39話:ソフィ、逆ギレする?
私の方に背を向け、静かに横たわるジョルダン様。
誘拐されていて三日振りに逢えたのに、少しの会話と一回の抱擁のみ。
こんなことって、ある?
新婚旅行だったのに。
「――――っ!」
気づいたら枕の端を握りしめて、大きく振り被っていました。
「大っきらい! ジョルダン様なんて、大っきらいっっっ!」
バシンバシンとジョルダン様の横腹を叩きながら叫んでしまいました。
誰が悪いのかと言われると、誘拐犯と色々と直ぐに忘れてしまう私なのですが。それでも、このときはジョルダン様を『とても酷い人』だと思ってしまったのです。
「ソフィ!?」
驚いて起き上がったジョルダン様の顔や体を何度も枕で殴打してしまいました。
「こんなとこ、いたくない! ジョルダン様と一緒に、いたくないっ!」
だけどここは王族の所有するお屋敷で、私は殿下の視察についてきた身で、それを何度も邪魔するようなことになっている。
なのに部屋をもうひとつ用意して欲しいなんてわがままを、こんな夜更けに言えるわけがない。
どれだけ厚顔無恥なんだって、自分でもそう思うんです。
「ソフィ!」
「触らないで――――あっ」
枕をジョルダン様に奪われてしまいました。
手を掴まれそうになってもがいたら、爪がジョルダン様の頬を掠ってしまいました。
つ、と走る赤い線。
「血……」
「気にするな」
袖口でグイッと頬を拭い、ジョルダン様が悲しそうな顔で微笑まれました。
思ったよりも傷が深かったのか、また直に血が滲み始めました。
「ソフィ」
「っ……」
ジョルダン様が一歩近づいて来るけれど、何を言われるのか、されるのか、なんだか恐怖を感じてしまい二歩下がりました。
すると、ジョルダン様が目を見開いて数秒ほど停止したあと、ギュッと目を瞑り深呼吸を始められました。
「ふぅ…………私は別の部屋で休む」
ジョルダン様が大きく溜め息を吐き、そう宣言されました。
「っ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ゆくあてのない負の感情をどう処理したらいいのか分からず、大声で泣き叫びながら床に座り込んでしまいました。
ボタボタと落ち続ける涙と、力が入らない手足。
言葉にならない叫びしか出てきません。
「ああぁぁぁぁ! いあぁぁぁぁ! ばかぁぁぁぁぁぁ!」
「っ…………ソフィ……ソフィ、落ち着きなさい……ソフィ」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
「団長っ!」
ジョルダン様に腕を掴まれてしまい、さらに叫びながらもがいていたら、グイッと違う方向から引っ張られ、いつの間にか兄の腕の中にいました。
「ぅう? おにいざば?」
「マクシム、ソフィを返せ……」
「そんなに殺気を出して、ソフィをどうする気ですか? こんなに泣かせて、何をしたんですか?」
ジョルダン様が片手で目元を隠して俯かれました。
これは知っています。
涙が出そうなときに、ジョルダン様がする癖です。
「頼む。頼むから、立ち入らないでくれ…………ソフィを奪わないでくれ……」
「暴力は――――」
「しないし、していない」
兄に本当かと聞かれたので本当だと答えました。そもそも、私が枕で殴りましたし。加害者は私なのです。
兄がボソリとお前が殴ったのかよと呆れ返っていたのは無視します。
ちゃんと話し合いをしろよと言いながら、兄は部屋から出ていってしまいました。
部屋の中央に二人で佇み、何分が経過したのでしょうか。
先に口を開いたのはジョルダン様でした。
「ソフィ、私は――――」
次話も明日の朝に投稿します。




