2 目覚める本能?
しばらく当て所もなく歩き回ったところでため息を吐く。一体どれだけの時間が過ぎてしまったのやら。確認しようにもそれができるアイテムを持ち合わせていなかった。
こんなことになるなら腕時計の一つでも装備しておくのだったな。
しかしそこで「だけど……」と思い直す。こちらに来る前はおぼろげながらショルダーバッグを担いでいた記憶があるのだが、どこにも見当たらない。ジーンズのポケットに入れていたはずの財布やスマホまでなくなっている始末だ。
この調子だと腕時計ですら消失していた可能性は高そうだ。
「まあ、腕時計なんて持っていなかったんだけどな!」
学校とかには基本目につく場所に時計があったし、それ以外の場所でも時間を確認するならスマホで事足りたからなあ。当然、漫画の主人公のように短針を太陽に向けて方角を探らなければならない事態に遭遇することもなかったね。
「同じことを繰り返す毎日に退屈していたり、刺激を求めたりなんてしていなかったはずなのに……」
そもそも画面の向こう側にはいくらでも冒険の世界が広がっていた訳で、インドア派の俺としてはそれで十分に満足できていた。
「はっ!?ま、まさか……!」
暗黒時代を支配していた中二心に生き残りがいたというのか!?恐ろしい想像に背筋に怖気が走り、思わず両腕で自分の身体を掻き抱いてしまう。
「……アホらし」
脱力しながら大きく息を吐く。さっき泣いてしまったことも含めて、訳分らん状態に感情の振り幅が大きくなっているなあ。
空元気であっても気分を高揚させなければ不味いと、本能的な何かが警告を出しているのかもしれない。
本能的な何かと言えば、先ほどから視界の隅に文字のようなものが垣間見えることがあるのだが、これは一体何なのだろうか?
特に何かを見つけた直後に現れている気がする。例えば、床の壁際に生えている草っぽいものを見た時には……。
『薬草』
と表示されていた。
その後も何度か同じことが起きていたのだが、ある時からは、
『薬草。回復薬の原料になるが、そのままでも微細な傷を癒すことができる』
へと変化していた。
……幻覚?にしては細やかでまともな説明だよなあ。とりあえずこの説明の通りなら怪我を治すことができるらしいので、いくつか採取してポケットに突っ込んでおくことにした。
もっとも、アンデッドジジイの火の玉を食らえばひとたまりもないだろうからあまり意味はないのかもしれないが。
更にはこんなことも分かるようになっていた。
『採掘ポイント。鉱石系アイテムを取得できることがある』
壁や床とは違ったごつごつした岩肌があるかと思えば、この説明である。まるでゲームやネット小説の世界だな。
現実味のなさも相まって何の気なしに突き出た岩の先を掴んで力を籠めると、大した抵抗もなく拳大よりも少し大きな塊が取れた。
『鉱石系アイテム。未精錬のため詳細は不明』
薬草とは違ってこちらは確定させるために精錬という手間が必要なのか。地味に面倒そうだ。
とはいえ、記念という訳ではないがせっかく拾ったので薬草とはまた別のポケットに突っ込んでおくことにする。春先で肌寒かったのでポケットの多い上着を着込んできたのが役に立ったぜ。
……う、だが重さも大きさも違うので、思っていた以上にバランスが悪い。どうにも歩き辛いようなら捨てていくしかないか。
そんなことを考えながら歩いていると、前方から何か音が聞こえ始めた。すぐに駆け寄りたくなったが、アンデッドジジイかもしれないと身体を急停止させる。残念ながら今の俺は大絶賛迷子中なのだ。やつから離れているようで、実は近くにまで戻ってしまっていたということがないとは言い切れないのである。
立ち止まって耳を澄ます。すると聞こえてきていたのは、ガキンカツンと何かがぶつかり合うようなものだということが分かる。
解答その一。苦悩する芸術家が自分の頭を壁に叩きつけている音。
うーん……。それにしては聞こえてくる音が甲高い気がする。試しに手近な壁を手の甲で叩いてみると、発生したのはコンコツンという鈍い感じの音だった。
解答その二。アンデッドジジイそっくりな骸骨たちが手に持った武器で戦っている音。
「いや、何だこのやけに具体的なのに突拍子もない答えは……」
自分でも呆れながら、そろりそろりと音のする方へと近づいていく。このまま立ち止まっていても何も分からないからな。ついでに一本道なのでそちらに進むより他なかったのである。
どんどんと件の音が激しく大きくなっていく。文字すると、ガイン!ギャリン!ギュリリリイン!といったところだ。そのうちウリィィィィィ!!とか聞こえてきたりして。……やめよう。色々な意味で命が危なさそうだ。
話を戻すと、やはり岩っぽい壁や床を叩いているというよりは、もっと甲高い金属同士がぶつかっているように思われる。
そして恐らくその音の出所だろう場所の手前へと到着する。折れ曲がった通路の先が現場らしく、会話をするならかなり声量を上げないといけないくらいのやかましさだ。
いつまでもそうしていても仕方がないので、意を決してそっと壁から顔を出して様子を伺ってみることにする。すると……、部屋のようになった十メートル四方の空間でボロボロの甲冑を身に着けた人骨が二体、武骨な剣を叩きつけ合っていた。
まじかー。まさかあの突拍子もないものが正解だったとは……。
なお、冷静だと思われるかもしれないが、単に現実味がなさ過ぎて頭が思考を拒否しているだけだったりする。そんなある意味フリーズしている頭とは裏腹に、本能(仮)はしっかりと仕事を果たしていた。
『スケルトングラディエーター。死してなおその強い闘争本能に突き動かされ続ける暴力の徒。骨だけになっているので生前の強さの大半を失っている』
『スケルトングラディエーター、特殊個体〈左眼潰し〉。通常の個体よりも数段強化されており危険度もその分増している。気付かれる前に逃亡推奨。生前の記憶によるものなのか、対峙者の左目を執拗に狙う性質がある』
ただのスケルトンじゃない時点でハードモード確定だというのに、さらにネームドモンスターまで登場とか殺意高過ぎじゃないか?初心者をヘルモードやインフェルノに放り込むとか、クソゲーまっしぐらな鬼畜の所業かよ!?
しかもホネホネたちが居るのは俺の進行方向であり、そちらにしか道が続いていないときている。アンデッドジジイの元から無我夢中で逃げ出した時に横道を見落としていた可能性はあるが、やつと感動の再会をするかもしれないと考えると戻るのも躊躇してしまう。
どうしたものかと頭を悩ませているうちに、骨モンスターたちの戦いはあっさりと決着がつきそうになっていた。