32話:それぞれの馬車の中。
領主館を出て、馬車に乗り込みます。
後ろでは領主夫妻が物凄く低姿勢で謝罪の礼をされていますが、無視するようにと王太子殿下に耳打ちされました。
その直後、ジョルダン様にギラリと睨みつけられてしまい、たいへん怖かったのですが、王太子殿下はにやにやとするばかりでした。
結局、馬車は脳筋兄と乗ることになりました。
殿下とジョルダン様と閉鎖空間に詰め込まれるのは、なんだか心臓によろしくないので。
ジョルダン様が少し寂しそうなお顔をしたのは気のせいなのです。
「いや、ガッツリ凹んでただろうが」
「そんなまさかー」
脳筋兄はそう言いますが、ジョルダン様ほど自制心があり仕事に真面目に打ち込んでいる方が、そんな事を思うはずがありません。
「伝わってねぇぇぇぇ」
「煩いです」
そもそも何でまた兄が乗っているのですか。
理由はわかっていますが、別の騎士さんやお連れの侍女さんたちとでも良かったのに。
「いや、流石にソレは駄目だろうが」
「別に私は人見知りとかないので平気ですが?」
「ちげぇし! 伝わってねぇぇぇ!」
馬車内に兄の叫び声が響いて煩いです。
場車内の温度と湿度がぐんぐんと上がっているような気がします。暑苦しいです。
――――ハァァァ。ジョルダン様に癒やされたい。
◆◇◆◇◆
ソフィが同じ馬車に乗るのを断ってくれてよかった。が、少し寂しくもある。
「おまえは贅沢だなぁぁぁ」
「煩いですよ。さっさと資料に目を通してください」
「ちょっとくらい休憩させろよ。酔って吐くぞ」
「昨夜はかなりワインを勧められましたからね」
「お前もな」
晩餐の席で殿下を酔わせて何か言質を取りたいのかと思っていたが、出てくるのは同席していた娘自慢。
なぜかいないソフィ。
呼びに行かせましたがお部屋で休まれているようですわ、となぜか答える領主娘。
流石に席を外せないので、体調が悪いのかの確認もしに行けない。
部下にそっと様子を見に行かせたが、部屋にいないようだと耳打ちされた。
秘蔵のワインを飲め飲めと勧めてくる領主をなんとか躱し、晩餐を終わらせて部屋に向かうと、ソフィはいないどころか荷物さえもなかった。
パニックになりかけた瞬間、部屋のドアが開き、入ってきたのは、艶めかしい夜着姿の領主娘。
――――なるほど。
「危うく斬り殺すところでした」
「いやぁ、わかりやすくて面白かった。なかなかいい取引も出来たし。ソフィ嬢様様だな」
「殿下……」
「怒るな怒るな」
まったく、殿下は油断も隙もない。
人の事件の裏でまさかワインの取引を優位に進めていたとは。
「お前が突付けと言ったんだろうが」
「罪の方をですよ」
「あれくらい可愛いもんだろ」
有名なワインの産地であったため、宿泊がてらワインを試飲して気に入れば王城に卸す契約をと、元から計画はしていた。
「寛大さと、優しさをアピールしつつ、領主負担で二割引きにもしたんだ。それで十分だろう」
普通は割引したところで、下々に打撃が来るだけなのだが、殿下は差額分は領主が負担するようにという契約まできっちりしているから、怖いところだ。
――――ハァァァ。ソフィに癒やされたい。
◇◆◇◆◇
次話も明日の朝に投稿します。
 




