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7 補蛇足

 堂々とした態度で、余裕たっぷりで接する。


 そこそこ由緒ある侯爵家の嫡男として、そして、俺のことが好きな年下の彼女の婚約者として、いつからかそういう振る舞いが癖になっていた。


 幼かった頃、フィーナは俺が何をしても『すごいすごい!』と褒め称え、俺にべったり甘えていた。ちょこまか動いて小動物みたいだし、美味しそうに食べるし、俺の口調が移って時々口が悪くなる。可愛くないわけがない。

 ただ、俺やフィーナの両親が蝶よ花よと可愛がりすぎた結果、フィーナは見事な人見知りのわがままおてんばっ子に成長した。


「ヘリオスがぎゅーしてちゅーしてくれないと、今日の舞踏会は出ないから!」


 しかも、小賢しく知恵をつけた人見知りのわがままおてんばっ子だ。

 最近は一度与えてしまった快感を、何度も味わいたくて仕方ないらしい。キスをねだって、しばしば駄々をこねる。


「わかったわかった。フィーナ、おいで」

「やった!」


 だから今日も、俺は婚約者の可愛いおねだりを、年上の彼氏らしく余裕っぽい態度で叶える。




 フィーナと出掛ける日は、必ずフィーナの家に迎えに行く。待ち合わせや現地集合にするとフィーナがサボるかもしれないから。

 彼女のわがままな暴れっぷりに動じない侍女さんたちは、俺たちが小さい頃から世話してくれている人たちばかりで、第二、第三の乳母って感じ。俺が着くまでに支度を済ませておいてくれる。

 部屋に通されたとき、おめかしさせられたフィーナは決まってむすっとしている、が、


「ヘリオス!」


 俺が入った途端に表情を明るくさせて駆け寄ってくるんだから、マジで可愛い。


「今日のドレス、新しいやつじゃね。すげえ良い。似合ってる」

「新しい? そうだっけ」

「髪飾りともぴったり」

「これはヘリオスがくれたやつ」


 そう言って髪飾りを触り、ふふんとドヤ顔。

 フィーナ、関心の薄いものに対して、どういう風に覚えているのかわかりやすすぎる。気抜いたらニヤけそう、俺。


 ようやくフィーナの夜会用ドレス姿にも見慣れてきた。ざっくり肩や背中を露出させているのが、俺的にはかなり困る。

 その格好でハグを迫られるんだから。


「ヘリオス、いつものやつは?」

「ほら、来い」

「いえーい」

「ん」


 抱きついてくるフィーナにキスをする。あー、ヤバい。

 あの、俺だって優良で健康的なお年頃の思春期男子なんですけど。仮病やら自殺未遂やらダッシュで逃走やら馬車に乗るのを全力拒否も大変だけど、これもこれで毎回俺の理性が試されるんですけど。


 本当は、うちの親からもフィーナの親からも、婚前交渉は禁止されている。フィーナの親は自由すぎる娘を全て受け入れる溺愛っぷりだから、キスすらもバレたら結構まずそう。今のところ、侍女さんや使用人さんが俺の味方してくれてるからバレてないけど。

 なのに、つい誘惑に乗ってしまうのは、見つかるスリルと純真さを汚す背徳感がたまらないせい。


「……ね、好き」

「あぁ」


 キスの間、フィーナは俺がいないと立てないほど、こちらに全体重を預ける。とろんとした半目で甘ったるく息を吐く様は、きっと年齢に見合ってない。


「する度にどんどん気持ちよくなっちゃってる。ヘリオス、こっそり練習してる?」

「んなわけ」


 してるけど言わねえよ。おかげさまで舌でさくらんぼの茎結べるようになったわ。




 約束のキスのあと、フィーナは毎度のこと全身に激痛が走っているかのような苦悶の表情を浮かべて馬車に乗る。そして、降りる瞬間まで両手を重ねてぶつぶつ詠唱。今日は大規模な公爵家の舞踏会だから、特に念入りに。


「公爵家爆発ホール爆発王都爆発世界爆発」

「物騒なこと唱えんな」

「美人爆発美人爆発美人爆発美人爆発」

「あ、着いた。降りるよ。フィーナ、行こう」


 先に俺が降りて、フィーナに手を差し出す。

 公の場でフィーナをエスコートするのは、大人でカッコいい完璧イケメンの俺。なんたって俺は、うちの侯爵家の長男で、可愛い婚約者もいるから。


 フィーナも人前ではそれなりに取り繕うご令嬢になる。挨拶のときはきちんと愛想笑いもして相手の目を見て話す。

 今日も挨拶回りで相手を見上げてはちょこんと会釈。


「こちらは俺の婚約者です。フィーナ、ご挨拶を」

「……ご、ごきげんよう」

「はじめまして、フィーナ様。お噂通りの、まるで花のような人ですね」


 オッサンがニヤけてんじゃねえよ。遠縁のほぼ他人のくせに俺の親戚面しやがって。俺の婚約者って言っただろうが。手出しすんな。と、思っていても爽やか笑顔は絶やさない。俺は次期当主だからな。

