24話:間違って届けた離婚届と手紙の真相。
ジョルダン様の留守と実家の状況とを鑑みて、色々と話し合った結果、翌日から実家で寝泊まりすることになりました。
わんぱくちびっ子たちのお世話や食事の用意、お姉様の愚痴などを聞く日々。そして、我が家で働くことになった友人のミヌエットのおかげで、ジョルダン様がいない寂しさは少しだけ紛れてはいました。
お義兄様が嫌になったとか愚痴は言うものの、家出してきた本当の理由をなかなか話さないお姉様。
お母様に聞いても、ミヌエットに聞いても、話してくれないとのことでした。
埒が明かない!と、お姉様のお部屋に突撃しました。
「えっ!? 外に女性を囲ってる?」
「ええ、間違いないわ。微量だけど金銭の動きがあるし、平民の家にこそこそと入っていくのを家の使用人が見たって噂してたのよ!」
「お義兄様には聞いたの?」
「聞けるわけないじゃない――――」
どうやらお姉様は、お義兄様の言い分も聞かずに家出して来たようです。
何日経ってもお義兄様が迎えに来て下さらないこともあり、「離婚する!」とシニヨンに纏めた暗めのブルネットヘアーをワジャワジャと掻き混ぜて、大変ヒステリックになっています。
お義兄様は、とても寡黙ではありますが、いつもニコニコとされており、子供たちのお世話も積極的にされていました。
そして、何よりもお姉様を大変愛されているのです。それは傍から見ていてもわかるほどに。
なので、私やお母様は勘違いか何か理由があるはずだ、と言うのですが、お姉様は全く聞く耳持たずです。
「もう嫌なのよ! 離婚よ離婚!」
レターデスクから離婚届を取り出して、書き込もうとされましたので、慌てて取り上げました。
全くっ! 話し合う前に離婚届に記入するなんて! こんなの届けられた日には、あの優しいお義兄様は卒倒してしまう気がします。
バタバタとした日々が続き、実家に帰ってきて三週間が経ちました。
ちびっ子達がお昼寝をしている隙に自室へ戻り、今週分のジョルダン様への手紙を書きました。
ふと、レターデスクの引き出しに入っている、折りたたんだ紙が目に付きました。
カサリと開いてみると、先々週にお姉様から取り上げた離婚届でした。
へぇ、こんな風になっているのねぇ。様式は婚姻届とあまり変わらないのねぇ。あら? チェック項目があるわ。離婚協議書も用意しないとなのね。
離婚協議書、ねぇ――――。
◇◆◇◆◇
「何故『離婚協議書』から、こんな手紙になるんだ」
「あー、そのー、はいぃぃ」
色々と考えたり、想定したりしていましたら、感情が昂ってしまったのです。
だって、ジョルダン様は『女たらし』ですし!
いつか、過去の彼女とかが出てきたり……。
いつか、私よりボイーンな人になびいたり……。
いつか、私よりバイーンな人に目を奪われたり……。
いつか、トラブルに巻き込まれた可愛らしい女の子を助けた事がきっかけで、二人の間に愛が芽生えて、『私には妻が』『お願い、好きでいさせて』『それくらいなら……』『ジョルダンさまっ!』『また君か』『ジョルダンさま、好きです!』『ああ、君か、はいはい』『ジョルダンさま、愛してます!』『……ん、私もだ』とかとかとか! なるじゃないですかぁぁぁ!
