54 呼び出し
そんなこんなでほぼ鎧袖一触の瞬殺となったドラグーンフライ戦を最後にして、俺たちはその日の探索を切り上げることにした。
時刻は正午を少し回ったところか。完全初心者チームならあり得ない攻略速度だが、経験者同士が組んだ場合ならそれほど珍しい話ではないのだとか。
「ああ、そっか。ショーマ君はシコクダンジョンにしか入ったことがないから、知らなくても当然か」
ミスズさん、その微妙に生暖かい視線は止めて。繰り返しになるがシコクダンジョンは観光客が激増した現在でも探索者の方は地元の常連組しかいないという過疎街道爆走中なのである。ゆえに他所のダンジョンでは一般的なやり取りであっても、こちらでは無縁ということが発生しているのだった。
まあ、常識知らずには異世界出身という俺の出自も関係しているのだけどな。更に八十階以降のレアアイテムを拾ってこれるという特異で希少な存在であるため、やたらと外を出歩くこともできなかったりする。
こちらの世界に来てから一年以上にもなるが、もっとも遠出したのが身分証明発行のために出向いたトサ県の県庁所在地だからなあ。しかも一番近いことが理由という……。余談だが、元の世界の出身地であるサヌキ県に連れて行ってくれるという話もあったのだが、そちらは俺の方から丁重にお断りしている。元の世界との違いを直に感じることで、間違いなく心が折れてしまうと思えたから。
暗くなりそうな話題はここまでにしておいて。タイパが良かった?ことには、俺以外の三人――ミック、ナタリー兄妹とミスズさん――は昨日もコハルさんとのチームで慣らし運転を行っていたので、そのあたりの慣れも関係していたのだろう。
しかし、本日のメインイベントはその後に待っていた。なんとナタリーからダンジョン二階の小山の上に呼び出されたのだ!!
告白……、ではないよな。うん、分かってる。いくら俺が想像力豊かな思春期男子だと言っても、そこまで夢見がちではないつもりだ。とりあえず校舎裏や体育館裏への呼び出しのようなやき入れ案件ではないことを祈ろう。
「特に足を引っ張るようなへまをしたつもりはないんだが?……あとは、手を抜いていたことが気に食わなかったとか?」
この場合の手抜きとはタレントやスキルを含めた全能力をフル活用していないことを指す。俺だと≪賢者の耳目≫を秘密にするため、採取や採掘ポイントをわざとスルーしてみたり、階段までの最短ルートを伝えなかったりしていた。
もっとも、浅い階で採れるものなど高が知れているので、伝えたところでやっぱりスルーされた可能性は高いのだが。ちなみに、ドラグーンフライのドロップ品は相変わらずしょぼい物ばかりで、道中のモンスターからのドロップアイテムと共にギルドに売却している。ネタアイテムがなかっただけでもマシだったのかもしれない。
で、手抜きに話を戻すと、
「でも、それは皆も同じだったしなあ……」
なのである。ミスズさんは符の消費を抑えるため実際に魔法は使わず、「ここで火の魔法を使う」とか「風魔法でけん制」とか言ってタイミングを合わせるだけだったし、ミックさんに至っては最初から最後まで肩慣らしといった態度だった。ドラグーンフライへの最期の一撃ですら、「気晴らしになっタ」と言っていたくらいだ。
編成の都合上、ミックさんと並んで前衛になってしまう俺がある意味一番真面目に戦っていたかもしれない。
不安になりながら待つこと三十分。ナタリーが現れたのは約束の時間から数分経過した時だった。早く着き過ぎ?悪かったな女性から呼び出される経験なんてこれまで一度もないんだよそのくらい察してくれよちくしょー!!
「ま、待たせたかしラ?」
「いや、そんなことはないぞ」
ヒノモト国内の公共交通機関を利用するならアウトかもしれないが、個人的な待ち合わせの場でこの程度なら俺的には誤差の範囲内だ。
「悪かったワ。兄さんをあしらうのに時間がかかってしまっタノ」
ナタリーさん、それきっと全部バレてるやつ……。ついでに言えば誤魔化すことも撒くこともできていないと思われます。こいつはこっそり覗き見されていると考えていた方がいいかもしれない。後で揶揄われたりしないかそこはかとなく不安だ……。
問題はそのことを彼女に知らせるかどうかなんだが……。うーん、表情が微妙に強張っている辺り緊張しているようにも見える。ここは下手のことを言ってプレッシャーを与えない方が得策か?
ミックさんの方もナタリーのことを大事に思っているようだし、本気で嫌がるようなことはしないだろう。……しないんじゃないかな。……多分。
「本当に気にしてないから。で、何の用だ?」
「ウ……、あう……」
悩んだところでどうしようもないことだし、とりあえず本題を進めてもらおうと水を向ける。しかし快活な彼女にしては珍しく口ごもりあらぬ方へと顔を反らしてしまう。かと思えば視線だけはチラチラとこちらに向いているな。……マジでなんだ?
訳が分からず頭上に大量の疑問符を浮かべて呆けていると、ついには痺れが切れたのか地団駄を踏むように大袈裟に体を揺すり「アー!もう!」と大声を出されてしまう。
「ショーマ!」
「は、はい!?」
突然呼ばれて直立不動の耐性になってしまう俺である。決してナタリーの一部が激しく揺れていたことに視線が吸い寄せられていたために挙動不審になっていたからではないのだ。
「これまで酷い態度をとっていてゴメンナサイ!」
ガバッと頭を下げると、一拍遅れて彼女の長い金髪がうねるように上下するのだった。
一方の俺はというと、何のことか分からずに呆け顔第二弾となっていた。もっとも、さすがにこちらはすぐに思い当たる節を引き寄せることができたのだけど。
どうやら当たりがきつかったことに対して謝罪されているらしい。
いや、別に他人事だと思っている訳ではないぞ、だが、三日前の魔狼の一件以降は結構軟化していたので、すっかり忘れていたのだ。それ以前も本格的に不快だというほどでもなかったしなあ。まあ、時々は鬱陶しく思えたり、理由が不明なのでモヤモヤしたりはしていたけど。
なので、俺からの返答はこれしかないだろう。
「許すよ。ただ、理由は聞かせてくれないか?」
「ええ。もちろんヨ。もっとも、私が勝手に敵愾心をむき出しにしていただけなのだけどネ……」
そう言うと、ナタリーは自虐的な笑みを浮かべたのだった。




