第7話 勝負のあとで…
賢者マーシャは目が覚めるとどこかのベッドで寝かされていた。
「あれっ? ボク、どうして……」
確か偽勇者と戦おうとして、柵に引っかかって、奈落の底へ落ちたはず……。
それなのに……。
自分の体を見るが妙に砂っぽいところ以外は何も変わったところはない。
「起きたか?」
声を掛けてきたのは偽勇者だった。
まともに戦うこともできずにあっさり敗北してしまった相手……。
「これからボクに何をするの……?」
「そうだな。とりあえずもう起き上がれるなら風呂で体の砂を落としてくると良い」
「穴に落ちた後、リック様が砂を掛けてたんですよ」
「そんなことするはずないだろ!?」
――あぁ、そういうことなのか。
ミリアが楽しげに話す姿を見てようやく事情を察した。
――ミリアの言っていた勇者様、というのは自分のパートナーって意味だったんだ。だからこそ親友であるボクに見てもらおうとして……。
確かにそれだと何もおかしいことはない。
彼はミリアにとっての真の勇者様だったのだ。
むしろミリアはボクに祝福して欲しくてわざわざ高価な念話便を使ったのだろう。
仲が良さそうな二人を見てどこか微笑ましい気持ちになっていた。
――そういえばまだ魔力鑑定をしていなかったね。
おそらく彼はそこまでの能力をもっていない。
賢者である自分に対して策を弄してなんとか戦うほどなのだから。
でも、聖女のパートナーには相応の力は求められる。
――先に手を回しておかないといけないかな。
そこまでの力を持っていないだろう、と軽い気持ちで相手の魔力量を調べる鑑定スキルを発動させる。
その瞬間に背筋が凍えるような感覚に襲われ、おおよそ人が持ちうる魔力の数十倍……。いや下手をすると数百倍もの魔力を感じる。
あまりにも強大すぎてぼんやりと輪郭しか掴めないが、そもそもここにいるのは自分とミリアとあの男の三人だけ。
親友であるミリアの魔力はよくわかっているし、自分の魔力も当然わかる。
そうなると、この魔力の持ち主はあの男ということになる。
あまりにも強すぎる魔力に当てられて思わず吐き気を催す。
その場で蹲り、嘔吐する。
もはや立っていることすら厳しいほどの魔力。
どうして今までそのことに気づかなかったのか。
――強すぎるから感覚が麻痺していたんだ……。
理由がわかると簡単なことだった。
おそらくはミリアもそのことに気づいて勇者様だって言ってきたのだ。
これほどの魔力を持っているなら納得だ。
むしろこの男と比べると王都から旅立った勇者なんてもはやその辺にいる人と変わらない。
まさに“真なる勇者”にふさわしいだけの魔力を持っている。
しかも当人は自覚してないと来たものだ。
――これは確かに確保しないといけないね。
全ての事情を理解したマーシャは青ざめた顔でリックのことを見る。
「お、おいっ、大丈夫か!?」
心配そうに声を掛けてくれる。
今まで自分にこんな優しい声をかけてくる人はいなかった。
常に他人は蹴落とす相手。
だからこそミリアだけが知り合いだったのだ。
こんなに強くて優しい人が……。
マーシャの顔は一瞬のうちに赤く染まる。
「だ、大丈夫。大丈夫だから……」
あまり調子が良くないのに慌てふためいた結果、マーシャは再び意識を失っていた。
◇◆◇◆◇◆
目を覚ましたと思ったら再び眠ってしまったマーシャ。
かなり錯乱した様子だったので、念のためにミリアには回復魔法を掛けてもらっていた。
とはいえ、旅立つ前の初期レベルの聖女。
使える回復魔法もそれほどの強さのものではなかった。
それでもあるとなしとでは大違い。
青ざめて死にそうな表情をしていたマーシャだったが、回復魔法を掛けてもらってからはずいぶんと顔色が良くなっている様子だった。
「もう大丈夫なのか?」
「あ、ありがと……。も、もう大丈……」
相変わらず顔は真っ赤でまだまだ調子は悪そうだ。
すぐに布団で顔を隠してしまう。
「気にするな。俺も少し驚かそうとやり過ぎた」
「やり過ぎ……。た、確かにさっきの魔力はやり過ぎかも……」
「そっか……。害獣相手にはちょうど良いかと思っていたんだけどな」
思えばあの落とし穴にかかってるのはメインキャラばかりだ。
聖女と賢者と聖剣……。
