【Intermission】 春蘭ちゃんはお弁当を作れない
今回は小休止です。
ラン科植物の発芽から開花、結実までを擬人化した短編に書いてみました。
ラン科の種子には発芽に必要な栄養分が入っていません。地面に落ちてから菌類のお世話になって発芽、成長するのですが、人間に例えると、まあ、こんな感じかな?と。
あたしは、しゅんらんのたね。
きのう、かぜにとばされて、たびにでたの。
しばらく、かぜにのって、とんでいたけど、
けさ、ゆっくりと、じめんにおちた。
じめんは、おちばでふかふか。
あたしはね、ここで、じんせいをはじめるの。
だいぶんとんだから、おなかがすいた。
そうだ。おかあさんからわたされた、おべんとうのつつみがあるわ。あけてたべようっと。
でも、なんか、かるくない?
ぱか。
おべんとうばこをあけた。
あれ?
なにもはいってない。
かわりになんか、メモがはいってるんだけど。
よんでみた。
ごめんね、きょうだいがおおすぎて、おべんとうつくれませんでした。
じめんについたら、このひとをよびなさい。ごはんたべさせてくれるから。
Rhizoctonia sp.
じゃ、がんばっていきるのよ。
ははより
ええ?
おべんとうは?
おべんとうないの?
おなかすいたよー。
わーん。
◇
「ああ、今年も来たか。いやそれにしてもすごい声で泣いているな。」
春蘭の発芽時の共生菌であるRhizoctoniaさん、小難しいので略してゾクさんが、聞き覚えのある泣き声を耳にして、やおら起き上がる。この人の役目は、春蘭の種が落ちてきたら、とりあえずあやして泣き止ませて、ごはんをあげること。何千万年も前から、そういう契約になっている。
「行ってくるか。」
「わーん。」
「ああお嬢ちゃん、大変だったね。よしよし、もう泣かなくていいよ。」
「おなかすいた。」
「おじさんがごはんをあげる。」
「ほんと?」
「さあ、これを食べなさい。おいしいよ。」
「しらないひとからものをもらっちゃいけないって・・・」
「お母さん別にそんなこと言ってなかっただろ?」
「・・・うん。」
「じゃあ大丈夫だ。」
「ありがとうおじさん。」
鮭のおにぎりを口一杯にほおばりながら、春蘭ちゃんが尋ねる。
「おじちゃんはだれ?」
「おじちゃんかい?おじちゃんは君たちと共に生きる共生菌のゾクさんだ。」
「きょうせいきん?」
「いや名前はそこじゃなくて。」
「きんちゃんでいい?」
「・・・いいよ。」
幼児相手に難しい話をしようとするからこうなる。作者がせっかくつけた名前はここで用済みとなった。
春蘭ちゃんは、きんちゃんからごはんをもらって成長し、やがてプロトコームになった。
「ぷろとこーむ?」
うん。なんていうかな。種から芽が出てちょっとだけ大きくなったやつのことだよ。
◇
「うっせーなババア。」
春蘭ちゃん、成長してプロトコームからリゾームになった。リゾームというのは、早い話が芋である。口も悪くなった。今は、きんちゃんから世話を引き継いだPeniophoraさん、小難しいので略してペニーさん夫妻の家で暮らしている。只今、プータローで絶賛引きこもり中である。
「あんた、いつまで光合成しないで地面の中に居るつもり?いい年して土の中をぐるぐるぐるぐる這いまわって、発芽から何年経ったとおもっているの!隣の金蘭ちゃんなんか、2年で芽を出したわよ。それにひきかえあんたはもう5年も引き込もって。いつになったら葉っぱを出すのよ!」
「しょうがないだろシンビジュームなんだから!そういう種族なんだよ!まだ本気だしてないだけなんだよ!」
ここで少しだけ春蘭ちゃんの肩を持っておくと、春蘭が属するシンビジューム属は、本当にこういうめんどくさい連中なのである。
「とにかく、そろそろ将来のことかんがえなさいよ。」
そんなことはわかっている。いつまでも地面の中で生きていけるわけではない。私だって、いつかは地上に出て、ひと花咲かせたいよ。本気出してやる。
じゃあ、いつやる?
今でしょ。
ご都合主義で申し訳ないが、その日、春蘭ちゃんは、地上に葉を出した。それから3年後、春蘭ちゃんは花を咲かせ、実を結んだ。
本当に本気だしてなかっただけだったのだ。
◇
さて、母となった春蘭ちゃんは、今、種子を送り出す準備に追われている。
「お弁当作ろうと思ったけど、やっぱ無理だわー。」
なにせ、種子の数は数千。弁当箱全員分用意したところで力尽きた。
「これまで通り、きんちゃんに面倒見てもらうしかないわね。」
そこで、春蘭ちゃんは伝言メモを作って、一枚ずつ弁当箱に入れた。どんなメモかって?
ごめんね、きょうだいがおおすぎて、おべんとうつくれませんでした。
じめんについたら、このひとをよびなさい。ごはんたべさせてくれるから。
Rhizoctonia sp.
じゃ、がんばっていきるのよ。
ははより
山の中にはコピー機なんかないから、全部手書き。準備に1年かかりましたとさ。
◇
あたしは、しゅんらんのたね。
(中略)
ええ?
おべんとうは?
おべんとうないの?
おなかすいたよ。
わーん。
完