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金の夜に狼が吼える  作者: 星河雷雨
金の夜に狼が吼える
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第一話 

 


 今宵、夜空に浮かぶは黄金の月。


 その眩いばかりの月に向かって、一匹の獣が吼えている。


 私は荘厳な広間の窓から空に浮かぶ金色の月を眺め、人々のざわめきの中、遠くから聞こえてくる、どこか物悲しい狼の声に耳を澄ました。


 恋しい者を呼んでいるような、あるいはただ訳もなく虚しさを叫んでいるだけのような、その遠吠えに何かしらの感情があると想像してしまうほどに、美しく、悲しい叫び――。



 なーんちゃって。



 はい、皆様ご機嫌よう。聖女です。嘘です。言ってみたかっただけ!


 うーん。けどまあ、まるきり嘘という訳でもないんだよね。何しろ国が、公式に認めちゃったもんね。私としては、ちょっと後ろめたいんだけど……。


 邪竜を倒したマティアスが、英雄と呼ばれるのは別にいいよ? その通りだし。でも私が聖女と呼ばれるのは、やっぱり納得できない。できなくともすでに取り返しがつかないところまで来ちゃっているのが、何ともやりきれないんだけどね。


 でも先日陛下――マティアスのお父様が、国民に向けて発表しちゃったんだよね。私、アリーセ・アンセラムが聖女で、マティアス・レドフォードが英雄だって。マティアスのことは良いにしても、私のことは、もう本当笑うしかない。


 危惧していた通り、両親とお姉ちゃんズにはさんざん言われた。詐欺師とか、まだ間に合うとか、こんな娘を持った覚えはないとか。


 何だそれ。犯罪者にかける言葉じゃないか、それ。


 それでもどうにかブラッドさんの説得によって、ようやく、しぶしぶ、うちの家族は納得したらしい。私だけじゃ絶対信じてくれなかったよね。


 それからまずは、国民に向けての発表。次に各国へ向けての公式発表があり、私の周囲はあっという間にてんやわんや。もちろん普段通り侍女見習いの仕事なんてしている暇はなく、教会へと出向き教会の一番偉い人に聖女として認定してもらい、それからマティアスと婚約した。ここまでが約二週間の出来事。


 そしてなんと!


 今日は、聖女と英雄のお披露目式あーんど邪竜倒して万歳祝賀会なのだ。マジかよ。今すぐどこかへ逃げ出したいぜ!


 はい、お察しの通り。今は祝賀会の真っ最中です。


 私はベルタ率いる有能侍女集団によって飾り立てられ、今夜の祝賀会の主役の一人として、マティアスの隣に立っています。ええ、世界を救った超絶美貌の英雄様の隣にね。視線が痛い!


 私が緊張のあまり吐き気を催していると、いつも通り、怖い顔のブラッドさんが近寄って来た。


 お、今日のブラッドさんはジャボじゃなくてクラバットだね。やっぱ、そっちの方が似合ってる。


 実は、マティアスにこっそり言っといたんだよね。絶対ブラッドさんには、クラバットの方が似合うよって。ちゃんとアドバイス聞いてるな。よしよし。


 ちなみに、マティアスはどっちも似合うけどね。くそう、これだからイケメンは!


「ブラッド。これいつ終わるの?」

「まだ始まったばかりだろ」


 近寄って来たブラッドさんに、マティアスが子どものようなことを言っている。眉を顰めているけれど、今日の主役がそんなことで良いのかね?


 マティアスは、祝賀会が始まってからとにかく機嫌が悪い。まあ、今まで自分のこと除け者してきた人たちが見事な掌返しをしてくるんだから、気持ちはわかる。私は今までマティアスがどんな扱い受けてきたかは知らないけど、大体はマティアスの態度から推測できるし。


 多分、以前からマティアスに対して誠実に対応してきた人には、マティアスもにこやか。でもそうじゃない人たちには、笑顔がなんか嘘くさいんだよね。


 それにさ、なんていうかさ。何かちょっと悔しいんだけどさ。


 うん。やっぱマティアスモテるんだわ。


 しかも将来犯罪者かもっていうヤバイ意味の「竜殺し」が誤解だってわかって、しかもしかも、今は英雄なんてもてはやされちゃってるもんだからまあ、来るわ来るわ。女の人がさ。


 女の人たちがひらひらと色とりどりのドレスの裾を翻してマティアスに近寄って来る様子なんて、まるで餌に群がる熱帯魚みたい。一応私と婚約してんだけど? さっき陛下から紹介されましたけど?


 でも、私を一目見た時の、マティアスを狙っているお姉さま方の目ときたら……。


 はんっ! このガキンチョが! って目が言ってた! そうさ。確かに私はガキンチョさ!


 でもま、将来の旦那がモテるってちょっと優越感。そして何故かちょっぴり敗北感……。


 しかしまあ。そんな女の人たちに対するマティアスの態度と言ったら、ねえ?


