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17 八十二階層の探索

 用心深くキョロキョロと周囲を見回しながら慎重に八十二階を進む。もちろん上空の警戒も忘れてはいないぞ。頻繁に地面などを見ては≪賢者の耳目≫で情報を集めて、気になる点はメモに書き記していく。ついでに目についた目印になりそうな物なども書き残していく。


 本当は小型カメラか何かを持ち込んで動画を撮影しておけば楽なのだろうが、忘れてきてしまったのだから仕方がない。

 まあ、あれはあれで急な方向転換をした時など、どちらを向ているのか分からなくなったりもするのだけれど。あとで見返していると酔いそうになることもあったりするのだよな……。


 こうした最新フロアの情報を持ち帰ることも俺の重要な役割となっている。有用なアイテムやモンスターやらが発見できれば、それだけシコクダンジョンに人を呼べる可能性がでてくるからな。

 とはいえ、不人気さを払拭(ふっしょく)できるだけの大発見ともなるとなかなかに難しいと言わざるを得ないのだが。


 ともかく、俺は俺にできることをやるまでだ。

 そんな訳で探索再開。


 以前、八十二階は火山の麓を模した地形だと述べたと思う。遠くに見える噴煙を上げる火山山頂のある方向を奥側だとすると、八十一階へと続く階段がある岩山は手前左手側にある。

 この周囲はなだらかな草原となっているのだが、少し奥へと進むと傾斜がきつくなり、また地面も小石混じりの地肌がむき出しなものへと様変わりしていく。反対の手前側はというと、数十メートル先で深い崖の行き止まりとなる。


 右手に進むと谷間になっていて、その中央には小川が流れている。この小川が鬱蒼とした森との境目となっており、その先がどうなっているのかは未確認という状況である。なぜなら、この森こそがレッサードラゴンたちの住処になっているからだ。

 対してワイバーンは草原の先の荒れ地上空を飛び回っていることが多い。


 ちなみに、温泉があるのは小川をさかのぼっていった先だ。谷間のくぼ地にあるので秘湯といった風情が満点なのだが、レッサードラゴンやワイバーンがうようよしているこの場所でのんびり湯に浸かる勇気は俺にはないです……。

 なお、上空のワイバーンの数が増大するので温泉地より上流にはまだ進めていない。未だ発見できていない八十三階に続く階段もそちらにあるのではとないかと考えていたり。


 さて、今日の行き先だが小川の下流がどうなっているのかを調べてみることにした。

 とはいえ、草原側は崖になっているだろうと予想が付くので、対岸の森側に渡ってから下っていくことにする。当然橋などはなく、比較的浅く飛び石状になった場所を飛び跳ねていく。

 こちらに来た当初は三しかなかった俊敏も今では倍の六にまで成長しているので、これくらいなら楽勝だ。体力の方も七まで増えているし、これでもう引きこもりのもやしっ子とは言わせないぜ!


「お、『毒消し草』じゃないか」


 小川を渡ってすぐの所で毒消し草を発見する。これを原料にして作ることができる『解毒薬』はダンジョン内のどんなモンスターにも毒にも対処することができる優れもので、ダンジョンの必携品の一つとも言われている。……俺は見事に忘れてきてしまったけれど。

 ちなみに、あらかじめ服用しておくことで毒への耐性を得る『抵抗薬』は、それぞれの毒を元に生成するため別種の毒には全く効果がないという弱点があった。それもあって解毒薬は重宝されているのだな。


「薄暗い森の奥とか洞窟の中に生えていることが多いのに珍しいな。」


 ≪賢者の耳目≫でも普通に毒消し草と表示されていたので、偽物だったり変異したりしたものではなかったようだ。川沿いで湿度は豊富だし谷間で明るさもほどほどだったので育つことができていた、というだけのようだな。

 本来なら根元から掘り起こさないといけないのだけれど、川のすぐそばだから……。


「よっしゃ。予想通りだったぜ」


 土が柔らかく、根元の方を掴んで引っ張るだけで楽々引き抜くことができたのだった。できるだけ土を落としてずた袋の中へと放り込む。雑な扱いだが、毒消し草は回復薬の元になる薬草に次いで丈夫なやつなのでこれでも問題なしなのだ。


 逆に意外にも繊細なのが睡眠状態や失神状態を回復させる『気付け薬』の元になる『目覚し草』だ。薬効成分が衝撃に弱いとか何とかで、摘み取るのにも神経を使う上に持ち帰る際も綿にくるむようにでもしておかないとすぐにダメになってしまう。

 なんの準備もできていない今の俺だと、発見できても放置するしかないだろうな。


 木々の奥を気にしながら小川に沿って歩く。時折ワイバーンが飛んでいるのが見えるが、かなり遠いので狙われている訳ではなさそうである。

 というか、レッサードラゴンもだがあいつらは一体何を捕食して生きているのだろう?上流の温泉が流れ込んでいるのか川には小魚一匹見えないし、森にも動物らしき影はないのだよな……。ダンジョンそれ自体が不思議と理不尽の塊だとも言うから、気にするだけ無駄なのかもしれないけれど。


 そうこうしているうちに終点に辿り着く。予想した通りに向かいの草原側は切り立った崖になっていて、小川は滝となって奈落の底へと落ちていた。

 一方こちら側、森のある方はというとほぼほぼ垂直の断崖絶壁によって堰き止められていたのだった。


「メタ的に言うなら、ここがフロアの端ってことかな」


 広い大部屋階だが際限がない訳ではなく、半径二キロほどの円形の空間である場合が多いという。この八十二階の場合は平均よりも広そうな気はするがそこはそれだ。やはり限界はあるということなのだろう。恐らく草原側の崖も同様で、あれより先はないと考えて良さそう。


「で、当面の問題はこの先の探索をどうするかだよなあ……」


 見える範囲だと、森の端から壁までの距離は広い所でもおよそ三メートルといったところか。狭い場所だと二メートルを切っていそうだ。


「森の中に比べればはるかに歩きやすそうではあるけど……」


 目立つ度合いも段違いに高くなること間違いなしだ。加えて、逃げる方向が限られてくるのも痛い。仮に奥へ奥へと追いやられるようにされてしまえば、その場は逃げられても最終的には帰れなくなってしまうかもしれないのだ。


「調査はここまでにして、後は近場の採取ポイントを回ることにするか」


 消極的だと笑うなかれ。ダンジョンでは成果物を持って無事に一階に帰り着くことも大事なことなのだ。言い訳完了。


 しかし、この時の俺は知る由もなかった。

 既に帰路は大変なこととなっているということに……。


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