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13 そして、一年後

 カーテン越しの朝日を浴びて意識がゆっくり覚醒していく。遠くから小鳥の鳴き声も聞こえてくる。迷宮村の外は高速道路に繋がる道があるだけで、それ以外は森というか山ばっかりだからなあ。小鳥どころか猿や猪など野生動物たちの鳴き声が聞こえてくることもざらにあるのだ。


「ふんわあああ……」


 ベッドの上に上体を起こしながら大欠伸(あくび)を一つ。そのままボケーッとしながら眠気が抜けていくのを待つ。今日は……、ああ、八十階へ行く日だったか。いつも以上にしっかり目を覚ましておかないとなあ。


 元の世界では学生だったことから、週に三日はダンジョンではなく『探索者ギルド』の一室で勉強をさせられていた。ギルマスいわく「ちゃんと保護していますっていう他国へのアピールだな」らしい。加えて「政府(あちら)にも下心というか思惑があってのことだから、受け取れるものは全部貰っとけ」という助言もあり、ダンジョンで命を懸けた冒険を行いつつ勉学に励むという二重生活を送っているのだった。


 ちなみに、新たに派遣されてきた探索者ギルドの職員さんたちが交代で教師役になってくれている。その中にしれっとオネエさんことレイヤさんも混ざっていたけどな。複数の教科の教員免許を持っているとか、あの人本当に何者なのだろう?


 探索者の朝は……、そこそこ早い。二十四時間三百六十五日営業中のダンジョンだが、一つの階が丸ごと一つの部屋になっている通称『大部屋』タイプの階では外の時間と連動して夜間はかなり暗くなってしまうからだ。

 このため大抵の探索者は朝のうちにダンジョンに入り、夕方には引き上げるというサイクルになっているのだった。


 そしてご多分に漏れず俺もその一人だったりする。今の深部探索のメインとなっている八十二階が大部屋タイプの階となっているためだ。八十一階ではアンデッドジジイこと異世界エルフのグィードに遭遇する可能性があるので、危険を承知で更にもう一階奥へと進んでいたのだ。

 本当は転移石のある八十階や、そこから逆走して七十九階辺りを中心に探索したかったのだけどね……。八十階にはいわゆるフロアボスが居るのでそちら方面に探索範囲を広げることはできなかったのだった。


 のそのそと緩慢な動きでベッドから出て身支度を始める。防刃繊維が編み込まれたシャツはごわごわした質感で正直なところ着心地が良いとは言えないのだが、身の安全には代えられない。

 ヒノモト国にとっては金の実がなる木にも等しい俺だが、他国からすれば厄介者だった。まあ、これまで輸入に頼るしかなかった魔法金属などが少量とはいえ自前で確保できるようになったのだから、取引相手からすればたまったものではないよな。

 国主導で「不幸な事故で異世界転移してしまった可哀想な青年」というお涙ちょうだいで同情を誘うお話が公表されているのだが、一般ぴーぷるはともかく各国の上層部は懐疑的なようで。ほぼほぼ事実なんですけどね。


 かすかに灰色がかった黒のスラックスを穿いて、同色のジャケットを羽織る。ぱっと見ノーネクタイでクールビズ姿の新入社員のようだが、実はこれ全て国からの支給品でクローゼットには何着も同じものがあったりする。

 ただ、雑誌やら何やらのインタビューもこの格好で受けたためなのか、若者を中心にスーツ風の着こなしがはやっているという話だ。スタイリストさんとカメラマンさんの腕が良かったのか、画面越しや紙面越しの俺は「誰?」とツッコみたくなる二枚目になっていたからなあ……。


 そうそう、客寄せの目玉としてもしっかりと役目は果たせていて、シコクダンジョン及びシコク迷宮村にはこれまでにないほど多くの探索者が集まるようになっていた。もっとも、元が過疎りに過疎りまくっていたので、トキーオダンジョンやヤマトダンジョンには足元にも及ばない数でしかなかったり。

 それでも週末にはシコク各地や近隣の県からも訪れる人が出てきたのだから、まずますの効果はあったと言えるのではないかな、と自画自賛しておく。


「朝飯は……、パン屋のイートインコーナーにするか」


 観光客向けのホテルならいざ知らず、ここは長期滞在探索者向けの賃貸ワンルームだ。自動で朝食が出てくるなんてことはない。俺の場合、朝食はダンジョンまでの道すがらにあるパン屋ですますことが多かった。イートインコーナーに置かれているコーヒーが飲み放題だし。

 もちろん、売り上げにも貢献しているぞ。週一くらいのペースで探索者ギルドの皆に差し入れを買い込んだりもしているからな。


 そんな寄り道をしながらダンジョンに繋がる(ゲート)の前に到着する。武家屋敷風の門の中央で濃い紫色の渦が巻いている。この怪しげな渦がゲートの本体であり、周囲の門は目印に過ぎなかったりする。なので国によっては渦だけがぽっかり浮かんでいるところもあるらしい。


「あら、ショーマ君じゃない。ゲートの前で立ち止まってどうしたの?」


 そんな不気味な渦を通り抜けて現れたのは、俺もよく知る人だった。


「おはようございます、レイヤさん。夜勤明けっすか?ご苦労様です」


 職員は増えたものの緊急時に冷静かつ適切に対処できる人間はそうはいない。そのため夜間のダンジョン一階にある出張スペースにはレイヤさんが詰めることが多いままとなっていた。


「はい、お疲れ。というか質問に答えてくれてないわよ」

「いや、別に大したことじゃないっすよ。街並みに対して門が浮いてるなって思ってただけで」


 このシコク迷宮村だが地元出身の有名作家の作品世界を再現したとかで、ファンタジーな西洋寄りの街並みとなっているのだ。まあ、安っぽいテーマパークのようになっていないことは評価できる。どうやって石造りの重厚さを醸し出しているのだろう?……謎だ。

 一方でそのど真ん中にあるダンジョンへのゲートはというと、先にも述べた通り武家屋敷風のザ・和風な建築物だ。これで浮くなという方が無理のある話だと思う。


「ああ、これはねえ」


 レイヤさんも似たような感想なのか苦笑いしている。


「ゲート周りの装飾は国からの指示だから、どうしようもなかったらしいわ」


 ヒノモト国のゲート周りは全て和風建築で統一されているそうで、シコクダンジョンも従わざるを得なかったのだそうだ。そしてこれでも提案された中では一番無難なものだったのだとか。


「これで無難とか、他のはどんだけ派手なデザインだったんだ……」


 レイヤさんと別れ、そんなことを呟きながらダンジョンへと入っていく俺なのだった。


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