊娠のニュースに大喜びだった。

 亭主はエコー検査の紙をコピーして、自分の入院準備グッズの中に入れた。 他にも家族で撮った写真や、子供にもらった手紙などを縮小コピーして持って行くつもりのようだ。 検査入院だけでは済まないだろうという不安と自覚が、少なからずあるらしい。 


 「ママお腹切るの?」

 さっそく飛ばしたことを思いつくのは司である。

 「僕を産むとき切ったでしょ。 お腹切って、内臓出して赤ちゃん出して内臓戻すんだよね」

 「お、恐ろしいこと言うな、お魚と違うんだよ。 そう簡単に切らないし、そう簡単に出し入れ出来ないの!」

 「ふうん」

 ここで「どこから出すんだ」とか「そもそもどうやって作ったんだ」などと突っ込んでこないところは、うちの子供たちの無邪気かつ詰めの甘いところである。

 

 私もそのへんの扱いはだいぶうまくなっていて、子供たちが友達同士の話などからいらぬ疑問を抱かぬうちに、さっぱりさせておきましょうとばかりに、一つの作戦を立てて実行した。

 簡単な走り書きで手製の絵本を作り、夜寝る前に読み聞かせをやったのだ。

 「神様の居る場所」から旅に出た「あかちゃんのもと」が、ママの体の中でマラソンをやって、大勢の競争相手に打ち勝って「ベッド」にたどり着く、という受胎大冒険ファンタジーだった。 ひとことも嘘は入れてない。

 子供の「なぜ」「どうして」は実に単純なものである。 別に性教育本みたいに、ペニスだヴァギナだと教えなくても今はいいではないか。

 このお話を聞いた蘭と司は、そうか、そうやってあかちゃんができたのかあ、と納得して、その後ひとことも、そういう「親の困る質問」をしなくなったのだった。




 さて、1月14日。 亭主は予定通りカテーテル検査のため、大学病院に入院した。

 手術をするのは心臓外科医なのだが、部屋は循環器内科病棟という事になるらしい。 心臓関係の患者さんばかりの6人部屋に入れられた。 当然と言うかなんというか、周りの患者さんはお年寄りがほとんどだ。

 

 「ども、よろしく。 僕はカテーテル昨日やった人だから先輩で」

 森田と言う、でっぷり太った50代の男性が、隣のベッドで手を挙げて気さくに話しかけて来た。

 「3年前にバイパス手術したから、今回はその病後検査なんだ。 でも今回一緒に無呼吸睡眠の治療とかしてて、もしかして夜中にいびきとかうるさかったらすいません」

 小山のようなお腹越しに会話をして気が合ったのか、亭主は森田とすぐに打ち解けて身の上話に花を咲かせていた。 まだ検査前でどこも痛くないので、パジャマに着替えた後も椅子を運んで森田と話し込み、ついでにお茶を貰いに行ったりサンルームの見物に行ったり、なんだか家にいる時よりも生き生きと動き回る。 付き添いはまだ不要な感じだった。


 他の同室者にも挨拶をしたが、心筋梗塞で手足が麻痺して担ぎ込まれた人や、太ももに出来た血栓を取りに来た人など、要するに重いか軽いかの違いはあっても、「血管詰まっちゃう人」の集まりだと言うことが判った。 お互いの苦労が判る者同士、どこか和気あいあいとした病室だった。

 ただ一人、一番窓際にいる八木と言う老人のみが、他の誰とも交わらす小言ばかり発して周囲を呆れさせていた。 部屋の中で最高齢であるらしいこの老人は、血栓が脳に飛んで急に視神経がおかしくなり、まず眼科を受診してからこちらに回されて来たと言う。

 八木には娘かと思うような若い奥さんが始終付き添っていたが、彼はこの女性を一日中口汚くののしり、叱り飛ばす以外に口をきくことがないと言う話だった。


 「スプーン! スプーンを出しとけ言うのに、何で箸だけじゃ? 何にもしよらんなお前は何回言うても。

  能無しか。 で、タオル。 タオルはここに置いときゃいいじゃろうが。 

  馬鹿、そんなとこおいてもわしの手が届かんのがなんでわからんのや。 こらばか、あほう! そっちへ置いてどうなるんじゃ、気が効かんのかアホなんか」

 「そこに置いたらまた手が引っかかってしまうでしょ」

 「引っかけた? ああしたこうした、下らんことはよう覚えとるが大事なことは何にもしてくれんのう。 

  どうせええとこなしの女なんじゃけ、はいとかわかりましたとか、それくらいすっと言うたらどうじゃ」

 「はいはい」

 「はよせえ! 返事だけか!」


 聞いている方が胸が悪くなりそうな悪口雑言を、延々と受け流しながら奥さんは黙々とダンナの世話をしている。 出来た女房で頭が下がる、と言うよりは、彼女の精神構造は一体どうなっているのだろうかと危惧する思いの方が強いくらいだ。