 もうちょっと愛想良く出来ないの? 女の人敵に回すと後が怖いよ? ってな具合ですよ。ほら、あの人なんて目に涙を受かべて、手に持っていた扇の先をギリギリ噛んでるよ? あれ、歯欠けないかむしろこっちが心配なんだけど?


 あーあ。皆マティアスなんか放っといて、私に寄ってきてくれてもいいんだけどな。綺麗なお姉さま方は、目の保養になるから大好き。カモンカモン! 


 あと、結婚するならマティアスよりブラッドさんの方が絶対にお薦め! あ、でもダメだ。ブラッドさんはベルタにお薦めするんだった。


 うーん。


 実際どこまで進んでるんだろう、あの二人。お互い憎からず想ってそうなんだけどな。ベルタはブラッドさんを前にすると頬を赤らめるし、ブラッドさんもベルタを前にすると、どこか挙動不審になるんだもん。


 なーんて私が考えてると、当のブラッドさんから声をかけられた。


「アリーセ」

「はい?」


 なんかちょっと目がつり上がってるな。もしや、考えていることが顔に出てたかな。他人の恋路なんて放っておけって?


「大丈夫か?」


 あ、違った。でも、大丈夫って何が?


「……今日の祝賀会。各国の王族も、使者としてこの国に来ている」


 うん。そうらしいですね。


 ほとんどの国の王様は別の日に順番にお礼の挨拶に来ているらしいけど、今日来ている王族は王の代理としてこの場にいるらしい。皆律儀だね。それとも一応国を代表して礼を言っとかないと、あとで面倒なことになるのかな。まあ、なりそうかも。


「だが、皆建前は英雄に対して礼をしに来たというところだが……実際はまあ、己の娘との婚約の打診だな」


 ……婚約?


 え、婚約ならもうしてるよね? お礼言いに来たんじゃないの? さっき王様言ったよね?


 私は嘘でしょ、という意味を込めてブラッドさんを見上げた。


 私の視線を受けたブラッドさんはというと「確かに……マティアスはすでに君と婚約をしているが……」なんて言い淀みながら、視線を逸らしちゃいましたよ。


 ああ、察しました。第二夫人てことね。だから私に大丈夫かって聞いたのか。


 そういえば、マティアス一応王子だもんな。臣籍に下るとはいっても、貴族なら妻以外の女性を娶っても別におかしくはないし。それに一夫一妻の夫婦ももちろんいるけれど、愛人を持つ家庭もないわけじゃない。というか、多分そっちの方が多い気はする。


 うちだって上の姉二人は私とは母が同じだけれど、三女と四女は第二夫人の子どもだし、五女と六女もそれぞれ別の女性の子どもだ。六女に至っては父の血も引いていない。……こうして改めて考えると、うちってだいぶ複雑な家庭だな。


 そもそも父親が多情というか情が厚いというか、不遇な身の上の女性をどんどん妻にしちゃうから貧乏なんだよ。なんだ? もしや聖女の血を引くがゆえの博愛主義者なのか? ノブレス・オブリージュなのか? いや、ただの女好きか……。


「俺は君以外娶らないよ」


 いつの間にか群がる女の人全員追っ払っていたマティアスが明言してくれたけれど、でもまあそんなわけにもいかないんじゃない? だって王子だし。そうでなくても英雄だし? 英雄色を好むって言うじゃん?


「私は構わないですよ?」


 実家で慣れてるしな。


 そう言うと、マティアスがものすごく嫌そうな顔をした。何だよ。こっちは気を使ったつもりなんだけど?


 そんな不機嫌丸出しのマティアスが、私に向けて何か言おうとしたところで、ふいに誰かの声がそれを阻んだ。


「マティアス殿下」


 おお、渋い声。


 振り返ると、銀色の髪に緑の瞳の美丈夫が立っていた。強い視線を放つ瞳の緑は、まるで深く静かな森の中を思わせる色彩だ。


 それにしても、いいな銀髪。銀髪ってさ、将来白髪になっても誤魔化せるから良いよね。黒髪って白髪目立つじゃん? 私も金髪か銀髪の方が良かったな~。


「失礼。あなたは?」


 マティアスがさっと王子様の仮面をかぶったけど、こうしてると普通に王子様なんだよね、マティアスって。新兵には見えないよね。


「申し遅れました。私はウェルムで文官をしております。サイラス・ノーフォークと申します」


 ウェルムか。お隣さんだな。ウェルムには一度家族で行ったことがあるけれど良いとこだったよね。ハムとチーズが滅茶苦茶美味しかった。そして意外だけどこのお兄さん文官なんだ。


