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魔女のキッチン  作者: 友野久遠
1章 食餌療法開始
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1、もと王子さまと夢見る乙女の成れの果てがベッドでエッチするのが夫婦なのです

 「ゴミ出しなんぞ男のやることじゃない」

 うちの亭主はそう言って、朝のゴミ出しを決して手伝わない。

 察するところ背広が汚れるのが嫌だったり、近所の人に奥さんの手下みたいに見られるのが嫌だったり、単に面倒だったりするのだろう。

 こっちも特別カカア天下を志す妻ではないので、無理をしてまでゴミ袋を持たせる気にはなれないのだが、それにしてもそこまで大時代的な台詞を持ち出さなくても良さそうなものだと内心うんざりしている。

 

 素直に「俺が外でいいかっこするのに協力してくれ」とか言っちゃえば男の人も楽に生きられるんだろうに、そう簡単には行かないらしい。 男サマのプライドは、開発されたばかりのお掃除ロボットみたいに、ちっちゃな出っ張りにも引っかかって動きが取れなくなるものなのだ。

 男サマがどれほど偉く、男サマがどれほど立派な仕事がふさわしいのか私にはわからないが、たかが数十メートルばかりゴミ袋をぶら下げて歩いたくらいで地に落ちる程度の品格なら、なくても同じではないかと思う。


 こう言ったからと言って、私が亭主を馬鹿にしている訳では決してない。 むしろその逆だと思う。 男の人にはチマチマしたことにこだわらず、威風堂々とそこにいるだけでオンナコドモを凌駕して頂きたいと願っている。 正真正銘の王者であるなら、ボロを着て門番の仕事を手伝い、時には人に頭を下げたとしても、やはり王者の風格を感じさせるものだと思うし、そうあって欲しいわけだ。


 理想が世界を駆け巡ってしまうほど、私は亭主に期待しているのだ。 何故なら、例え35歳の若さで不必要に胴回りが巨大化していようと、顎と首の境界線が曖昧になりつつあろうと、名前を呼ぶどころかオイとしか呼びかけてくれなかろうと、その男は私が選んだ白馬の王子様に違いないからだ。

 時の流れは恐ろしいもので、若さと共にあらゆるものが失われつつあるにしても、亭主と言うものはやはりいい男であると信じたいのが、乙女の成れの果てのおばさんの純情ってものである。


 こら。 笑ってはいけないぞ。

 おばさんにだって純情は残っているのだ。 いや、現実部門で使い果たした分、妄想部門では逆に純情ばかりがもっさもっさと育って、容器に入らなくて持て余しちゃったりしているのだ。

 朝起きて、布団から抜け出すときに見下ろすこの亭主の寝姿のシルエットも、できればペンギン腹の部分を削除して妄想のシャッターを切れたらなあ、なんてむなしい事を考えるのである。


 「今何時だ」

 私が布団から抜け出そうとすると、亭主が目を開けて聞いた。

 「5時45分。 そろそろ起きる?

  今日から島根に出張でしょ」

 「6時半まで横にならせてくれ。 なんだか妙にだるいんだ。

  風邪でもひいたのかな。 疲れが全然取れてない」

 「大丈夫? 昨日も起き抜けにだるいって言ったよね」

 「そうだっけ」

 「疲れてるんだよ。 寝てて。 ゴミ捨てて来るから」


 見ろ見ろ、私は優しい妻だぞ。

 疲れてるのは事実だと思うから反論なんかしないんだぞ。 いたわったりなんかもしちゃうんだぞ。

 でも本音を言えば、主婦と乳幼児の母親とを兼ねてフル回転してる私にしたら、「それくらいで疲れんなよ!ゆうべ8時間も寝てたろ、こっちは3時間半寝ただけで頑張ってんのに」と鼻で吹き飛ばしたくなってしまう今日この頃だ。 それでもちゃんと旦那を立ててる、偉いじゃないか誰も褒めてくれんけど。