 他の患者たちも同じ感想を抱いているらしく、

 「一体どこがよくてあのダンナなんすかね」

 「俺なら3日で毒盛っちまうなあ」

 などと小声で噂する者もいた。

    

 

  

 さて、その晩から亭主が病院泊まりなので、久々に子供たちと3人だけ、「管理なし」の食事が出来る貴重な日々の始まりである。

 ところが。

 さあ何を作ろうか、と台所に立って愕然とした。 何を作っていいのか、全く頭に浮かんでこないのだ。

 今日はどれだけ油や砂糖を使いまくっても、卵やバラ肉を食べまくっても誰も生命の危険に陥らないのだから、いつも食べられないものを思い切り作ればいいではないかと思うのだが、では具体的に何をと考えても出て来ない。

 5年の月日は私から、メニュー名つまり「なぞなぞの答えの方」から思いつく力を徹底的に忘却させてしまっていた。


 仕方なく、食材の方から考えて行こうとして、冷蔵庫の中身を確認して見ると、案の定、庫内の住人のほとんどが野菜一族である。 タンパク質は冷凍したササミと豚のもも肉が少しと、味付けに使っている「溶けるチーズ」が少々。 

 普段ならこのササミを野菜でぐるぐる巻きにしたり、逆に野菜を豚肉でぐるぐる巻きにしたりして見た目の増量を図り、それを蒸したり焼いたり茹でたりして、やはり野菜だらけのサラダと、野菜だらけのおつゆと、野菜だらけの煮物と一緒に出せば2食分にはなる量だ。 しかし、ドーンと豪華にやるには肉が少な過ぎはしないのか。


 レトルトのカレーだのラーメンだのはもちろん買い置きしていないし、お好み焼きの様な物で誤魔化そうにもソースが切れている。 それより難しい物は思いつきもしないと言う体たらくだ。

 「おーい、蘭よ。 夕飯なにが食べたい?」

 ついに子供に頼ってみたところ、

 「てんぷら!」

 長女からは、実に明快な答えが返って来た。 この判断力の的確さが、日頃から蘭の優等生ぶりを支えているわけなのだ。

 「おおお! その手があったか。 蘭はほんとに賢いね。

  そうだ、揚げ物なら野菜があれば何とかなるじゃーん」

 

 ありあわせの野菜や肉を切って、いそいそと天ぷらの用意をする。 しかし、衣まで作ってしまってから、大変なことに気が付いた。

 「あ、天ぷら鍋、使わないから引っ越しの時に捨てちゃったんだ! 

  ま、いいか普通の鍋に入れても。 って、あ、あ、あ! 油がない!!」

 全然置いてないわけじゃないのだが、サラダ油などという物は我が家では、ボトル1本買ったら2年くらい買わなくて平気と言う脇役なので、底の方にちょっとあるから来週までいいや、なんてことがしょっちゅうあるのである。

 何よりショックだったのは、長い間揚げ物と縁を切っていたおかげで、天ぷらを作るのに一番重要な食材が油だ、という事実が、まるで頭の中に浮上しなくなっていた、自分の衰えに対してであった。

 あわてて近所のスーパーに油だけ買いに走った。

 

 そんな苦労をして作った天ぷらであるのに、私も子供たちも、結局3~4切れしか食べられなかった。 油っぽいものに胃が慣れていないので、たちまち胸が悪くなってしまったのである。




 さて次の日。 カテーテル検査の当日である。

 朝、検査の予定時間より少し早くに病院に行ったのだが、なんと亭主の姿は既に病室から消えていた。

 「検査室が予定より早く空きまして、繰り上がりました。

  今頃はそろそろ終わってるくらいですから、検査室へ行かれたらお会いになれますよ。

  手術じゃないので入室は出来ます」

 看護師さんに教えて貰って、大慌てで検査室に走った。

 わずかなりとも生命の危険アリと言っておきながら、予告も無く早めてくれては困ると思うのは私だけか? 何かあっていきなり危篤になったらどうしてくれるんだ。


 検査室に駆け込むと、大きなパネルやモニター画面がずらりと並んだ部屋の中で、担当医の伊丹先生が、ひょいひょいと私を手招いた。

 「ちょうど今、画が撮れたとこですよ。

  奥さんすぐごらんになりますか」

 医師が調整していた画面には、夜明けの明るい空に取り残された白い月、という印象の物が浮かんでいた。

 それは初めて見る、亭主の心臓だった。


 「おわかりですか?

  下半分、まったく動いていません」

 医者の指先が、無口な白い月の輪郭をゆっくりとなぞった。

   

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