64話:泳がせてみる。
侍女たちの協力もあり、乳幼児であるシルヴァンとの生活にも慣れたある日、久しぶりにジョルダン様の他国行きが決まりました。
この一年と少し、王太子殿下の計らいで他国視察の同行をなくしていただいていたそうなのですが、今回はどうしてもジョルダン様が行きたいと望まれたのだとか。
「あぁ、どうしても、な」
主寝室のソファでそんな報告をうけていたのですが、何やら妙な気迫があります。
基本的に、私は笑顔で送り出すだけなのですが……?
「それに、しばらくは重要な書類を出すようなこともないだろうしな。シルヴァンの出生とど――――」
「おきをつけてぇ! 長旅、お気をつけてくださいねっ!」
えぇ、えぇ。私は笑顔で元気に送り出すだけなのです!
「話を遮っても、過去は変わらないからな?」
「…………ふぇい。ごみぇんなしゃい」
片手で両頬をムギュッと掴まれ、口がアヒルみたいになってしまいました。
ジョルダン様はクスクスと笑いながらそこにキスをくださったので、アレの時はそこまで怒ってなかったのだと思います。
◆◇◆◇◆
シルヴァンが生まれて三ヶ月以内にしなければならないことは、出生届けを書くことでもあるのだが、如何せんソフィはやらかす。
絶対にやらかす!
なので、泳がせてみることにした。
ほとんど興味本位でなのだが、妙な期待もある。
「すまない、出生届の記入を頼んでもいいか?」
仕事に出る前に、私の執務机の上に書類は用意していたが、まだ記入していなかったと伝えると、ソフィの顔がパァァァァ!っと明るくなった。
「はい! ちゃんと記入しておきます! お仕事頑張って来てくださいね」
私に頼られたことが嬉しいようだった。少しばかり良心が痛んだ。
そうなんだよな。ソフィは基本的に善意の塊で、アレもコレもソレも、悪気はないんだよな。
妄想が酷いだけで。
「で、やっぱりか」
「……おほほ?」
見事なほどに、やらかしてくれていた。
元々は自分で書くつもりだったから、書類は二枚用意していた。予備は一枚で十分だろうと。
執務机の上にある、一度クシャクシャに丸めて伸ばしたのであろう出生届。
ちょっと斜め上にずり上がり気味の、間違いなくソフィの字だ。
ちらりと見たくずかごには、クシャリと丸まった書類。
開くと――――。
やはりと言っていいだろう、両親の枠は私とマクシム。
子供の名前は『マクダン』『ジョルシム』など妙な掛け合せ方をしたものが数個書かれていた。
書き終えて、予備を見つけて、妄想して、スッキリ。
落書きの方をクシャリと丸めたつもりが、間違って原本を丸めた。そして慌てて予備を探すも見つからず、仕方なく丸めたものを広げて執務机に置いたパターンだな?
ソフィが「わぁー! 見ていたかのようですねぇ!」と笑顔で手を叩いて喜んでいるが、そうじゃない。
「また、お仕置きが必要かな?」
「ヒョエッ!」
まぁ、こう言うとソワソワ頬を染めるソフィが可愛くて仕方なくて、許してしまうんだがな。
◇◆◇◆◇
次話も明日の朝に投稿します。




