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39 視線ホイホイ

 問題がないように見えても、使ってみるとエラーが見つかるというのはよくあることだ。使い心地を確認してもらうため、コハルさんを始めとした俺たち一行は草原の広がる二階へと向かった。


「この草原を丸ごと畑にできたらいいのにねえ」


 農家の血が騒いだのかコハルさんがそんな野望めいたことを口走る。足首程から脛くらいまでの青々とした草が絨毯のように茂っているからな。肥沃な大地のように思えたのかもしれない。


「コハル、ダンジョンの中に農地を整備しようというプロジェクトは世界中で進められているんダガ、未だに成功した事例は一つもないという話だゼ」

「あらまあ、そうなの。ミックちゃんは物知りなのねえ」


 実はコハルさんのように考える人は結構多かったりする。タダで耕作可能な土地が増えたようなものだから、様々な国や組織が開墾に挑戦したのは当然の流れだった。

 まあ、結果はミックさんが言った通りで、ダンジョンがそんな生易しい存在ではないと世に知らしめることとなったそうだ。

 以上、現代社会のお勉強終わり!


「階段の近くだと観光の邪魔になるかもしれないから、ちょっと離れた場所で具合を確かめることにしましょうか」


 ミスズさんの提案に俺たちは右手へと歩いていく。ちなみに正面を避ける以外、方向に深い意味はない。なんとなく鎌で刈るのに都合の良い丈の長い草が生えているように見えたから、というだけだ。


「ショーマ、武器を持ってきたのか?」


 歩きながら腰に佩いた剣の位置を微調整していたところ、ミックさんが尋ねてきた。そのことはいい。だけど、なぜにそんな不思議そうな声音なのか?


「まあ、一応用心で」


 長時間滞在するつもりではないのでさすがに防具までは着込んでいないが、モンスター対策として武器は持ち込んでいる。

 そう答えると今度は目を見開かれるようにして驚かれてしまった。だから、なぜ!?


「八十階に出入りしているんダ、二階の魔物なんて素手でも楽勝ダロウ?」


 その言葉通りというか、彼は武器らしい武器を一つも持っていない。


「格闘主体の兄さんと一緒にしないデ」


 呆れた口調で口をはさんできたのはナタリーだ。大抵の武器は使いこなす器用さを持つミックさんだが、その実最も得意としているのは己の肉体を用いた格闘戦だ。確か、メリッカーの軍隊格闘技を基礎としているのだったか。今では多分にアレンジが入っていて、ミカエル・オーガン流格闘術とでもいうものになっているが。


 ところで、言葉とは裏腹にナタリーの方も武器を持っているようには見えなかったのだが、彼女の雰囲気的に前衛という雰囲気でもないし、魔法使いであればそういう人も少なくはないからこちらは不思議でもないな。


 ヒノモト国の魔法の流派、陰陽術を会得しているミスズさんも懐に符を隠し持っているだけだし。

 ただその関係上、取り出すときに胸元をあさるような仕草になるんだよ……。正直に言って青少年には目の毒だぜ……。

 本人曰く「ここが一番収まりがいいし、取り出し易いのよ」なのだとか。続けて「他意はないわ」とも言っていたが、ニンマリと悪戯っ子を連想する笑みを浮かべていたので、そちらに関してはかなり疑わしいところだ。


 などと考えていたのが良くなかった。


「ちょっト!なにミスズの胸を凝視しているのヨ!」

「な、ななな、なにを言うだあ!?」


 無意識のうちに視線を向けてしまっていたようで、それをよりにもよってナタリーに気付かれてしまったのだ。しかも突然のことだったため、とてつもなく怪しい返しになってしまった。これじゃあ、図星ですと白状しているようなものじゃないか!


 不潔!と言わんばかりの妹に対して、兄の方は下手に反応して飛び火してきては敵わないとばかりに、我関せずな態度でそっぽを向いている。

 ちいっ!使えねえ!


 コハルさん、止めて!「あらあらまあまあ、ショーマちゃんも男の子ねえ」的な微笑ましいような生暖かいような目で見ないでくれ!


 ミスズさん本人に至っては「やだ、恥ずかしい……」としおらし気な様子、と見せかけて目元付近だけは完全に笑っているので遊ぶ気満々である。

 うああああ……。例えこの場を穏便に収めることができても、しばらくの間はこれをネタに揶揄われそうだ……。


 結局、コハルさんの執り成しで落ち着くことができたのだが、それからはジト目がナタリーのデフォルトとなってしまうのだった。彼女との関係改善は前途多難だな……。


「そうそう。ミックちゃん、その調子よ」

「ほほう。慣れてくるとスモールシックルも面白いものだナ」


 その後、ようやく鎌の試し斬りを始めたのだが、なぜだかコハルさんがミックさんに鎌の扱い方を指導するということになってしまった。いやまあ、単に彼の好奇心が疼いただけの話なんだけど。


「へえー。どんな武器でも扱えるっていう噂は本当だったのね」

「兄さんは一種の天才だかラ」


 感心するミスズさんにナタリーが自慢そうに答えている。

 だが、一番得意なのは肉弾戦というのはなんだか皮肉っぽい気がする。いや、格闘戦術で素の性能が上がったからこそ、どんな武器でも使いこなせるようになっているのかもしれない。


 それにしても世界最高レベルの探索者――世界最強クラスの人間でもある――が草刈りとか、似合わないにもほどがあるな。そんなどうでもいいことを考えながら周囲を見回す。

 サクサクと草を刈りまくったお陰でそれなりに視界は開けているのだが、その反面青臭い草の匂いが充満している。こういう五感のバランスが極端に崩れる時は、反応までも鈍くなりがちだ。観る、探ることを意識的に行う必要がある。


 再度腰に手をやり剣の位置を確かめる。

 人数もいるのでスリングショットは置いてきてしまったのだが、失敗だったかもしれないな。……どうにも胸騒ぎがする、ような気がするのだ。不確かで悪かったな。気配察知だとか危険感知だとかいった便利なスキルは持ち合わせていないんだよ。


 ふと、背後の階段のある方へと視線を向ける。するとちょうど観光客がやって来たようで、次々と増えていく。……多いな。二十、いや三十でもきかないぞ。五十人近くはいそうだ。警護ができる探索者が少ないため、二階見学は少人数で行うと決まっていたはずなのに。


「ミスズさん!」

「んー?どうかした?」

「あれ、おかしくないっすか?」

「……多い、ね」


 やっぱりか。これで勝手な動きをするやつが居たら、手に負えなくなるぞ。


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