もしくは、いつか、『ジョーだんちょぉぉぉう!』『マクシム! 私にはお前しか!』『『アーーーッ!』』とかも。
まぁ、ノンケなジョルダン様なので、ごく僅かな可能性ですが、ありっちゃあり。
「ソレは無しだ。そして、寸劇が長い」
「ふぁい、すみません」
「お前はとても楽しそうだな?」
「へ?」
あ、やばいやばいやばい! 『お前』呼びになってしまいました。
「あと一週間で様々な事後処理が終わり、通常運営に戻る予定だった。お前との休暇を楽しみに執務していた私の気持ちなど、一切考えておらず、そんな妄想で…………私を疑っていたのか」
「ちがっ……」
…………違う、とも言えないことに気が付いてしまいました。
妙な不安が変な方向に暴走し、変な妄想が無双した結果、あの手紙と離婚届を、シュババババっと書いてしまったのです。
そして、ミヌエットがちびっ子達が起きたと呼びに来てくれたので、慌てて封筒に入れてしまい――――の結果がこれです。
「…………はぁぁぁぁ。慌てていても、確認するように、と言っていたよな? 特に、前科二犯お前は!」
「ふぁいぃぃぃぃぃっ!」
「アレを読んだ瞬間、私は――――」
◆◆◆◆◆
演習、訓練、事務作業、陛下への報告、会議。
様々なことに忙殺されている中で、週に一度届く愛しい妻――ソフィからの手紙が私を癒やしてくれていた。
『とっても素敵な、愛しのジョルダン様。
無理はされていませんか?
お食事や睡眠はちゃんと取られていますか?
ちびっ子たちの笑顔を見ていると、ジョルダン様の笑顔が脳裏に鮮明に浮かびます。
尊さで、一瞬死ぬのかと思いました!』
『尊さで、一瞬死ぬ』の意味は解らないが、ソフィも寂しがってくれているのだろうなと思うと、心臓が締め付けられるとともに、得も言われぬ多幸感が湧いた。
今週もまた手紙が届き、わくわくとした気持ちで、そっと宝箱を開けるような気持ちで、封を切った――――。
また、私を愛しいと言ってくれ。
素敵だと。
寂しいと。
早く逢いたいと。
「…………」
――――離婚?
心の中に芽生えた、この感情は何だろうか?
悔しい? 怒り? 悲しい? 違うな、これは――――。
◇◆◇◆◇
「――――絶望、だった」
しばらく逡巡されていたジョルダン様が、とても苦しそうなお顔で、そう呟かれました。
「っ! ごめんなさいっ! 本当にごめんなさいっ」
「…………ん」
あぁ、本気でまずいです。
消え入りそうなお声です。
「本当に、本心じゃないんです。ただ、私の妄想が酷くて……そのっ、そのぉぉぉぉ…………あっ! 大好きなのです! 始まりは…………始まりも? なんかわちゃわちゃしてましたけどっ、ジョルダン様が大好きなんです! 地の果てでも、地獄の底まででも、追いかけると断言出来るほどに愛してるんですっ!」
「……っ、ん。ははっ」
必死に想いを伝えようと、どこかの脳筋のように叫んでいましたら、ジョルダン様が左手で目元を押さえて、小さな声で笑われました。
「本当かい?」
「っ⁉ はいっ! 愛してますっ!」
「ん、私もだよ」
ジョルダン様が立ち上がり、私の真横に立つと、クイッと顎を持ち上げてきました。
徐々に近付くお顔にドキドキしつつも、ジョルダン様の美しい緑色の瞳が潤んでいるのを見逃しはしませんでした。
柔らかい触れるだけのキスなのに、異様に鼻息が荒かったのは、気付かれませんようにっ!
――――と、どこかにいるかもしれない神様に願っておきました。
◇◆◇◆◇
愛しの旦那様に手紙を送ったら、間違えてノリとネタで書いた離婚届と手紙だったけど、なんやかんやで許してもらえました。
「ソフィ、帰ったらお仕置きだからね?」
「お仕置き!? どんなっ!?」
「…………ん?」
据わった目でにっこりと微笑むジョルダン様を見て、鼻息が更に荒くなったのは内緒です。
あ、姉夫婦離婚問題は、脳筋兄がお義兄様に突撃して、全てお姉様の勘違いだったと、脳筋解決してくれたとミヌエットから聞きました。
あれでもちょっとは世の中の役に立つらしいですよ?
次話も明日の朝に投稿します。




