3 きさま!?なぜそこにいる!?
一般モンスターと強化された特殊個体モンスターが同じ条件の一対一で戦えばどうなるか?
考えるまでもなく、強いネームドが勝つに決まっているよな。
俺の眼前で行われているホネ対ホネの戦いもそうだった。
一際大きく武器がぶつかり合う音が聞こえたかと思えば、その衝撃を受け止めきれなかったのか掴んでいたはずの骨ばった手――むしろ骨しかない――から飛び出してしまう。
その隙を逃すはずもなく。優勢になったネームド〈左眼潰し〉は通常個体のスケルトングラディエーターの胴体を、骨が折れる不快な音を響かせながら袈裟懸けに切って捨てたのだった。
しかしやつの凶行はそれだけで終わらなかった。片足で転がった頭蓋骨を踏みつけると、空洞になった左の眼窩を目掛けて剣の切っ先を突き込んだのだ。ゴリッ!と何かが砕ける音が響く。その後も何度も同じ行為を繰り返し、その足をどけた頃には哀れなしゃれこうべは左半分が消失していた。
凄まじくヤベーやつが残されてしまったんだが?
……は?……戦う?
いやいやいやいやムリムリムリムリ!!こちとら武道の心得なんてまるでないずぶの素人だぞ!明らかに達人クラスのモンスター相手に戦いを挑むなんて自殺行為でしかない。
説明に逃亡推奨と出ていたくらいだし、何はともあれここから離れることが最優先だな。後のことはそれから考えよう。そう判断して振り返ろうと右脚を一歩後ろに下げた時のことだった。
こつんっ!
はうあーっ!?……お、お前は『乾いた小枝』と並んで隠密行動の天敵である『音が響く小石』じゃないか!!!?なぜこんな所にいる!?
い、いや、落ち着け俺!いくらネームドモンスターと言えども相手は骨だ。耳がないから聞こえていないかもしれ、な、い……。
顔を上げた瞬間に交錯する視線と視線。まあ、あちらは空っぽの眼窩が広がるだけなのだが。
それにしてもこういう展開は恋愛ものだけにして欲しかったなあ……。だからといってスケルトンを相手にフォーリンラヴなんて真っ平ごめんこうむるけどな!
さて、とてつもなく残念なお知らせながら左眼潰しに俺の存在がバレてしまっているのは間違いない。その証拠に腕をピコピコ動かすと、それに合わせてかすかに顔の位置が動いていた。
ここで俺が取れる選択肢は二つ。左眼潰しを躱して前に逃げるか、それとも後ろに逃げるかだ。
……だから戦うのは無理だって!レベル一の勇者――しかもソロ――では、万が一にも魔王城の中ボスには勝つことはできないのだよ。
同じ逃げるのであれば、位置的に「後ろに逃げる」方が一見簡単そうではある。だが、後々のことを考えるとそう簡単に飛びつくことはできない。なぜなら、後ろにはアンデッドジジイがいるからだ。
仮にあいつが手出しをせずに見逃してくれたとしても、一本道で行き止まりになっているかもしれない。少なくとも一旦落ち着いて以降は横道などなかった。逃げている最中に運悪く――それとも運良く?――見逃していた分かれ道を偶然見つけられる、などというのは楽観的が過ぎるというものだろう。
そしてどうせこのホネ野郎を躱さなくてはいけないのであれば、後ろに逃げるという選択肢が残っている今の方がマシだ。追い詰められるとまともに思考もできなくなるからな。
とはいえ、無策のまま突っ込むのは無理無茶無謀の三拍子が揃っている。その一方で考える時間はそれほど残されていない。どうする?どうすればいいんだ、俺!?
ふと、弾き飛ばされて床に転がっている剣が目に入る。
『グラディウス。剣闘士が持つ剣。幅広で短めの刀身が特徴で頑丈』
ああ、倒された方のスケルトンが持っていたものか。碌に振ることが出来なくても丸腰よりはマシかもしれない。幸か不幸か左眼潰しから少し離れた場所に転がっているし、まずはアレを拾うことを第一目標にするか。
しかし、今よりもあいつに近付かなくてはいけないのも確かだ。下手をすれば攻撃可能な範囲に入り込んでしまうかもしれない。
ちっ!こんなことならサッカー部のクラスメイトにフェイントの仕方を教えてもらっておくのだった。毒づいたところで何かができるようになる訳ではない……、いや、いけるかもしれないぞ!?
閃きに促されるように取り出したのは、採取してあった薬草だった。おもむろに口へと放り込み咀嚼する。俺の作戦は単純明快、プロレスの毒霧攻撃よろしく薬草を食んで唾液と一緒に吹きかけてやろうというものだった。
そもそも目がないので目つぶしは期待できないが、アンデッドには回復効果のあるアイテムや魔法が効くというのがゲームでは鉄板だ。少しくらいはひるませることができるはず。
「ぶべっ!」
毒霧というか繊維質の元薬草の塊と唾液が飛び散る。
一応予想していた通り左眼潰しはそれを避けようとしていたが、ダメージを嫌がってと言うよりは単純に汚物に触れたくないといった様子だった。
そ、それでも隙を作ることには成功したのだから結果オーライだ。敵が次の反応を見せるよりも先に剣に向かって駆け出す。攻撃されるより先にたどり着けと祈りながら懸命に足を動かす。祈りが天に通じたのか、首が胴体から離れることもなく無事にグラディウスをゲット!
やったぜ!
と思ったのも束の間、次の瞬間には俺の心は絶望に支配されることになる。
勝てない。
力量に絶望的なまでの差がある。
なぜだか分からないが剣を握った途端にそのことを理解させられてしまったのだ。元々戦うつもりはなかったとはいえ、心がへし折られてしまいそうな強烈な圧迫感に襲われる。
頼もしく思えていたはずの剣が、今は爪楊枝よりも貧相に見えた。