 主婦業は重労働だ。 とりわけ乳幼児の世話の大変さは会社勤めの比ではない。 私が言うのだから間違いない。

 独身時代の私は、ものすごく疲れる会社に勤めていた。業界でワースト1と言われたほど残業の多い広告デザイン会社だ。

 9時出勤で6時終業なのに、6時半に営業の人がやって来るのがまず異常。

 「ヨルイチで取りに来るからお願いね」と原稿を置いて行くのがさらにおかしい。 ちなみにヨルイチとは夜10時のこと。

 ヨルイチで仕上げたデザインを取りに来た営業は、

 「こっちはヨルサンでいいや」と次の仕事を置いて行く。 ヨルサンは4時頃を指す。

 男の人は平気で徹夜するのだが、女性は2時を回ると帰してもらえる。 そんなことで有り難がるのはもう異常なんだけど、ありがとうすみませんと恐縮して家に帰って、風呂に入ったら4時5時になってしまう。

 それからベッドに入ったら間違いなく寝過ごすから、出勤の服装に着替えてから、玄関先で寝袋に入って寝ていた。 20日くらい横になってない時期もあった。


 そんなとんでもない仕事をやめて結婚した時は、天国のように時間があった。

 一日が長く充実していた。

 ところが子供が生まれて、亭主が昼間に活動するのに合わせて動きながら乳児の世話を四六時中やってみて愕然とした。

 これは、あの残業漬け勤務のほうが数倍も楽だ!!

 何故なら、あのころは玄関で寝ている2時間の睡眠時間は、スイッチを切ってもいい時間だった。 帰りのタクシーの中でも、自分の妄想にふけることを責める人はいなかった。

 子育ては、そのスイッチを切る数時間数分の時間さえ、母親という勤務時間なのだ。

 いつだってスタンバイしてないとまずいのだ。 そのプレッシャーはやってみないとわからない。


 亭主よ、疲れた疲れたとのたまうなかれ。

 どんな重労働だろうがどんな重責のある任務だろうが、あんたたちは家に帰ったら、そのトドのようなお腹を畳の上に陳列して、ポテチをかじりながらテレビを見てていいんじゃないか。

 風呂でゆっくり体を洗うことも、トイレで新聞を読むことも、洗面所で鼻毛を抜くこともできるじゃないか。


 乳幼児の母はその時間も子供の「かまって攻撃」を受け続けている。

 トイレで用を足しているわずかの時間に下の子はティッシュを食べスリッパをかじる。 上の子はたんすの上から落ち、牛乳をこぼしおしっこを漏らす。

 風呂に入ったら、哀れな母は子供の体ばかり洗い、自分は洗えないままに脱衣場に逃走され、子供を拭いている間に自分の体は乾き、奪われた気化熱のために風呂上りに一人で寒がる。

 ご飯は食べている横でチビどもにこぼされ散らされひっくり返され、時には口から戻されて何を食べたのかわからないうちに食欲が減退する。

 自分の時間は夢の中でも望めない。 隣で転げまわってたんすにぶつかる気配がするからだ。


 でも、そんなことは亭主に言ったりはしないですとも。

 旦那はとりあえず白馬の王子の成れの果てであるわけですもんね。 なんてけなげな、少女の成れの果てである私でしょ。


 でも、願わくは夜のほうのテンポは、もう少しこっちに合わせて欲しいもんだわ。

 自分が眠くなる前にと思うんだろうけど、子供が寝たか寝ないかの宵の口にいきなりベッドに引っ張り込まれてもその気になれやしない。 多分亭主の方も同様で、ボルテージが上がらないもんだから、初っ端からエッチビデオを流しっぱなし。 上になって頑張ろうとしたら、

「おい。 見えないから頭下げて」

とか言われたりして。

 ああ情けない王子さま。


知り合いに見られたら困るなーと思うほど、事実に近い事を書いてます。

気が向いたときに更新と言うことで、気まぐれでスミマセンがよろしくお願いいたします

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