【No.73】とりあえず今はこっちで ミズアオイ
前にやった、あてど植物園企画展示「田んぼの雑草展」でコナギっていうのが出てきましたけど、今回はそれの巨大版みたいなやつ。ミズアオイです。
ミズアオイ(ミズアオイ科)
Monochoria korsakowii
高さ30~70cm、花の大きさは3cm程の一年草。コナギと比べると、背丈は倍~数倍。花は倍くらいの大きさの花が穂になって咲くのでコナギよりだいぶ豪華。花は夏~秋に咲きます。群生して咲くと見事です。ちなみに昔はミズアオイのことを「菜葱」と呼んだそうで、つまりコナギは「小菜葱」で小さいナギのことだそう。字面で想像できるとおり、昔は食べていたそうです。味は………あんまり美味しくないとか。
ところで上の写真、葉が枯れこんで悲惨なことになっていますが、これは今年の少雨と猛暑のせい。名前に「アオイ」とつくのは、葉の形が「葵」のようだから。いわゆるハート形ですね。枯れてない新鮮な葉はこんな感じ。なんか美味しそうに見えるんですが。
<ミズアオイの葉>
ところで、ミズアオイの花は、受粉のための面白い仕組みを持っています。ただし、あとで説明するように、この仕組みを自分でわざわざ台無しにしてるんですが。
ミズアオイの花は、蜜を出しません。昆虫に与える送粉の報酬は花粉。ですが、余り熱心に花粉を食べられると、受粉用のものがなくなってしまう。なので、コブシ等のように、花粉を報酬として与える花は、食べきれないほどの大量の花粉を出します。
ところが、ミズアオイの花粉はそんなに多いわけではない。蜜を報酬にする普通の花と大差ないくらいの少量です。じゃあ食べつくされて受粉できないじゃん、とか思うんですが。
下にミズアオイの花の拡大写真を載せます。ああ黄色いのが雄蕊だろ、と思った方、合ってます。でもその解答だと70点。実は、黄色い雄蕊の花粉は虫に提供する「食べさせる用」の花粉。受粉用の花粉は、その下にある青いのがそう。
<ミズアオイの花>
どれだよ?
では答え合わせ。
<ミズアオイの受粉用の雄蕊と雌蕊の位置>
受粉用の雄蕊、こんな所にありました。で、反対側には雌蕊がある。昆虫がミズアオイの花に止まり、黄色い雄蕊から花粉を集めてる間に、お腹のどちらか片方の脇に、青い雄蕊の花粉が付くわけです。
わざわざ色を青くしてるのはあれ。「黄色は食べ物のサイン」ですから、食べられる花粉に見えないようにしたんでしょうね。
「なるほど。それで今度は株ごとに雄蕊と雌蕊の位置が左右で違っていて、位置が違う花同士でないと受粉できないようにして、同じ株同士で自家受粉しないしくみになっているんだな!」
はい正解!って言いたい所なんですが、違うんですこれが。
上の写真をもう一度よく見て下さい。花が二つ写っていて、それぞれ受粉用の雄蕊と雌蕊の位置が逆になっている。でもよく見て。これ、二つとも同じ穂に咲いている花。つまり同じ株の花。これでは自家受粉してしまいます。なんだよそれ。
いやもうそれどころか、ミズアオイの花は実は完全自家受粉。花が咲く前に青い雄蕊から花粉が出て、つぼみの中で自家受粉してから花が開きます。青い雄蕊と雌蕊が左右対称の位置にありますから、開花前に花粉を出すだけで、簡単に自家受粉できる。
じゃあ、雄蕊と雌蕊の位置を花ごとに左右入れ替える必要ないじゃん。雄蕊が右なら右で全部統一しとけば面倒がなくていい。でも実際には、そうなってない。
ここからは例によって想像なんですが、この雄蕊と雌蕊の配置、最初は他家受粉させるために発達したものだと思います。でも、生育地である日本の水田周辺の環境では、受粉を手伝ってくれるハナバチ類が少なく、結実率が悪かった。そこで仕方なく自家受粉することにしたんですが、幸い雄蕊と雌蕊が左右対称の位置にあるので、花粉を出す時期を早めるだけで簡単に自家受粉にできた。いいじゃんこれ。それに伴って、株ごとに揃っていた雄蕊と雌蕊の位置もバラバラになった。
でも、自家受粉というのは、環境が安定している時には有利な作戦ですが、この先環境が大きく変化した時には、遺伝的な多様性が失われてしまうので、変化した環境に適応するための選択肢を自ら放棄するようなもの。
しかし、ミズアオイの場合は、同じしくみのまま、たった二つの要素だけを変えれば、また他家受粉に戻れる。それは花粉を出すタイミングと、株ごとに雄蕊と雌蕊の配置を同じに揃えること。そうやって、他家受粉という戦略を手放さずにいるんじゃないでしょうか。
まあ、あくまで私の勝手な想像ですけど。
◇
ミズアオイは、現在全国的に数が減っており、環境省のレッドリストで準絶滅危惧(NT)になっています。これは水田に撒く除草剤に非常に弱いことが原因だと言われていますが、一部の地域では除草剤に耐性を持った系統が現れ、繁茂して問題になっているそうです。
なかなかたくましい一面も持っています。
ミズアオイの話でした。