殺意を高めた落とし穴にかかったのは黒幕だし、ちょっと別の罠に変えた方が良いかもしれない。
「でもここらに現れる害獣ってある程度の罠を設置しないと引っかかってくれないんだよな」
「えっ!? この辺りってそんなに強い魔物が現れるの!?」
マーシャはビックリした表情でミリアのことを見る。
「わ、私もつい先日来たところですけど、ゴブリンの大群は襲ってきましたね」
「なるほど……。それなら威圧的な意味でも必要になるのかも」
威圧ってただの落とし穴なんだけど……。
「それで結局勝負は俺の勝ちってことでいいんだよな?」
改めて確認のために聞いてみるとマーシャはビクッと肩を振るわせていた。
これ以上ないくらいに顔を赤く染めて、恥ずかしそうにモゾモゾと動いていた。
「あぅあぅ、そ、その、ボク……、えっと……」
コロコロと表情が変わっていくので見てて楽しい。
しばらくするとマーシャは覚悟を決めて俯きながら言う。
「は、初めてなので優しくして……」
「それじゃあ、この子を連れて帰ってくれるか? さすがにこんなところに住まわせるのは申し訳なかったところだ」
「は、はい。よろし……、って、えっ?」
キョトンとして俺の顔を見てくる。
「えっと、ボクの聞き間違いかな?」
「いや、ちゃんと勝負の前に伝えていただろ?」
「あ、あれって本心だったのですか!?」
ミリアが一番驚いていた。
むしろ全く嘘をついていないのになんで驚かれているのだろう?
「むぅ……」
マーシャは頬を膨らませてみせる。
その姿はまるでリスのようだった。
「それにミリアもさすがにそろそろ心配されてるんじゃないか? 神官とかに」
「どうして私が神官に心配されるのですか?」
「だってそれは……」
お前が聖女だから……、と言おうとして口を閉ざす。
そういえば今まで一度たりともミリアの口から“聖女”という言葉は聞いていない。でも、そうと読み取れるワードはいくつか聞いていた。
「神殿の話や神託の話をしたのはお前だろ……」
「あわわっ、その話は内緒にしてくれるって言ったじゃないですか!?」
さすがにこれはかなり機密事項のはず。
おそらくは親友である賢者が窘めるのではないだろうか?
そこから大神殿へ聖女を送り返す流れに持って行ければ御の字……なのだが。
「うーん、そのことも置いておいていいんじゃないかな? 一応ボクが大神殿には詳しい説明をしてきたし」
「えっ!?」
「ほ、本当ですか!? あっ……、神官長、なんて言ってましたか?」
ミリアがどこかばつが悪そうに聞く。
「大したことは言ってなかったよ。ただ、雑巾掛け、とだけ」
「ひぃぃ……、大神殿の廊下ってとっても広いんですよ。あそこを雑巾掛けするって最大級の罰じゃないですか!?」
「みんなに心配掛けたんだからそのくらい当然でしょ」
「うぅぅ、そうですね。で、でも、こうしてリック様を見つけたのは私の手柄ですよ!!」
ミリアが俺の腕を掴んでくる。
さっきまでのマーシャならここで怒りを露わにしてきたはず。
さぁ、どうぞ。
もう一回怒って、今度こそ連れて帰ってください……。
「そうね。そこも考慮してもらえるようにボクから頼んでみるよ」
「やたーっ」
「……あのな、ちょっと待て。だから俺は勇者じゃないって言ってるだろ?」
「でも、ゴブリンの集団を討伐したんだよね?」
「はいっ!」
「ってお前が答えるな! 俺は何もしてないぞ?」
「あっ、そうでしたね。リック様はナニモシテイナイデス」
「この子はまともに嘘がつかないのよ」
マーシャがため息交じりに言ってくる。
――今のは俺が悪いのか!? むしろ本当のことしか言わせてないのだが!?
「はぁ……、まぁ、そこは良い言い訳を考えてあげるよ」
――それはつまり俺が勇者じゃなかったってちゃんと伝えてくれるって事か!?
さっきまではミリアと共に破滅の使者にしか思えなかったが、今はむしろ彼女の方が聖女に思えていた。
「それは助かるよ」
「うんうん、さすがはマーちゃんですね」
「全くもう……」
ため息を吐いていたが、それでもマーシャはどこか嬉しそうな表情を見せていたのだった。
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