10 探索者カードを見てみよう
時刻は朝の九時を迎えようとしていた。が、探索者はおろか探索者ギルドの交代職員すら誰一人としてやって来ないという始末だ。いやはや、本気で過疎ってるんだなあ。
まあ、俺にとっては好都合なのだけど。
「へえ。これが『探索者カード』っすか」
『探索者カード製造機』から出てきた名刺サイズのカードをしげしげと眺める。異世界ものでは定番の『冒険者カード』だな。漫画やアニメで見ては子どもの頃から憧れていたこともあって思わず顔がにやけてしまうぜ。
これで俺も正式な探索者となった訳か。
ちなみに、これを作り出しているのはダンジョンなので、偽造も成りすましも不可能だという話だ。ヒノモト国では探索者ギルドへも登録――任意のように思えるが実は強制だ――を行うことで公的な身分証明書としても使用できるらしい。
そもそも、探索者カード製造機のある一帯が探索者ギルドの出張所となっているため、カードだけを作ってお終い、とはいかなくなっているのだった。
「こっちの世界の戸籍なり海外渡航証明書なりと突き合わせなくちゃいけないから、それはまた後日になるわね」
異世界人の俺にはこちらの世界の戸籍というものがないからなあ。なお、同一存在的な人物がいないことも確認済みだ。幸か不幸か入れ替わりでその人物が元の世界に、ということもなさそうである。
「名前は『ワタライ・ショーマ』ですね……。やっぱりこちら基準の表記になっているみたいっす」
こちらの日本ことヒノモト国でも漢字は使用されているのだが、名前や地名の正式表記に限ってはカタカナのみとなっていた。そしてどういう原理なのか探索者カードの文字は見る人が認識できるようになっているのだそうだ。
理解できる気がしなかったので詳しい話は辞退しておいた。
「当たり前だけど所属パーティーと所属クランの記述はないわね」
「どこにも入っていないからな。むしろ書かれていた方が驚きだ」
初心者グループがあらかじめパーティーを組もうとしてた場合など、ごくまれにそういうことも起きるらしい。ダンジョンさんの気遣いが半端ないな。
「裏面は……、あ、ステータスとかが書いてある!?」
「はい、ストップ!探索者も善人ばかりとは限らないわ。裏面は本人の同意がないと見られないようになっているけど原則秘密にすることね。それと他人のカードを覗き見したりするのも基本的にはマナー違反よ」
「だけど、俺じゃあ書かれている内容がさっぱりなんですけど?」
「それくらい特例ということだ」
なるほど。まあ、この辺りの情報管理の考え方は元の世界でのネットリテラシーにも通じるものがあるので理解するのは難しくはない。
ちなみに、こちらの世界にもネットは存在している。回線に使用されているのがファンタジーな魔法金属だったりするけどな。
「分かってもらえたところで見ていきましょうか。まずはステータスだけど……」
記載され知多の配下の六つの項目だ。
筋力 7 、 体力 3 、 俊敏 3
器用 8 、 知力 7 、 気力 6
「……渡來君、これはさすがに運動不足だと思うぞ」
「むしろこの体力と俊敏でよく八十一階から逃げ出すことができたわね」
いきなりディスられているんですが!?
二人によれば初心者探索者のステータスの平均はおおよそ五から六になるらしい。三という数値は相当低く、小学生低学年かそれ以下程度となってしまうみたいだ。
ぐぬう。そう言われてしまうと納得せざるを得ないぞ……。
「それ以外は並み以上だな。おあつらえ向きに器用も高いから採取や採掘もすぐに上手くできるようになるだろう」
「あの……、魔力の値がないみたいなんですけど、俺では魔法を使うことはできないんですかね?」
「魔力なんて項目は我々にもないからそこは心配する必要はない。だが、当たり前のように使っている力だからな……。魔法が存在しなかった世界から来た君が同様に使えるようになるのかどうかは未知数だな」
「そこは国に要望として伝えておけばいいんじゃないかしら。監視の意味も込めて適材な人を送りつけてくるわよ、きっと」
というオネエさんの意見に従い、魔法の件はいったん保留とすることになったのだった。
「学者さんの見解によると、モンスターを倒すだけじゃなくダンジョンでの行動は全て経験として積み重ねられていて、それが一定の量に達すると能力値のそれぞれが増えていくのだとさ」
ダイスロールでも経験値がもらえる往年のテーブルトークRPGかよ。それに某性質シリーズの成長システムを組み合わせた感じだろうか。体力を伸ばすためにパーティーアタックとかしないよな?
と、冗談はそのくらいにして。これだとダンジョンで鍛えればとんでもない超人になれたりするんじゃないか?俺とは違って一睡もしていないはずのギルマスたちが元気なのも能力値が高くなっているからだろうし。
「残念だけど、そんな美味しい話はなかったのよねえ」
「ダンジョンで成長した能力だが、外に出ると多くても一割程度にまで目減りすることが分かっている。これも学者の考察なんだが、外に比べてダンジョンの中は魔力が濃いため能力が強化されるのだろう、という話だ」
多くても一割なので、実際のところはもっと少ないらしい。ダンジョンでパワーアップしてアスリートに華麗に転身、なんてことはできないみたいだ。むしろドーピング扱いになるので、現役スポーツ選手はダンジョンに近付かないのが不文律になっているのだとか。
ある意味夢がない話だが、その一方で特殊能力が登場する作品でよくあるようなダンジョン上がりの探索者による凶悪犯罪が発生し辛いのは良いことなのかもな。平和が一番です。
「だからあなたの場合は外でも体力作りに励むことになるわね」
「うげっ!?」
ダンジョンでも外でもトレーニングとかマジですかい!?インドア派の人間にとっては拷問にも等しいのですが!?
「最終的にはこれも国から派遣されてくるトレーナーとかに任せることになるんでしょうけど、当面は私が面倒見てあげるわ」
「は、ははは……。お手柔らかにお願いします……」
バチコーン!と乗り気でウィンクしてくるオネエさんに対し、俺は乾いた笑いを浮かべるのが精一杯となるのだった。
いや、割と本気であちらベースでプログラムを組まれると脱落どころか死ねると思う。どうかそのあたりの配慮ができる人でありますように!
ギルマスが哀れな人を見るような目をしているあたり、期待薄かもしれない。命の危険ってどこにでも潜んでいるものなのですね……。