 にしても、フィーナは趣味の悪い男をよく無意識に釣る。お菓子でもあげればホイホイついてきそうな無防備感のせいだと思う。首輪でもつけられたら俺の手の届く範囲にいさせるのに。



 フィーナは社交界を嫌っているけど、多分、同じくらい俺も社交界が嫌い。

 言ってて恥ずかしいお世辞も、ユーモア溢れる気の利いたシャレも、乗らなきゃいけない流行りの話題も、オッサンオバサンの過去に囚われたつまんねえ武勇伝も、一応嫡男だから付き合っている。無下に扱えない令嬢たちも、その一環。世渡りすんのも楽じゃねえな。


 俺は嫡男としてのプライドがある反面、爵位も継がずに自由奔放なフィーナの隣で居心地が良いときもある。自由なフィーナワールドに迷い込んで、たまに現実を忘れられるから。

 今だってそう。


「ヘリオスヘリオス、これ美味しい!」

「舞踏会で飯食いに来てんのお前だけ」

「ヘリオスも同罪にしてやる」


 きらびやかなダンスホールとは別の、これまた華やかな食事室にて、フィーナはダンスそっちのけでエビのフリットを俺の口に突っ込んできた。豪快すぎるあーん。

 食事室は、係の者に食事を取らせ、立食式で食べるスタイルだ。踊りたい男女も密会したい男女も新たな出会いを求める男女もおらず、安心してフィーナを野放しにできる。

 フィーナは色々物色したあと、葡萄ジュースの入ったグラスを持ってきて、俺のところにやってきた。


「ヘリオスヘリオス、これも美味しい!」

「なんでも美味しいだろ。公爵家のシェフなんだし」

「それもあるけど、ヘリオスとだから美味しいんだしー」


 ニコニコ笑って俺にグラスを渡してきた。一口こくり。「そうだな」と口にすると、フィーナは満足そうに料理物色に戻っていった。


 マイペースなほのぼの空気に口元が緩みかけたとき、


「あら?」


 食事室にセレネがやってきた。俺を見つけてにこりと佇む。あー、これは待ってるな。社交界で女性に話しかけるのは基本的に男。セレネはそんなの気にしなくていいのに、親しき仲にも礼儀ありすぎるタイプだからな。

 グラスを軽く回してセレネに近付くと、少し離れたところからビシビシ視線が突き刺さった。間違いなくフィーナだ。俺のこと見すぎだろ。俺大好きかよ。

 

「セレネ、こんばんは」

「ヘリオス様、ごきげんよう。先日は当家の晩餐会にお越しくださいましてありがとうございましたわ」

「こちらこそ。楽しかったよ」

「次の機会にはフィーナ様も、ぜひ」

「熱がなければね」

 

 会話の最中もこちらをじっと凝視するフィーナを視界の隅で捉える。目を合わせてやってもいいんだけど、そうしたら『私が見てるのわかってるのに女の人と話し続けるんだ!』と拗ねてどっかに行きそうだから、あえてこのまま放置する。

 焦点は話をしているセレネに。フィーナの視線が熱すぎて思わず笑ったら、フィーナが勘違いしてエアハンカチを食い始めた。ウケる。


 ところで、フィーナは気付いているだろうか。セレネは、俺のいとこだということに。

 セレネは病気がちで田舎に引きこもっている母の妹の娘だ。去年社交界デビューし、シーズン中だけ王都にやってきている。俺とセレネの顔立ちは美人の母親姉妹譲りだから、親戚の中ではわりと似ていると言われている。が、フィーナはあれだけ嫉妬してるから気付いてないだろうな。

 セレネが俺にそっと問いかけた。


「フィーナ様は今日おいでになっていらっしゃるの?」

「来てるよ」

「ま! 今日はどんなご様子でした?」

「爆発爆発って呪文を唱えていたかな。世界爆発、とか」

「あら、まぁ。爆発したらご自分も危ないでしょうに」


 あと実はセレネがフィーナの奇行を気に入っているのも、フィーナは気付いてないと思う。くすくす笑って「他にはありますの?」と聞いてくる。変人観察とはセレネも趣味が悪い。

