43 ちょこざいな戦い
「心配しなくてもお前とはちゃんと差しで勝負してやるよ」
などとカッコつけたのはいいが、〈孤高の魔狼〉をどうやって倒せばいいのかまったく思い浮かんでいなかったりするのだよな。まあ、こいつの意識を引き付けておくという最低限の役割は果たせているのが救いかね。後でギルマスたちにはしっかりと臨時報酬を要求しなければ!
さて、そろそろ魔狼との戦いに集中し直そうか。不発になったとはいえ、【圧斬】を脅威に感じていることも追い風と言えなくはないだろう。過剰に警戒してくれればそれだけ動きはぎこちないものとなるからな。これを利用しない手はない。
幸いにも剣の峰に左手を添える構えは『迷宮近接刀法』の基本の型でもある。プレッシャーを与えるにはもってこいのはず。
「グルルゥ……」
魔狼の口から漏れ出す唸り声に苛立ちの感情が混じる。人間なら舌打ちをしているところか。効果があって何よりだ。が、あちらはあちらで魔法という切り札を持っているから、こちらから安易に仕掛けることもできない。
互いに隙を探り睨み合う膠着状態が続く。漫画とかなら第三者の介入、もしくは不意の飛び入りといったことが起こりそうな展開だが、二階では一体ずつしかモンスターが現れないという謎法則がある。更に仲間たちは観光客の避難誘導に掛りきりになっていた。
もちろんミックさんやミスズさんがにらみを利かせている以上、素人の観光客が空気を読まずに割って入ってくるようなこともあり得ないぞ。
強いて不安要素を挙げるなら、実力その他もろもろが今一よく分からないナタリーだが、兄からの指導の賜物なのか暴発する様子はない。……上手くいけば戦闘再開の合図になるので、ちょっとだけ乱入を期待していたのは秘密だ。
しかしこいつ我慢強いな!?視線をわずかばかり動かしたり、あえて大きく息を吐いたりして隙を誘ってみても、乗ってくる気配が欠片もない。最弱モンスターばかりの二階でネームドになっただけのことはあるという訳か。
ちなみにネームドの発生は、他の魔物を倒して強くなったからとか、突然現れるとか諸説があるぞ。
……ダメだ。これ以上の睨み合いは俺が持たないわ。心理戦では不安要素があからさまに重荷となって表れてしまう。そして装備が不十分というマイナス要素は、想像以上に俺の精神を蝕んでいた。
「ああ、ああ!認めるよ!二階だからって油断してましたー!というか死に戻って以降は装備が足りてねえままですー!!」
必殺奥義、開き直りを発動して鬱屈した気持ちを――一時的にでも――吹き飛ばす。
生まれてからまだ若いのか、魔狼はそんな態度の変化についてこられていない。チャンスだ、と思った瞬間には体が動き出していた。八十階以降の鉄火場を何度も潜り抜けてきたのは伊達ではないのだよ!
「潜り抜けられずに死に戻ったりもしてるけどな!」
そんな自虐を口走りながらやつへと走る。なお、これは相手に分からないことを叫ぶことで混乱を深めてやろうという高度な策だったのだが……、効いた様子はなかった。
「ヴォウ!」
吠えると共に向かい風の突風が襲い掛かってくるが、魔法での迎撃があるだろうと読んでいた俺は、右へと大きく跳ねることで冷静に対処する。
「ガル!」
続けて二回目も同様に、
「うおっ!?」
避けたつもりが体勢を崩してしまう。この野郎、一発目よりも大きな突風を生み出しやがった。おのれ小癪な真似を……!
「なんてちょこざいなやつ!」
「グウォフ!!」
なぜだか「お前には言われたくない!」と言い返されたような気がした。
同時に、今度は風の刃的なものが飛んでくる。しかし、これは空気を圧縮して作られていたのか、薄っすらとその形を見ることができたため、紙一重でかわすことができた。
「あっぶな!?」
視界の外れに巻き込まれて斬り飛ばされた髪の毛がチラチラと舞うのが見える。もしも今の一撃が突風と同様に見ることが出来なければ、最悪胴体と首が泣き別れとなり死に戻っていたかもしれない。
ゾワリとした悪寒と共に冷や汗が背筋を流れ落ちていく。
それでも足を留めなかったのだから、俺偉い!
しかしそのことで更にやつの警戒心を上げてしまったのか、距離を詰めさせまいと立て続けに魔法を放ってきた。
「水の塊!?二属性持ちとかマジかよ!?」
しっかりと見える分風の魔法よりは躱しやすかったけど、まさか複数属性の魔法を駆使してくるとは思わなかったぞ。いや、魔法を使うとしか≪賢者の耳目≫の解説にはなかったけどさ。
だが、八階や十階で戦うことになるゴブリンメイジでも火属性の魔法一つだけなんだが!?
十階台の前半どころではなく終盤、下手をすれば二十階よりも先の階にせいそくするモンスター並の強さかもしれない。
「だけど、やっぱり戦闘経験は浅いようだな」
何度も水魔法を発射した結果、着弾した場所では広範囲にわたって草がえぐれてぬかるんだ地面が露出してしまっている。これでは狼系のモンスターの持ち味である素早い動きは阻害されてしまう。
自分がその場に入り込まないように攻撃を避けながら、こっそりと魔狼を追い込んでいく。接近戦は危険だと認識しているのか、ひたすら遠距離から魔法を使い続けているのも都合がいい。
そしてついにその時が訪れる。
「ふん、がー!」
これまでの鬱憤を晴らすかのように、袈裟斬りに剣をふるう。普通なら絶対に当たらないような大振りだったが、たっぷりと水を含んでぬかるんだ地面であれば話は違う。
頭部を反らすことで致命傷を避けたつもりだったのだろうが甘い。伸びるように無理矢理踏み込みを大きくすると、切っ先は深々と喉の毛皮へと潜り込んでいた。
「ギャウン!?」
頸動脈を斬り裂くことができたのか派手に血しぶきが上がる。普通の動物ならばこれでも確実にこと切れただろうが、モンスターだと死の危険がある深手にしかならない。余計な苦しみを与えないためにも、止めを刺すことが必要だ。
「これで、おわっ!?」
再度踏み込もうとした瞬間、足元の感触が変わる。後から冷静に思い出して気付いたことだが、魔法によって泥地になった場所へと入ってしまっていたようだ。
「すべっ!?ころっ!?」
転ばないように体勢を立て直そうとするも上手くいかない。傍から見ればわたわたと暴れて相当カッコ悪い光景になっていただろうな……。
更に運の悪いことに、そこで魔法の効果時間が切れてしまった。急激に乾いて固まる地面に余分な力が伝わったことで、ついに決定的にバランスが崩れてしまう。
「ぐえっぷ!?」
倒れた先はモフモフの毛皮で、「あ、意外と柔らかい」と場違いな感想を思い浮かべていた。
◇ 魔法で生じる現象についての補足 ◇
一部の事象は魔法の効果が切れると同時に消滅してしまいます。
以下、草原で火水風土の魔法(ファイアーボール的なやつ)使った場合。
・火
燃えるが範囲外には延焼しない。魔法が切れると同時に全ての火が消える。
。水
物質的な衝撃も与えて水浸しにする。魔法が切れると乾いてしまう。
・土
物質的な衝撃も与える。魔法が切れると生み出した土の塊は消滅する。
・風
範囲内では縦横無尽に風が吹き荒れるので、草が千切れたり抜けたりする。魔法が切れると消える。
余計分かり難くなってしまったならごめんなさい。




