16 ダンジョン深層へ
さて、いつまでも駄弁っていては探索をする時間がなくなってしまう。
「そろそろ行ってくるっす」
「おう。気をつけてな」
高々一年では能力が適正にまで成長するはずもなく、八十階より下は気を付けてどうにかなる場所ではないのだが、それは言っても仕方がないというやつだ。何度も言っているように、俺に行かないという選択肢はないのだから。
ギルマスの応援を背中に受けながら、一階の中央にある転移石へと向かう。淡く光るしそれに手をかざすと、行き先の一覧が表示された半透明の板が浮かび上がってくる。
ファンタジーというよりはSFチックな光景に思えるのは俺だけだろうか?
五階、十階、十五階よりも更に下に表示された八十階を選ぶ。決定ボタンを押すと一瞬の浮遊感と共に視界が真っ白に染まる。そして次の瞬間には薄暗く人目のない場所へと移動していた。
シコクダンジョンでは五階ごとにボス階が設置されているようなのだが、そこには共通点も多い。部屋のつくりなどはその最たるものだと言えるだろうな。
まず、順当に前の階から降りてきた探索者たちを、細やかな装飾が施された両開きの巨大な扉が出迎えることになる。その扉を潜り抜けた先に、障害であり試練でもあるボスの待ち構える部屋があるのだ。ちなみに、施錠されていて入れない!?などということはないので安心していただきたい。
そして見事ボスを倒すことができれば向かいの奥にある扉が開き、転移石と次の階に続く階段のある部屋へと入れるようになるのだ。
だけどこれ、逆に言えばボスを倒せないと転移石も使用できないということでもある訳で……。
他所のダンジョンだとボスが居るのは十階ごとというパターンが多いらしく、シコクダンジョンが不人気な理由の一つともなっているのだった。
他にも全ダンジョン共通でチュートリアルとも言われている二階と三階を超えた直後の四階に出没するのが虫系モンスターだったり、五階のボスが結構強かったり、六階から十階のボスまでひたすらゴブリン尽くしだったり等々。……これだけ揃っていればそりゃ不人気にもなるわな。
グィードが根城に選んだのも、そのあたりのことを見越してのことだったのかね?そんなことを考えながら八十一階へと階段を下っていく。数日ぶりの八十一階は相も変わらず陰気な気配が漂っている、ような気がした。たむろしているのがスケルトングラディエーターだからなのだろうか?俺の偏見と思い込みかもしれないけれど。
そういえば最初の激闘――誰だ(笑)とか言っているのは!?――以来〈左眼潰し〉とは会っていないな。別に旧交を温めたい相手でもないし、出くわした瞬間に死に戻りさせられそうだから問題はないのだけれど。
左眼潰しに限らずモブのスケルトングラディエーターですら未だ俺には荷が重い。次の階への最短ルートをコソコソ進む。かれこれ三桁に到達しようかというほど通った道だ。すっかり順路を覚えてしまっていた。
ついでに途中にある採掘ポイントで鉱石をゲットして……。
「あ……」
武具の点検にばかり気を回していて、アイテム採取のための道具を持ってくるのを忘れてるー!?
辛うじて持ち込んでいたのはリュックサックとは名ばかりのずた袋だけ。背面からの奇襲対策として鉄板を仕込んでいたので防具としてカウントされたのかもしれない。とはいえ、中に入っているのはメモ帳代わりの紙の束とペンが一本だけ……。
誰だよ、準備ヨシ!とか言っていたのは!?全然よろしくないじゃないか……。
道具を取りに帰って仕切り直すべきか。こういう時に限ってレアアイテムが満載の採掘ポイントに遭遇するというのが世の常だものなあ……。
だが、それは叶わぬ願いとなってしまう。背後からガッツンガツン!と固い物同士がぶつかり合う音が聞こえてきたためだ。どうやら死んでも直らない剣闘バカたちが出合い頭で戦いを始めてしまったようだ。
お互いが削り合ったところで乱入して漁夫の利を狙うことは不可能ではないが、かなりの危険がつきまとう。元が決闘バカだからなのか連中は第三者の介入を極端に嫌う性質があるのだ。下手なタイミングで飛び込めば、「なに邪魔してくれとんのじゃワレえ!」とブチ切れた二体からまとめて襲われることになる。
加えて骨だけの身でありながらあいつらはかなりのタフネスさを誇る。俺が倒せるくらいに疲弊するまで相当な時間がかかるだろう。
その間息を潜めてじっと機会を伺っておかなくてはいけないというのは、精神的にかなりきついものがある。
それなら開き直って八十二階で時間を潰した方が有意義かもしれない。あちらもまだまだ調査が及んでいない場所は多い。採取以外にもやれることはいくらでもあるのだ。
そうと決まればさっさと先に進むのみだ。さすがに帰ることにはあの戦いにも決着がついているだろう。いくらホネホネなあいつらでも二十四時間戦闘を続けることはできないはず。……たぶん。
微妙に問題を先送りしてしまった気がしないでもないのだが、とにかく八十二階へ。何度かスケルトングラディエーターに遭遇しそうになりながらも無事に到着である。
「まあ、だからと言って気を抜ける訳じゃないんだけど」
生息しているのはレッサードラゴンにワイバーンだからなあ。殺された回数こそ一回きりだが、逃げ延びるために集めたアイテムの大半を犠牲にしたことは何度もあるのだ。
八十二階への階段の出口は小さな岩山の壁面にあった。大部屋階の中にはフロアの中央、大平原のど真ん中に階段があるというシュールな見た目の階もあるそうだ。その分目印にはもってこいらしい。それに比べるとこちらは地味と言えるかもしれない。
岩山の大きさもそれ程ではなく、木々が生い茂る森エリアからはもちろん、川辺になっている谷間などの低地ではすぐに見えなくなってしまう。
幸いにも俺にはタレント、≪賢者の耳目≫があった。これを意識しながら地面などを見ることによって、階段のある方角とおよその距離が分かるようになっていた。
もっともこれにも弱点はある。マップが表示される訳ではないので、迷路階のように入り組んだ地形だとどうしても効果が薄くなるのだ。
背負っていたずた袋から紙束とペンを取り出す。結局、地味で面倒なマッピング作業は必要不可欠なのであるよ。




