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6 邦人だけど異邦人

 オネエさんによって俺が運ばれたのは、同じ空間の一角だった。そこだけ机や椅子が所狭しと並べられており違和感がすごい。オフィスというよりは書類審査か何かのための臨時出張スペースといった方がしっくりくる感じだな。


 と、落ち着いていられるのもそこまでだった。俺の話と二人の話をまとめて三人で色々と考えてみた結果、なんとここは俺から見ると異世界ということになってしまうようなのだ。

 もっとも、異世界とは言ってもよくある中世ヨーロッパ風の世界でもなければ、サイバーやスチームでパンクな未来的SFチックの世界でもない。一見しただけではそうとは気がつかない程、元の世界にすこぶる酷似した世界だった。


 それでも、異世界というだけあって決定的に異なる部分もあった。その一つが魔力と魔法だ。この世界では不可視だが確かに存在するという『魔力』をエネルギー源として、『魔法』と呼ばれる摩訶不思議な現象が当たり前に行使されていた。


「うおー!すげえ!本当に指先から水が出た!?」

「大袈裟ねえ。こんなの誰でも、それこそ小さな子どもにだってできることよ」


 とか言いながら俺のリアクションにまんざらでもない様子のオネエさんである。

 なお、そよ風を起こしたりコップ一杯の水を生み出すくらいは誰にでもできるそうだが、それ以上はそれぞれの国や地域ごとに体系化された『魔術』を学ぶ必要があるのだとか。加えて本人の資質もかかわってくるので、学んだ全員が同じように術を使える訳ではないらしい。


「まあ、高度な術なんて一部の専門職の人間でもなければ使う機会なんてないのだけれどね」

「あとはダンジョンだが、これも例外のようなものだしな」


 元の世界の化石燃料がこちらではそのまま魔力に置き換わっているようなもので、電化製品を始めとした便利な道具や自動車的な乗り物も開発されて実用化されているそうだ。


「へえ。それじゃあこっちの世界ではエネルギーの枯渇問題はなさそうですね」

「いや、そうでもないぞ。このままの調子で消費し続ければ、近い将来には魔力がすべて消滅してしまう、なんて警鐘を鳴らしている連中もいるからな」


 ただし、その主張の根本となる魔力の計測方法に疑惑があるとかで、宗教の終末論的な扱いしかされていないのが実情らしい。


「それもダンジョンが発見されるようになってからすっかり鳴りを潜めてしまったけれど」

「ダンジョンというのは、ここと同じような場所、なんですよね?」


 ぐるりと広々とした空間を見回しながら尋ねる。彼らによればここはダンジョンの地下一階なのだそうだ。


「まあ、そうだな」


 およそ五十年前から世界各地に現れるようになったダンジョンだが、未だに最深部まで到達できた者がいないこともあって、不明な点も数多いという話だった。

 エネルギーの元である魔力が結晶化した『魔石』や食料、更には鉱物といった物が入手できるとあって、どこも国を挙げてダンジョン攻略を進めているという。


 元の世界の日本に該当するこのヒノモト国では現在七つのダンジョンが発見されているのだが、首都のトキーオ――東京だな――近郊と、ヤマト――多分、奈良県かな?――で発見された二つへのアクセスが容易で人も集まりやすく、攻略の最前線となっているそうだ。


「ここも含めて残りの五つは山奥だとか離島にあるから」

「そういえば、ここってどこなんですか?」

「言ってなかったか?ここは『シコクダンジョン』だ」


 オネエさんが見せてくれたスマホ――正しくは『マジックフォン』というらしい――の画像によれば、四国のほぼど真ん中、より正確に言うと徳島県と愛媛県、それに高知県の三つの県境の交点にあるようだ。……うん、周囲にはマジで山しかない。木々の緑が眩しいね。

 それにしてもアプリの名称よ。『クルックー・アース』て……。しかもアイコンが某SNSを解雇されてしまった青い鳥をほうふつとさせるシルエットなんだが……。

 色々とヤバ過ぎじゃね?異世界だから大丈夫、なのか?


 ちなみにこちらの世界では旧国名がそのまま使われている場所が多いらしく、三県はそれぞれアワ県にイヨ県、そしてトサ県となる。

 更に余談で俺の故郷に当たるサヌキ県だが、こちらでもやはりウドン県の方が通りが良くなっているそうだ。世界が違っても名が知れ渡っているとか、恐るべきさぬきうどん!


「高速道路が近くにあったから、地域振興を狙って四県が合同で街の整備を行ったんだけどね。シコクに来るまでが一苦労なのか、思ったほど外部の人間を集めることができていないのが現状よ」


 国からも多額の補助金を出してダンジョンの門前町とでもいうべき場所を整備したのに、大ゴケしてしまっているらしい。

 深夜の時間帯のため俺たち以外には人の気配が全くないが、これがトキーオダンジョンだと二十四時間営業のコンビニかファミレス並みに途切れることなく人が出入りしているのだそうだ。


「さすがにあそこまでは高望みはしていなかったようだが、その半分くらいの人出は見込んでいたようだからなあ」


 典型的な取らぬ狸の何とやらだな。偉い人の中には箱さえ作れば、目玉さえ用意しておけば勝手に人――特に若者――が集まると勘違いしている輩も少なくはないからなあ。と、以前学校で政経の先生が愚痴っていた。


 なお、ヒノモト国にあるダンジョンは全て特別公益財団法人の『探索者ギルド』が管理しているそうだ。もっとも職員は各省庁や組織から派遣されてきた面子が大半を占めており、実質政府が直接管理しているようなものらしい。

 山賊頭とオネエさんもこの探索者ギルドの職員で、山賊頭に至っては現場責任者となる『ギルドマスター』なのだとか。迷宮に出入りする『探索者』には荒くれ者もいるから、見た目からして抑止力になる人間も必要だということか。


「ギルマスも私も元は探索者だったのよ。あれね、天下りの人間だけじゃなくて、ちゃんと民間からも採用していますよって言うアピールってこと」

「で、ここのような過疎ダンジョンに左遷させてるって訳だ。まあ、権力争いなんざこちらから願い下げだから気楽にやらせてもらっているがな」


 世界が異なれど、人間や組織の性質というものはそうそう変わらないみたいだ。

 なんだかなあ……。


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