 綺麗な顔はしているんだけど、なんかちょっとだけアウトローっぽいっ感じ。体格良いし、こっちの方が、マティアスよりよほど騎士っぽい。 


「この度の殿下のご活躍、誠に感謝いたしております。いえ、そのような言葉では申し尽くすことはできません」


 お兄さんが胸に片手を当て、マティアスに対しお礼を言った。


 あ、胸に片手を当てるのは、尊敬しているとか敬愛しているとか感謝しているとか、こちらではとにかく相手に対する敬意を表す時によく取られる動作ね。


「私があの場にいたのは偶然です。それに……聖女がいなければ私があの邪竜を倒すことは叶わなかった」


 そう言ってマティアスが私に視線を寄こせば、その視線を追ってサイラスさんも私を見た。


 それからサイラスさんは、わざわざ膝を折り私に目線を合わせてくれた。さては子ども好きだな、この人。美しくもちょっと男臭い顔が間近に迫り、深い緑の瞳がじっと私を見つめてくる。


 その視線はこれまでの人達と同じに見えて、どこか違う。値踏み……ではない。どうにか真贋を見極めようとしている感じ。それはまあ、他の人からも感じるものなんだけど、なんだかこの人からは必死さが感じられる。そうであってくれ、本物であってくれと願うような、何かに縋るような、そんな視線。


「お初にお目にかかります。聖女殿。サイラス・ノーフォークと申します」

「……アリーセ・アンセラムです。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 私と挨拶を交わしたサイラスさんは、すっと膝を伸ばし、次にブラッドさんと挨拶を交わしていた。背が高く体格の良い二人が並ぶと、威圧感がすごいな。


 マティアスもでかいけど、ブラッドさんとサイラスさんの方が幅が広い。きっと元からがっしりとした骨格なんだろうな。サイラスさん自分のこと文官て言ってたけど、ほんと騎士でも通用するんじゃないかな。ま、今から剣の腕鍛えるのは大変そうだけどね。


 それにしても――。


 うーん。何だろう。


 サイラスさんて、なーんか見たことあるんだよね。ベルタを見た時と、同じような感覚。でももうこの世界が、あのダークファンタジー小説の世界だってことはわかっているからさ。きっと、小説の挿絵に描かれてた登場人物の誰かなんだろうな。


 誰だろ。文官の挿絵なんてあったかな? よっぽど重要な人じゃないと出てこなくない? だってあの物語って、竜を打ち倒すのが目的のファンタジーだよ?  


 いわばモブの人たちの顔なんて、挿絵に大きく描かれるかな? ……ああ、でもベルタと亡き二股野郎は描かれてたか。いやいや、あれは物語の導入部分、結構重要な役割の二人じゃん。


 となると、やっぱサイラスさんて小説の中でも結構重要な人物なのかな? ……まあ邪竜はもう倒されたんだから、無理やり思い出さなくてもいいか。


 そんな風に私が思っていると、サイラスさんの後ろから近づいて来る女の人に気が付いた。


 優雅な足取りでこちらに向かって進んでくる女の人は、ザ・お姫様と言った感じの高貴で華やかな雰囲気の人だ。


 マティアスより濃い、黄金といってもいいくらいの金髪がふわふわと揺れていて、ついつい視線が吸い寄せられてしまう。サイラスさんより明度の高いエメラルドのような瞳には、長い睫毛がバッサバサ。ふわー、めっちゃ綺麗。ベルタとは、また違った系統の美人さんだ。


「サイラス」


 その美人さんが、これまた美しい声でサイラスさんを呼んだ。声まで美しいなんて反則だな、おい。


「姫」


 聞きました、奥さん⁉ 姫だって、姫! やっぱ姫! 


 ふおお……本物のお姫様って初めて見た。王妃様と王太子妃様にはお会いしたことはあるけど、生粋のお姫様じゃないしな。


 あれ? ちょっと……。もしやこの人マティアスとお似合いじゃない? 王子様とお姫様だよ? 私より断然、お似合いじゃん。一国のお姫様が今日ここにやって来たってことは、きっとそうゆうことだよね? マティアスの妻の座を狙ってのことだよね?


 ……これってさ。私が第二夫人の方が良くない? 正妻の座譲った方が良くない?


 だって、私なんて小説には存在すら出てこなかったモブ中のモブ、キングオブモブだもん。


 それに比べて、この美人さんはモブとはいえお姫様。歳の頃だってきっと、私よりはマティアスと近いだろう。


 それにマティアスのことはもちろん嫌いじゃないけど、どっちかっていうと感じているのは友情なんだよね。一緒に危機に立ち向かった仲間っていうか、同士っていうか。信頼はしているけど、なんか色男具合に腹が立つというか……。あれ? 最後に何か本音っぽいのが……。


 ……ま、まあ、とにかく。


 サイラスさんについては、気に留めつつも考えすぎないようにしておこう。邪竜は倒したんだし、あとはもう私がやるべきことはないはずだしね。

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