56話:おえっぷ。
最近定番になりつつある王城の庭園にて、オフェリア様とお茶会中だったのですが――――。
「うえっぷ……ぎぼぢばるい。食べすぎぃ?」
「…………ソフィ……直ぐに屋敷に帰りなさい」
「ぅえぇ? ふぁい」
――――追い返されました。
揺れる馬車内で必死に吐くのを我慢。
どうにかこうにか屋敷に帰り着き、主寝室のベッドに俯せで倒れ込みました。その状態で侍女にドレスを脱がせてもらっていたのですが、その些細な揺れにも吐きそうです。
「奥様、少しだけ体を起こしてください」
「うー。ふぁい……」
のそりと起き上がりドレスを完全に脱ぎました。
コルセットはもともと緩め派なので、外したところで特に爽快感もなく……うえっぷ。
部屋の外が何やら慌ただしいのですが、私はそれどころではありません。
吐き気が少し落ち着き始め、うつらうつらと船を漕いでいました。
「ソフィ!」
主寝室に頬と目元を赤らめたジョルダン様が飛び込んで来ました。まだお昼ちょっと過ぎのはずですが、お酒でも飲んでいたのでしょうか?
「飲んでない。医者を連れてきた」
「あらぁ? すみません。そしてありがとうございます」
体調不良と聞いて、お医者様の手配をしてくださったようです。疑って申し訳ないです。
それから、またお仕事の邪魔をしてしまったようですね。今日は王太子殿下とのお仕事はなかったのでしょうか?
兎にも角にも、医者の診察を受けてくれと言われました。
ヘッドボードに体を預け、お医者様から生理のことや閨の事を根掘り葉掘り聞かれてしまいました。大切なことだからきちんと答えるようにと。
流石に勘付きます。
妊娠を疑われているのですね! 大丈夫です! ただの食べ過ぎによる胃もたれです! おえっぷ。
「ご懐妊ですね」
「…………胃もたれじゃ?」
「ご懐妊です」
――――胃もたれ、違った!
部屋の外で待って下さっていたジョルダン様を呼び、お医者様が説明。
その途中でジョルダン様が目頭をグッと指で押さえました。
あ、これはマズい……と思っていたら、ジョルダン様が全員に主寝室から出て行くようにと命令していました。医師には説明は執事にしておくように、といった指示は忘れずに。
「少し、顔色が良くなったな。朝からきつかったのか?」
ジョルダン様が急に厳しい顔になられました。
今朝はとても調子が良かったのですが、お菓子を食べたりお茶を飲んでいるうちに吐き気が酷くなったのです。
「そうか」
ジョルダン様がなぜかホッとされていました。
自分たちがオフェリア様とのお付き合いを勧めたから、体調が悪くても無理やり行っていたのではないかと考えていたそうです。
オフェリア様は私を呼び捨てにしてくださいますし、殿下を付けずに名前を呼んでいい、と言われるくらいには仲良しになっているのです。
体調不良だったら普通に断るくらいの、気軽な関係になっているのでその可能性はないのだと断言しました。
「ソフィ、ありがとう。先ずは一言目にこれを言うべきだったな」
ヘッドボードに預けた体を、ジョルダン様がふわりと抱きしめて下さいました。
そして、柔らかく甘いキスも。
「これからが大変になるだろう。こういったときの男は大して役には立たない。だが、側でソフィを支えると約束する」
「はい! ありがとうございます!」
やっぱりジョルダン様は素敵な人です。
いつも私が欲しい言葉をくださいます。どんな美辞麗句よりも心からの言葉、これが一番嬉しいものです。
側にいてくださるだけで心強いのです、おえっぷ。
次話も明日の朝に投稿します。




