9 価値を示せ
「しかしこのネタは不味いな」
「ええ。グィードが野垂れ死ぬどころかダンジョンの中でのうのうと生き永らえていた上に異世界人の召喚までやらかしていただなんて、誰かの責任問題くらいじゃ終わらないかもしれないわよ」
「下手をすりゃあ、政権のトップ全員の首がすげ変わることになるぞ……」
それはまた大変だなあ、と他人事のように考えていたのだが、なんと俺にも関係することらしい。しかも最悪な方向に。
「なにを呑気な顔をしているのよ。相手は自分たちの保身のためなら身近な者にだって責任を押し付けることをためらわない連中なの。良心なんて期待するだけ無駄。後ろ盾もなく誰とも縁のない異世界人のあなたなんて、消すことに何の躊躇もないわよ」
「はあああああっ!?国を挙げて全力で取り込みにくるんじゃなかったんですか!?」
「それは渡來君の存在が有用だと思えたからだ。グィードの件はダンジョンの八十階へ出入りできることすらもひっくり返してしまうくらいの厄ネタなんだよ。特にお偉いさんたちにとってはな」
おのれアンデッドジジイめ!存在そのものが嫌がらせか!
「くうぅ!きれいなお姉さんに囲まれてちやほやされる悠々自適な左うちわ生活が始まると思っていたのに!」
「いや、その展開は最初からなかったぞ」
冷静に、というかむしろ冷ややかな調子でツッコんでくるギルマス。もちろんこれは冗談で、八十階に転移できるのが俺なのだ。強制的にでも出入りを繰り返させられるのは目に見えて明らかだ。……まあ、全く期待していなかったと言えば嘘になるけど。
いや、ちょっと待て。危険というならこの話を知ってしまったギルマスとオネエさんの二人も危ない立場になるのでは?そう思って尋ねてみればバツが悪そうに視線をそらしてしまった。なぜに!?
「我々はまあ、自分の身を守ることくらいはできるからな……」
「若気の至りというか、大人には色々と複雑な過去があるものなのよ……」
国が手出しできないとか、マジで二人とも何をやったの!?
「それよりも今は君のことだ。単純に八十階に出入りできるだけではなく、それがどんなメリットをもたらすことになるのかを提示できないと命にかかわるぞ」
「そうよ。ダンジョンの中で覚えていることはないの?」
「覚えていることと言われても、アンデッドジジイとかスケルトングラディエーターから逃げ回るのに必死だったし……」
その瞬間、またもや二人の顔が強張る。後日その訳を聞いたところ、ヤマトダンジョンの攻略が五十階で停滞している理由、それこそが居座っているフロアボスことスケルトングラディエーターが強すぎるためだからなのだった。
なお、左眼潰しなる特殊個体まで徘徊していると言った途端、白目をむいていた。
「あ、薬草が生えてました」
「それは……。ダンジョンの生態研究をしている連中からすれば有意義な情報だが、君の身の安全を確保するには使えないな」
「二階に群生地があるものねえ。せめて上位種なら良かったのだけど」
それってなんて上薬そ、いや、なんでもないです。
「それ以外となると……、うん?」
身動ぎをした瞬間、腰のあたりに固いものが当たる感触が。
「あっ!これがありました」
てってれー!と上着のポケットから取り出したのは未精錬の鉱石アイテムだった。
「これは……、鉱石か!?」
「未精錬ですけど、八十一階?の採掘ポイントで取ってきたものです」
「ギルマス、これならいけるんじゃない?」
「ああ!慣例通りいけば第三ランクは確定だ!もしかすると第四ランクの可能性もあるぞ!!よくやった、渡來君。これなら連中も君に手出しはできなくなる!」
お、おおう……。二人のテンションの上がりっぷりに押され気味になってしまったが、とりあえずこれで身の安全は確保できたと考えても良さそうだ。
これもまた後程聞いたことなのだが、ダンジョンの採掘ポイントはおよそ二十階ごとにランクの高いものが取れる仕様になっているらしい。つまり、俺が拾ってきた鉱石からは最低でも第三ランクの鉱石系アイテムが取れるという訳だ。
現状ヒノモト国ではトキーオダンジョンの五十二階が最高攻略階のため、第三ランクの鉱石アイテムを入手する手段はほとんどなかった。ちなみに、宝箱からごくまれに発見されることがあったため、存在自体は確認されている。
「良かった。これでころされずに、すみそう、だな……」
安心したらなんだか無性に眠くなってきたな。
二人は会話に夢中だし、少しだけ休ませてもらおう……。
「おや?眠ってしまったのか?」
「そのままにしておいてあげましょう。気が付いたらいきなり異世界で、しかも命の危険を何度も潜り抜ける羽目になったんだもの。疲れていて当然だわ」
「……そうだな。取り乱さなかっただけ立派なもんだぜ。それにしてもとんでもないことになったな。さて、本部の方はこのことにいつ気が付くことやら」
「過疎ダンジョンだから監視もおざなりだったでしょうしねえ。案外こちらから言い出すまで気が付かないかもしれないわよ」
「否定できないのが恐ろしいところだな。だが、グィードの件も含めて秘密にしておくという訳にはいかんだろう」
「ええ。なんといっても彼という被害者が出ているもの。それどころか人知れずにダンジョンの中で亡くなった異世界の被害者たちが他にもいる可能性だってあるわよ」
「頭が痛くなってきそうだぜ。何が目的でやつはこんなことをしでかしやがったんだか」
「知るのは本人ばかり、ってところかしらね」
「だよなあ。どちらにせよこちらから手の出しようがない時点で放置するより他ないんだが」
「それよりも彼をどうやって鍛えるかの方が大事よ。八十一階から生き延びて帰ってきたことは認めるけど、動きはずぶの素人だわ。こんな状態で転移させたら今度こそ死んでしまうわよ?」
「そうなってくれも構わないと判断する狸どもが多そうなのが問題だな。グィードのことをちらつかせることでどこまでけん制できることやら」
ギルマスとオネエさん、二人の話し合いはそのまま朝まで続いたらしい。俺が目覚めた時にもまだ話し合っていたから間違いないぞ。
更にそのまま俺の探索者登録などを始めたのだからすごい。とんでもない体力と気力だと思っていたら、その秘密はダンジョンにあるのだという。
どうやらダンジョンにはまだまだ俺の知らないことがたくさんあるみたいだな。