 ふとセレネが「あ!」とフィーナのいる方向を見てしまった。 


「フィーナ様あそこにいらっしゃるじゃないですか! ヘリオス様、黙っていらっしゃいましたわね?」

「聞かれてなかったから」

「もう! ご挨拶申し上げなきゃ」


 セレネがいそいそとフィーナのところに行き、フィーナは口角を引くつかせて後ずさった。なんだこいつ、と言わんばかりの対応である。

 フィーナはしばし固まったのち、ハッとして俺と腕を組んだ。おそらくフィーナなりの婚約者アピールなんだと思う。


「フィーナ様、ごきげんよう」

「……ご、ごきげんよう」

「ご体調のほどはいかがでしたの?」

「お、お気遣いなく」

「お元気なようでほっとしましたわ!」


 フィーナの苦笑いが止まらないけど、セレネもグイグイが止まらない。俺はちょっと面白くなくなってきた。


「そうですわ。今度、お近付きの印にお茶会でもいかがですか?」

「……えーっと」

「わたくしのお友だちもご紹介したいんです。フィーナ様は観劇に明るいとお聞きしました。わたくしの友人にも、王都横の劇場で今公演中のものを三度も観に行くほど好きな人がいますの」

「え、三度も……本当ですか?」

「もちろん! 彼女もフィーナ様と仲良くなりたい様子でしたから、ぜひお茶会を」

 

 フィーナの目が一瞬輝いて、それを目ざとく察知したセレネによって、瞬く間にお茶会の予定が立っていく。

 穏やかな面持ちをキープしつつ思った。ふーん、女オンリーの茶会か。フィーナに友だちできちゃうな。世界爆発してなくなんねえかな、それ。

 セレネがぽんと手のひらを叩いてフィーナに前のめり。


「その友人、今日も来てますの。良かったら今からお話します? さっきホールのソファーで見かけましたから」

「……あー、いえ、今日は、その、心の準備が」


 フィーナが断りかけたので、俺もそれに乗っかることにする。

 何のためにフィーナに女を紹介してこなかったと思ってんだよ。女のコミュニティーに入られたら、俺が関与できなくなるだろ。フィーナが他人と接してるのに、それに俺が参加できないなんて耐えられない。

 セレネに挨拶してから食事室から出ていく。


「ごめん、セレネ。フィーナはまだあげられない」

 

 俺らは似てるけど、多分俺のが重症だと思う。




 フィーナと踊って、俺の友だちに紹介された子と社交辞令で踊って、不機嫌になったフィーナのフォローして。夜も更けて来た頃、フィーナがうとうとし始めた。帰るか。

 馬車に乗り込むと、どこかから唸り声が聞こえた。野良犬か? フィーナだった。


「ヘリオス、浮気ダメ。ほんと、ダメ」

「してなくね」

「してた。私がいるのに、話したり踊ったり。見えないとこでやってって言ったのに」

「でもお前、俺のことずっと見てただろ?」

「だからずっとしちゃダメなのに。ほんとヘリオスひどい」


 フィーナが俺の腕に頭ごともたれてぶつぶつ言い出す。最後には深いため息。


「もうやだ。二度と行かない」

「次はちょっと間あいて再来週だな」

「なんでそんないじめるの? ヘリオスのバカ」

「逆だわ」


 フィーナの頭をぽんぽん撫でる。

 俺だって人付き合いは面倒だし、フィーナの交友関係広めるような真似したくない。フィーナの機嫌の急降下急上昇は、フィーナの反応を楽しめるから俺は好きだけど、それでも嫌な気持ちにはあんまりさせたくない。


 社交界にフィーナを連れて行くのは、俺が嫡男で、フィーナが俺の婚約者だから。

 貴族として、俺たちはどうせ社交界に出席しなければならない。それなら、ついでに世間へ俺のサボり魔な婚約者フィーナの存在を知らしめたい。

 要は、ただの俺の自己満だ。


「好きだから、俺の嫁自慢してんの」


 いや、これ、本人に言うの、めちゃくちゃ照れるな。

 顔を手で扇ぎながら隣を見たら、フィーナは寝息を立てていた。おい、寝てんじゃねえよ。

 


 次回のドレスコードはどんな色で合わせようか。アクセサリーはお揃いにして仲良しっぷりを見せつけてやろうかな。俺らが不仲とかいう不名誉な噂も払拭したいし。

 色々考えながら、すやすやフィーナのおでこにキスをして頬を撫でる。


 きっと次の舞踏会も、俺は年上らしく余裕たっぷりでフィーナを連れ出す。キスで彼女のご機嫌取りをして。

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