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あてどない植物記  作者: 蘭鍾馗


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【No.45】言うほど似てない アヤメ、カキツバタ、ノハナショウブ

「いずれがアヤメかカキツバタ」という言葉がありますよね。


 ◇


 調べてみると、これは、「どちらも優れていて選択に迷う」という意味なんだそうで、

「似ていて区別がつかない」という意味じゃないんだそうです。そうなんだ。


 元々は、源頼政が「ぬえ」という怪鳥を退治した褒美に、菖蒲前あやめのまえという美女を宮中から賜ったんだそうですが(何それ)、その際に、素直に引き渡すのもなんだからというので、十二人の美女の中から選び出してみよと命じられました。そこで、頼政はこんな歌を詠んだんだとか。


 五月雨に沢辺の真薦水越えて()()()()()と引きぞ煩ふ


(訳:五月雨で川が増水しちゃってさ、沢の岸のマコモが水につかっちゃってるんだけど、そうなると似ているから、どれが菖蒲あやめぐさだかもうわかんないよね。)


 ちょっと待って。カキツバタが出てこないけどどこ行った?


 あと、ここで言っているアヤメは菖蒲しょうぶのこと。きれいな花の花菖蒲じゃなくて、端午の節句に風呂に入れるあれのほう。昔はショウブのことを「あやめぐさ」と呼んだんだとか。葉が似てるからでしょうきっと。他に似てる所ありませんから。

 ちなみにカキツバタは、後世の人が勝手に後につけてことわざにしちゃったんだとか。

 それ絶対語呂がいいから選んだだけだよね。似ているからじゃなくて。


 何というかこの話、情報量多すぎ。


 ◇


 はい、いつになく長い前置きになりました。

 アヤメから行きましょう。


アヤメ(アヤメ科) Iris sanguinea

挿絵(By みてみん)


 アヤメは山地の草地に生える多年草。実は割と乾燥した所が好きです。春の終わり、5月頃に紫色の花を咲かせます。アヤメの名は、花にある蜜標ネクターガイドが網目のような模様になっていて、これを「綾目」と呼んだことから。

 ちなみに、蜜標のある花びらは実は萼。本来の花弁は、真ん中に立っている3枚のあれです。


 ではカキツバタは?


カキツバタ(アヤメ科) Iris laevigata

挿絵(By みてみん)


 こちらは湿地に生えます。日本のアヤメ属で一番水が好き。アヤメとは生育環境が全く異なります。

 花は写真のとおりで、5~6月頃に青紫色の花が咲きます。アヤメとの違いは、花の蜜標の色と形。カキツバタの蜜標は白くて三角形の単純なもの。葉はあやめの倍くらい幅広い。

 これだけ違えば、なかなか間違わないと思います。

 むしろ、カキツバタと間違うとしたらこっちの方。


ノハナショウブ(アヤメ科) Iris ensata var. spontanea

挿絵(By みてみん)


 ノハナショウブです。花菖蒲の原種で、これを元に改良されたのが園芸種の花菖蒲。カキツバタほどではないけどやっぱり水が好き。

 花はカキツバタに良く似ていますが。色が違う。カキツバタは青みの強い青紫ですが、ノハナショウブは赤みの強い紫色。今まで出て来た花の中では「スミレ」に近い感じ。

 あとは蜜標の色です、カキツバタが白色なのに対し、ノハナショウブは黄色。


 ◇


 アヤメ属の花は、面白い形をしています。

 花を見てまず思うのは、「雄蕊と雌蕊はどこ?」ということ。ぱっと見、見当たりませんよね。


 実は、例の「蜜標」の上に被っている花びらみたいな細長いものが、雌蕊です。入口のところに短いぴらっとしたものがついてるんですが、これが花粉がつく「柱頭」。

 では雄蕊は?


 実は、雄蕊はこの大きな雌蕊の裏側に張り付くようにしてあります。外からは見えません。

 昆虫がアヤメの花を訪花するときは、まず蜜標の所から中へ潜り込みます。すると、上に被っている雌蕊の柱頭に虫の背中が触れて、他の花から運んできた花粉が柱頭につきます。そうして潜り込んで蜜を吸ったあと、後ずさりしながら花から出ようとするとき、雌蕊の裏にある雄蕊の花粉が虫の背中につく、という仕組みになってます。


 これがひとつの花に三つあるので、一つの花が三つの花と同じ役割を果たしていることになります。とても効率的な仕掛けです。

 アヤメ科の花は、ユリ科やヒガンバナ科と違って雄蕊が3本しかないので、これを有効利用しようとして、こんな形に行きついたんじゃないでしょうか。








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