7 モブ学生、唯一無二になる
「さて、このダンジョンの状況が分かったところで、もう一つ重要な説明をしなくちゃならない。場合によっては渡來君、君のこれからにも大きくかかわってくることだ」
「な、なんだか不穏当な前振りっすね……」
「それくらい重大なことなのよ」
山賊頭改めギルマスだけでなく、オネエさんまでドが付くくらいに真剣な表情で言う。その様子に気圧されてしまい、俺は知らず知らずのうちに居住まいを正していた。
そんな風に聞く体勢ができたところで、ついにギルマスが話し始める
「ダンジョンは世界中のあらゆる場所で発見されて攻略が進められているんだが、その最高到達階はメリッカー連合国にあるシンフロダンジョンの六十六階だと言われている」
「ヒノモト国はちょっと遅れていて、トキーオダンジョンの五十二階が最高階ね。ヤマトダンジョンも追い上げてはきているんだけど、五十階のフロアボスが強敵みたいで足止めされているそうよ」
地図によればアメリカ合衆国の……、ニューヨークっぽい?そして元の世界のヨーロッパに該当する国々も五十階から六十階の間と、似たり寄ったりな成績なのだとか。
対して、ロシアや中国、インドなどに当たる国々は苦戦しているらしい。
どういう理屈なのかダンジョンは大勢での攻略を嫌うようで、一定以上の人数が集まっていると難易度が大幅に上がってしまうのだ。大規模に軍隊を突入させたり一獲千金を夢見た人々が押し寄せたりした結果、被害ばかりが増えて碌に攻略が進まないという事態に陥ってしまっているようだ。
「……さて、ここからが本題だ。渡來君、君が帰還してきたのは地下八十階、最高到達階は八十一階と表示されていた。これがどういう意味だか理解できるか?」
うん?公表されている世界最高記録が六十六階で、俺が彷徨っていたあの洞窟みたいな場所は八十一階だったと……。
「え?もしかして今の俺は記録保持者ってことですか!?」
「大正解。しかも十五階という大幅な記録更新よ」
この表示はダンジョンが行っているものだから、不正も間違いもあり得ないという話だった。
「国内にあるダンジョンの監視カメラの映像は全て探索者ギルド本部にもリアルタイムで中継されている。特に迷宮のインフォメーションはこれ以上ない証拠になるから保存までされている。まあ、田舎の過疎ダンジョンだと高をくくっているのか見落としているようだが、見落としがないか再確認もしているという話だからバレるのは時間の問題だろう。我々が口を噤むことで多少の時間稼ぎはできるかもしれないが、あくまでもその程度だと思って欲しい」
二人が積極的に報告しなければ、その分だけ発覚する時間を遅らせることができるという訳か。
「……いくつか質問してもいいっすか?」
「ああ。いいぞ」
「話を聞いていると日本、じゃなかったヒノモト国が国を挙げて俺のことを取り込もうとしてくるみたいに聞こえたんですけ――」
「みたい、じゃないわよ。間違いなくそうなるわ」
食い気味に答えてくれたのはギルマスではなくオネエさんの方だった。
「でも、俺なんてあっちの世界ではどこにでもいる量産型で汎用型のモブ学生でしたよ?」
「あちらではそうだったのかもしれないが、こちらではダンジョン八十階から帰還してきたという唯一無二の強みがある」
「そこも分からないんですよ。確かに現状世界一の記録保持者ではあるんでしょうけど、記録は記録でしょう?」
「ああ、そこの説明をしなくちゃいけなかったわね」
「すまんな。ダンジョンの常識だったんでこっちもド忘れしていたぜ」
やらかしたと顔を見合わせる二人だが、それよりも先に説明プリーズ。
「ダンジョンにはいくつか法則があってな。その一つが五の倍数階ごとに設置されている『転移石』だ。ほら、あそこにあるあれと似たものだ」
ギルマスが指さした方を見てみると、大人ほどの大きさで青白く透明感のある結晶がにょきっと床から生えていた。
「見覚えがあるか?」
ギルマスの問いに頷くことで是と答える。
左眼潰しから命からがらに逃げ延びた後、見つけたのがあれとそっくりな結晶だった。
「ここにある転移石はダンジョンの中にある転移石は少しだけ異なっていてな。ダンジョン内のものは触れた人物をこの一階に転送する機能しかない」
要は帰還用の設備ということか。お陰で俺は助かることができた訳だ。
「そしてあの一階の転移石なんだが、こちらはダンジョン内で一度でも触れたことのある転移石であればどれにでも転送させる能力がある」
「……え?」
例えば十階の転移石に触れてこちらに帰還してきた場合、次の探索は十階から始められるってことなのか?
「それってメチャクチャ便利じゃないですか!?」
「ああ。メチャクチャ便利だ。どこの国にもこの機能を解明して再現しようとする研究者がいるくらいだからな」
残念ながらこの魔法が存在する世界でも、転移系の魔法はダンジョンの外では実用化できていないらしい。
「ギルマス、本題はそこじゃないでしょ」
「おっと、そうだったな。……つまり渡來君、君であれば八十階へと自由に出入りができるんだ」
いたって真面目な話だと分かってはいるのだが、屈強な男二人からの熱を帯びたような視線に思わずたじろいでしまう俺である。
「今まで誰も足を踏み入れたことのない場所に君だけが行くことができるということに、一体どれだけのメリットがあるのか理解できるか?」
……つまり、俺を確保することができれば間接的にダンジョン八十階という宝の在り処――モンスターもいるようだけど――に出入りできるということになる訳か。
なるほど。それは国を挙げてでも取り込もうとするはずだな。
「あれ?だけど八十一階、だったっけ?あそこには俺以外にも人がいたような?アンデッドみたいなやつだったけど……」
「はあ!?」
「なっ!?」
俺の呟きに言葉をなくす二人。いや、オネエさんには気がついたら目の前に骨と皮だけの爺さんがいた話はしたと思うんですけど。