57 シコクダンジョンの十階台は?
以前にも説明したかもしれないが、シコクダンジョンの十一階から十四階にかけてはアンデッドモンスターたちが跋扈する地帯となる。地形的には十一階が巨大墓地を模した大部屋階で、十二階から十四階にかけては洋館テイストなホラーハウスの迷路階が続く。
ただし、登場するモンスターがスケルトンにゾンビ、ゴーストといずれも魔法には極端に弱い性質を持つため、本職の魔法使いが一人いれば無双できてしまうというヌルゲー仕様でもある。
だから、どちらかというと罠の方が危険だったりするのだよな。
「攻撃魔法は使えなくても、火や水を生み出すことはできるんだろ。それでも十分撃退できるんだから、怖がる必要なんてないと思うんだけど?」
俺なんてそれすらもできないから、効率が悪い物理で殴るしかないというのに。薬草を塗りつければ攻撃力アップも図れるけど。
だが、それは安易な考えだったらしい。
「それとこれとは別ナノ!嫌いなものは嫌い!」
「そ、そうか……」
その剣幕にたじろいでしまう。……ま、まあ、巨大虫系とかと同様に生理的に受け付けないってこともあるよな。
ゴーストは半透明な上に壁をすり抜けたりして急に現れるし、腐ってやがるゾンビは臭くて見た目もグロイ。何よりスケルトンは八十一階のスケルトングラディエーターを連想するから腹が立つ。
……うむ。想像したらムカついてきた。アンデッドは滅ぶべし。慈悲はない。
しかし、そうなるとお荷物にならないように対策を考えておかないとなあ。……昨日拾ってきたイツイロカネを精製して、属性武器でも作っておくか?
十一階から十五階のアンデッドエリアを何度も周回するようなら、持っておいても損はなさそうだ。
……バレたら「レアアイテムをそんなことに使うな!」と、非難囂々になりそうだけどな。
さて、話をナタリーの対ワーウルフ戦の訓練に戻すと、十六階以降の種族間戦争区間の方が合ってるかもしれない。なぜなら出現するモンスターが、オークにオーガー、そしてコボルトといずれも人型ばかりだからだ。
一応地形の方も説明しておこう。全て大部屋階なのだが、十六から十八階がそれぞれの種族の陣地で、十九階は三つ巴の争いを繰り広げている戦場となっている。
モブモンスターなので一体ごとの強さはそれほどではないんだけど、いかんせんその数が尋常じゃない。これまでと同じ感覚で接敵と戦闘を行えば、あっという間に仲間を呼ばれて数の暴力で圧殺されてしまうのだ。
「どちらかと言えば、モンスターを倒すよりも見つからないように行動することが求められる場所だな。まあ、俺も話を聞いたことがあるだけなんだけどさ」
正規ルートでの俺の最高到達階は十六階だからな。それも大量のオークたちを眺めるだけでうんざりしてしまい、一度の戦闘も行ってはいない。
ちなみに、補給庫に潜入することができれば大量の食料や薬草類、更には武器や防具まで入手できたりもする。ただし品質についてはお察しレベルだけど。
「うーン……人型モンスターなのは高評価なんだけド、立ち回り方が違い過ぎるわネ……」
敵の目をかい潜りながら、が基本の行動パターンになるからなあ。正面切って戦う必要のあるボス戦とはある意味真逆の動きと言える。見る者を惑わす歩行法などのスキルもあるらしいのだが、当然そういったものの習得には長い時間が必要になる。
「やっぱり十五階でバンシー姉さんとやり合うのが一番じゃね?」
「うグっ……。そ、それは……」
そう言うと、ナタリーが言葉に詰まる。十五階ボスのバンシーの外見はゴーストに近いからなあ。アンデッド全般が苦手らしい彼女にとっては厳しい相手だろう。
だが、十五階のバンシー姉さんに限っては意外と平気かもしれない。
「安心……、できるかは分からんけど、バンシー姉さんは普通から相当かけ離れている存在だから」
「……どういうコト?」
「あの人、めっちゃロックなんだよ。しかもメタル系の激しいやつ」
「……ハ?」
目が点になるナタリー。うん。気持ちは分かる。詳しい訳じゃないが、バンシーと言えば陰気で泣き濡れているというイメージが一般的だろう。
ところがどっこい、十五階に降り立った瞬間から、重低音のサウンドがボス部屋とを隔てる扉越しに聞こえてくるのである。俺も初回は唖然としたものだ。
まあ、死にそうな人やその家族の前に泣きながら現れるという、死神の先触れみたいな存在がデスメタルを好んでいるっていうのは皮肉が効いていると思えなくもないか。
「範囲攻撃の叫びも悲鳴っていうよりは絶叫だし、四頭立ての馬車を召喚して部屋中を暴走させるし、終いには棺桶までぶつけてくるし」
「…………」
一言でいうならやりたい放題のメチャクチャだ。彼女ほど「どうしてこうなった!?」の言葉が似合う存在もなかなかいないんじゃないかね。頭痛を耐えるように額を押さえるナタリーの気持ちもよく分かるぞ。
それでいて、浮遊や姿消しに高物理耐久といった性質は持ち合わせているんだよなあ。
「あとは物で釣るみたいだからあれだけど、結構いいドロップ品が揃ってるな」
「詳しく聞かせてもらいましょうカ」
突然キリッとした表情に早変わりするナタリーさんである。切り替えが早いというより芸人っぽいリアクションなのは、長年近くでミックさんのことを見てきた悪影響かもしれない。
「『ホワイトワンピース』に『グリーンベスト』、『グレイコート』と後衛にも装備できる服系の防具が高確率でドロップするんだよ」
低確率でバンシーの特性である浮遊とか姿消しとか物理耐久が付くといった噂もあるのだが、こちらは真贋不明だ。
「それと目玉に精神系状態異常の耐性を高めてくれる『レッドアイズ』がある」
これは宝石としての価値も高いらしく、探索者ギルド経由で出品された好事家や宝石マニア向けのオークションで高値を付けたこともあるのだとか。
「ただの宝石ならともかく、状態異常への耐性があるのに売りに出すなんて正気の沙汰とは思えないワ」
「そっちはギルマスたちがやっていることだから気にしなくていいぞ。俺たちはアクセサリーなりに加工すればいい」
拾えればの話だけど。バンシー姉さんとはギルマスたちの手助け込みで二度戦ったことがあるが、そのどちらでもレッドアイズをドロップすることはなかったからなあ……。




