8 もう一人の異世界人
あのアンデッドジジイは本当に人間だったのか?
問われてじっくり考えてみればみるほど、人外の存在だったのではないかという思いが強くなってくる。
まず見た目。素肌が見えていたのは杖を掴んでいた右手と顔くらいなものだったが、それはもうびっくりするくらいに骨と皮だけのガリガリにやせ細っていた。
俺が『アンデッドジジイ』と呼称している主な理由がこれだった。
次に出会った場所。ダンジョンのインフォメーション通りであれば、あいつが居たのはシコクダンジョンの地下八十一階となる。世界一の攻略階よりもさらに十五階も下だ。そんな場所に出入りしているどころか入り浸って生活しているのだから、どれだけ強いのかという話だ。
まあ、魔法がある世界なので元の世界に比べれば「年齢の割に強い」という人は多いらしいのだが、それほどまでとなるともはや異常の域だろう。
ちなみに、俺の記録を除いたシコクダンジョンの最高攻略階数は二十三階らしい。トキーオダンジョンやヤマトダンジョンの半分以下である。過疎っぷりに泣ける。
「人間というよりも知性のあるアンデッドモンスターだと言われた方がしっくりくる話よねえ」
「俺もそんな気がしてきたっす……」
オネエさんの言葉に同意せざるを得ない。
「その人物なんだが……、顔に目立った特徴はなかったか?例えば、耳が長くて尖っていたとか」
「あ、はい。耳、尖ってました」
よく分かりましたね、と続けようとした時にはギルマスは「うぬう……」と呻いて頭を抱えていた。どういうこと?説明求むとオネエさんの方へと視線を戻すと、こちらも思い当たる節があったのかとんでもなく険しい顔つきになっているではないか。
「あの、なにか不味いこと言いました?」
「……ん?ああ、すまんな。さて、どうするべきか」
「ギルマス、彼は部外者じゃないどころか被害者かもしれないんだからちゃんと説明しておくべきだと思うわ」
「むう……。そうか、そう、だな……」
至って真面目そうな二人には悪いのだが、なんとも思わせぶりな会話である。これで大した来ない内容であれば肩透かしもいいところだよな。
なんて甘く考えていた時期が俺にもありましたよ、と……。
「その前に渡來君、我々が君のことをすぐに異世界人だと認識したことを不思議には思わなかったか?」
「あ、そういえば……」
自分の置かれている状況を把握するのに精一杯だったから気が付かなかったが、言われてみれば確かにおかしな話だ。当事者の俺からの証言ばかりで客観的な証拠や物的な証拠は何一つないのだから。
「この世界ではな、稀人や異界人に越境者と呼び方は様々だが、昔から異世界の住人が紛れ込むという事例がたびたび発生しているのだ」
「まあ、眉唾物も少なくはないのだけど、反対にどこからどう見ても本物だとしか言えない人物もいるのよ」
「そんな本物の中の一人にグィードという名の魔術師が居た。やつが現れたのは今から二百年ほども前のキョウの都だったらしい」
「え?まさかその人があのアンデッドジジイだとでもいうんですか?……いやいや、無理でしょ。だって二百年も前のことなんですよね?」
俺の反論にギルマスはゆるゆると首を横に振る。
「本物だと言っただろう。彼は異世界の長命種族、エルフだったんだ」
「は?」
とてつもなく間の抜けた声を出してしまったが、それも仕方がないと思う。だってエルフだぞ。いきなりファンタジー異世界丸出しな単語が飛び出してきたらそうもなるわ。
「最初は宮中で保護されていて、帝や上位貴族たちとも交流があったらしい。その後、公の記録ではバクマツ期の動乱で姿を消したということになっている」
「なんだか裏がありそうな話っすね」
「その通りだ。どうやらグィードは新政府にも太いパイプを持っていたようで、以降の歴史にもそれらしい人物が時折現れている。そしてやつはその伝手やコネを使って危険な研究にのめり込んでいたようなのだ」
「危険な研究?」
「うむ。それが『時空間魔法』だ。言葉の通り時や空間に関係する魔法の総称なのだが、今日に至るまで一件も成功した試しがない、ある意味禁断の魔法でもある」
過去や未来への時間旅行を可能にするという時間系の魔法に、離れた地点へ一瞬でワープできたり、内部を拡張して四次元なポケットやアイテムボックスを作ったりと夢とロマンに満ち溢れた空間系の魔法だが、どれも大惨事を伴う大失敗を繰り返しているために大半の国では禁呪指定されて研究することも禁じられているのだそうだ。
「あれ?でもダンジョンの転移石って、そのまんま転移の空間魔法じゃないですか?」
「ああ。やつがダンジョンの奥深くに潜んでいるのも転移石を調査するためなんだろう」
「まあ、どこかのお偉いさんですらも匿えなくなった、っていう理由もあるんだと思うわ」
こちらの世界における未解決となっている不可思議な事件の一つに、『ナナシ村消失事件』というものがあるそうなのだが、グィードがその事件に関わっているのではないかという噂が以前からあるらしい。
「村一つが一夜にして丸ごと消え失せてしまうという事件でな。魔力の乱れから大規模な魔法が使用されたというのが、当初捜査に当たっていた者たちの見解だった。ところがそれは誤りだったと報じられて以降、全ての情報がシャットアウトされてしまったんだ。残された家族や親族、知人に配慮したためだと言われているが、表沙汰にできない何かがあったんじゃないかと今でもまことしやかに噂されているな」
うん。確かに怪しい。だけど逆に怪し過ぎて、それが嘘偽りない真実だったのではないかとすら思えてきそうなほどだ。
とにかく、仮にその事件にかかわっていたとするならば、密かに後援していた連中でさえも持て余してしまうのは想像に難くない。転移石という餌を使ってグィードをダンジョンへと誘導したというのはあり得そうな話だ。
「で、その後もダンジョンの中で生き延びていた上に研究も続けていたグィードによって、運悪く俺は召喚されてしまった?」
「そう考えると一応の辻褄は合う」
ああ、そういえば最初にアンデッドジジイから「失敗だ」とか何か言われた覚えがあるな、ドチクショーめ!!