【No.53】渓谷を彩る イワタバコ
イワタバコ(イワタバコ科)
Conandron ramondioides
イワタバコです。
山深い渓谷の、水の滴るような岩場に張り付いて育ち、初夏に紫色の美しい花を咲かせます。
こうした渓谷のような環境では、意外にありふれた種ですが、人里近くでみることは稀です。
和名は、タバコのような大きな葉をつけて、岩に張り付いて育つことからついたもの。写真の株は葉が小さいのですが、まあ、これの1.5~2倍くらいの大きさになると思ってください。
福島県以南の本州、四国、九州、沖縄に分布します。
葉はみずみずしく、いかにも食べられそうな感じ。実際、山菜として食べられるそうです。天ぷらにすると、ほろ苦くて美味しいんだとか。イワタバコは、以前育てたことがあって、手のひらを超える位の大きさの葉がつきましたが、一株につく葉の枚数は1~3枚程度と大変少ないので、味見はやめときました。
イワタバコ科は、キンギョソウやオオイヌノフグリなんかが属するオオバコ科と近縁で、ほとんどの種は花の対称軸が1本しかない「左右相称」の花をつけますが(つまり、2分割して同じ形になる切り方がひとつしかない、ということ)、このイワタバコは例外的に、花の対称軸が花弁の数だけある「放射相称」の花をつけます。花を拡大するとこんな感じ。花の中心にはオレンジ色の蜜標があります。
<イワタバコの花>
この写真、静岡県の大井川上流で撮ったものですが、ここは実はヤマビルの生息場所として有名な所。林道脇の水の湧く岩場に沢山咲いていて、「なんて綺麗なんだろう」と思いながら写真を撮っていたら、足元からヤマビルが這い上って来る。あわてて塩をかけたりしてヤマビルを追い払いながら撮った写真をトリミングしたのがこれ。少しピントが甘いのは、ヤマビルを気にしながら慌てて撮ったせいです。
それにしても、ヤマビルは靴で踏んでも死なないくらい丈夫なくせに、塩にはナメクジ並みに弱い。ちょっと不思議です。
イワタバコ、実は園芸植物のセントポーリアと縁が近い。属は違いますがセントポーリアもイワタバコ科になります。日本のイワタバコ科には、イワタバコよりもセントポーリアに似ている種があります。イワギリソウです。
イワギリソウ(イワタバコ科)
Opithandra primuloides
こちらはイワタバコと違い、「左右相称」の花をつけます。葉や茎には毛が生えていて、なんとなくセントポーリアを思わせるところがあります。近畿以西の本州と九州に分布します。
イワタバコは、見かけはいかにも栽培が難しそうですが、水はけの良い土で植えて、空中湿度を保てる日陰に置いて栽培すれば、栽培は難しくありません。夏は水を切らさないようにして育て、冬、葉が枯れたら水を控え、乾いた状態で越冬させるのがコツです。
でも、実は鉢栽培よりも簡単に育てられる方法があります。テラコッタのような穴のない素焼きの容器の外側にイワタバコの株を麻ひも等で括り付けて、その上から「ケト土」(植物の遺骸が堆積して出来た粘土状の土です。園芸店で入手できます)を貼り付けて根を覆います。そして素焼きの容器の中に水を満たし、日陰に置いて管理するだけ。水が減ったらその都度足してやります。冬は水位を落として乾き気味に管理します。「滲み壺法」という、昔からある山野草栽培の技法です。
イワタバコ、見に行きやすい場所としては、高尾山の登山道脇なんかにぽつぽつと咲きます。
ここは、ヤマビルが出ませんから、安心して観察できますね。




