寵愛半魔
《固有スキル:龍因子を獲得しました》
《条件を満たしました。称号スキル:龍の寵愛を獲得しました》
あ、危ねぇ……。し、死ぬかと思った……。
瓦礫の山を押し退け、地面を這いつくばる。身体の方は殆ど失われ、残っているのは頭の右半分と右胸、右腕だけだった。
咄嗟に頭から地面に入らなければ、《魔核》が完全に壊されて死んでいた。だが、《魔核》は自動で復元されたし、身体の方もさっさと修復しよう。
《錬金術》を身体に向けて発動させる。全身が泥のように熔け、辺りの土に染み渡る。
そして、先程までの身体をイメージすると泥が周りの土を取り込み《魔核》を中心に身体が形成される。
鉱物のメリット、《魔核》さえ無事なら土と《錬金術》で身体を再構築する事は容易い。……《物体模倣》が使えなかったのは気になるけど。
新しく再構築した身体を手でペタペタと触り、確かめる。
しかし、変わった事は何もなかった。
……そういえば、さっきスキルを獲得できていたな。あれが関係しているのか?一応警戒して、そのスキルの説明を見ておこう。
《龍因子:固有スキル
獲得条件:一定以上の龍の魔力を自身の魔力と融合、適合すること。
効果:特定の魔物への進化条件》
《龍の寵愛:称号スキル
効果:治癒魔法の効果上昇。
自然治癒能力の向上。
魔力由来の効果減少。
衝撃緩和》
……これまた、一風変わったスキルだな。
《龍因子》の方は《魔核》が自動で修復した際に空気中に舞っていたドラゴンの魔力を取り込んだからだろう。その結果、手に入ったとなれば棚ぼただろう。
だが、問題は《龍の寵愛》のほうだ。このスキルはかなり効果範囲が広い。その分、使い道もあるだろうしな。……だが、名称から嫌な予感がする。一方的にやられ、死ぬ一歩手前まで来た相手からの寵愛なんて、そんなの呪い以外のなにものでもない。
穴の縁を沿うように歩き始める。そのついでに、身体の調子を確かめる。
調子そのものは悪くない。精神的な不快感はあれど、狙撃を行う分には問題ないだろう。
そういえば、あのドラゴンの情報を見ていなかった。《記憶保持》と《情報開示》の会わせ技でいけるか?
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名前:ティアマト
種族:地母神龍ティアマト
年齢:2000歳
生命力:139680/139680
魔力:無限
攻撃力:36795 防御力:906300 素早さ:36593
通常スキル:計測不能
固有スキル:計測不能
称号スキル:計測不能
神聖スキル:《起源:誕生》
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いけたにはいけたが……バグじゃないよな?なんだよ、このステータス。
全ての能力値が三万超え、スキルに関してはほぼ全てが計測不能。唯一見れるスキルも規格外な事が予想できる。正真正銘の怪物だ。
《神龍:龍の一種》
うん……?なんか、説明が始まった。
《神龍:龍の一種
別名『星の化身』。数百年周期で活動と休眠を繰り返す人間にとっての不倶戴天の怨敵。
災害や現象を象徴し、ただそこにいるだけで厄災をばら蒔く。
しかし、神龍に対する恐れから信仰する教団もある》
……本物の化物じゃねぇか。私、よく生き残る事が出来たな。
だが、それは現実と言って良いだろう。ただ目覚めただけで目の前の惨状を生み出したんだ、この説明が現実だとしてもさして驚きはしない。
そして、これは現実だとしても許しがたい。
大穴を通り、斜面を下っていく。その途中に鎖に繋がれた少年の遺体があった。私は血に濡れた少年を抱き上げ、《錬金術》で穴を開けると少年を埋める。
先程の馬車の荷台には十数人の少年少女が鎖に繋がれ、手足に枷が嵌められていた。……この世界は、奴隷制が未だに根付いているのだ。前世が日本だった私からすれば、不快感しかない。
少年を埋葬し数十メートル下った場所に馬車があった。馬は馬車から外れ地面に叩きつけられたように潰され、馬車は脆く破壊されていた。
うん……?なんだ、これは。
死体を確認しようと見た瞬間、私は目を疑った。
死体は全て普通の人間からかけはなれていた。全身は鱗に覆われ、その隙間から血が吹き出し、悶え苦しんだような顔を醜く歪めていた。
少なくとも、先程私が見た時には普通の人間だった。それなのに、一体どうしたんだ?
《龍人:半魔の一種
龍の血を取り込み、人を超えた異形の怪物。
オリジナルの力が強ければ強い程強くなる。
オリジナルには及ばないものの高い身体能力、生命力、魔力を保有している。
龍の血は猛毒であり、それを原液で摂取する必要がある。そのため、多くの人間が到達する前に死亡する》
つまり、さっきの龍……確か、ティアマトだったか。その血を取り込んだ結果、この惨状になってしまった、ということか。
半魔というのが何となく、魔物と人間の融合体と言うのは分かるが……それにしても、何て無謀な。血は高濃度の魔力の塊、それを取り込むことは《魔核》程ではないしろ猛毒だ。
何故そんなことをするのか理解に苦しむが……まあ、真実なんて今はどうだって良いか。
とりあえず、今は死体を埋葬するか。
「うっ……くっ……」
ん……?
死体を埋葬していると、うめき声が聞こえる。気紛れにそちらの方に運ぶと一人の少女がいた。
それは、美しい少女だった。淡い桜色の髪を腰まで流し、血の気が薄いのか肌は病的に白い。瞳は左眼は紅く瞳孔が縦に割れて白目の部分が黒く、右眼は人間と同じく深い青だった。耳は歪に尖り、胸は呼吸しているのか上下に動いている。
また、左腕は鱗に覆われ、背中から簡素な服を突き破り蝙蝠のような羽が生え、こめかみからねじ曲がった角が生えている。
元から美しかったであろう少女の美しさが異形に成り果てた事で、より一層美しいものに昇華している。
……龍人になった、と言うことか?まさか、適性がある者がいるとは予想できなかった。
私は少女に触れようとしたところで、手を引いた。
私が接してどうする。私は、この少女をサポートする事は出来ない。しかし、このままではこの少女は普通の生活をする事はままならないだろう。
私の脳裏に《転生者》によって授けられた知識にある内容を思い出す。
半魔は基本的に奴隷以下の扱いを受ける。一生を暗い坑道の中で過ごす事は当たり前にある。ごく稀に、人体実験の道具にされることもあるが、それでも生きているとは言えない。
……とりあえず、翼や鱗、角を隠そう。少なくとも、人目に触れるような状況をどうにかしないと。
幌馬車の幌を引き裂き布を作ると少女の左腕に巻き付けて縛る。頭は御者が被っていたハンティング帽を被せて無理矢理角を隠し、背中の翼を布で作った身体を覆うようなマントで隠す。
よし……。あとは、私は立ち去るだけだ。
少女の頭を優しく撫でると、私は再び斜面を降り始める。
歩き始めてから数分した時、私は違和感を覚える。
……何故、私はあの少女を救おうと思ってしまったのだろうか。あの少女がどうなろうと、私には関係ないのに。
答えが導くことの出来ない問いに私は一つの仮説が頭を過る。
……あいつに似ていたから、なのだろうか。
脳裏に前世で救えなかった少女の諦めと感謝が混じる微笑が思い浮かぶ。しかし、すぐに打ち消す。
あいつとあの少女は違う。それは確かだ。これは気紛れ、そう、気紛れなのだ。
決して、あいつを救えなかった後悔ではない。あいつを目の前で死ぬのを見届ける事しか出来なかったからではないのだ。