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6 時空歪曲

 時を戻したい。


 そう思って方法を模索し始めたのは、冬が完全に始まったとき。

 招待される夜会の合間に、私は部屋の隅っこで本を読み漁った。過去に戻るおまじないを探すためである。雨を降らせるおまじないがあるのだから、あの頃にタイムスリップするおまじないがあってもいいと思う。

 新聞記事の占い欄、魔術書の本、ファンタジー小説、宗教雑誌。載っている可能性のあるものはあらかた目を通すことにした。多少の犠牲はいとわない。


 時空を歪み曲げてでも、私は、私とヘリオスさえいればよかった世界に戻りたい。




 寒空にも慣れてきた頃、ようやく見つけた。異世界人が書いたと言われている自伝小説の冒頭部分に、『私は一度死んでこの世界に転移してきた』と。そのあとは『私はめちゃくちゃ強かった』、『私は強すぎて魔王を秒で倒した』というイキリ文章が散らばっていたので、真実ではないかもしれない。

 けれど、これは。


「フィーナお嬢様、ヘリオス様がいらっしゃっております」

「えっ!」


 小説から顔を上げる。そういえば、今日も夜会なんだっけ。またヘリオスを取られる苦痛を、味わわないといけないの?

 そんなの嫌だ。


 見つけたのだから試してみよう。真実ではないかもしれないけれど、ただのイキリな文学的虚飾文かもしれないけれど、一縷の望みにかけてでも、私はあの日の自分に戻りたい。

 出窓に向かって走り出す。二階から死なないことは確認済み。でも、頭から落ちればワンチャンある。手足の一本や二本くらいはくれてやる。目とか耳なら片方くらいあげるから。

 だから、私の時間よ、巻き戻れ。


 ヘリオスがセレネさんといちゃつく前に。私たちが社交界に出るようになる前に。

 私とヘリオスだけで完成していた世界に、戻りたい。


 窓の先で、秋と一日の終わりを染めあげる紅葉と夕焼けみたいに、私も一緒に舞い沈んで落ちていった。




「だから、自殺未遂はやめろって」

「……あ、ありがと」

「ありがとじゃねえよ。飛び降りたいお年頃か? 反省しろ、マジで」


 出窓の真下に植えられていた低木は、とてもクッション性が高かった。高すぎて、私を跳ね返した。勢い余って転げ落ちかけたところで、ヘリオスが受け止めてくれた。いつかの日みたいに。

 低木と冬用の生地の厚い服のおかげで今回も事なきを得てしまった。


「フィーナ、最近どうした? 熱出てから変に……いや、元から変か」


 私を抱えて目を覗き込んでくる。おでこを撫でるヘリオスの手は大きくて温かくてずっしりして、少し震えていた。


「今日も上から悲鳴したと思ったら落ちてきて、何? 俺をビビらせんのにハマってんの?」


 なのに、そんな素振りも見せずに大人っぽく笑う。


「おてんばフィーナの面倒は大変だわ」


 ヘリオスもちょっと見栄張ってるんだな、なんて思った。



 遅れて、ヘリオス腕痛めてないかなとか、時間戻んなかったなとか、私死ななかったんだなとか、自分で処理しきれない量の問題がぐるぐる頭の中を回りだす。

 何も整理できないうちにヘリオスに助けられて立ち上がり、手を繋いでお屋敷の中に戻った。使用人や侍女が何か言っていて、よくわからないけど謝っておいた。


 さっきまでいた自分の部屋に戻ってくる。ヘリオスが侍女を下がらせたあと、二人仲良くソファーに腰掛けた。


「フィーナ、どした? シーズン中つっても、今年は荒れに荒れてんな」


 別に荒れてはない。驚きの通常運転だ。

 一昨年は初めての社交界で自分のことにいっぱいいっぱいで気付かなかっただけ。去年は全部仮病で休んだから知らなかっただけ。今年は、社交界に出てしまっただけ。

 社交界に出て、ヘリオスが。自分のスカートをきゅっと握りしめる。


「……へ、ヘリオスが」

「俺が?」

 

 蛾と蝿と害虫と、女神と見せかけた悪魔とまで、ヘリオスが、ヘリオスが。ワナワナ声を絞り出す。


「ヘリオスが、私がいるのに、いる前なのに」

「うん」

「ほ、他の人といちゃいちゃしてた」

「あー……」


 思い出すとつらくなる。私のじゃない女物の香水の匂いをさせるヘリオスも、他の人に笑いかけるヘリオスも、他の人と踊るヘリオスも、他の人のところに行くヘリオスも全部全部嫌。ヘリオスを私から離していく社交界のマナーも礼儀作法も参加者も全部全部嫌い。


「ヘリオスが、私とも踊ってないくせに、他の人といっぱい踊ってた。手握ってた、笑って楽しそうに話してた」

「そうだな、ごめんな」

「イケメンだからって、モテるからって、ドヤ顔してた。ヘリオスのバカ!」

「ごめん、悪かったって。あー、もう、泣くなよ」

「泣いてない!」

「はいはい」


 渡されたハンカチを突き返す。この際だから洗いざらいぶつけてやる。私は立ち上がってヘリオスをビシッと指差した。


「この、この前だって、私が、私が知らないうちに、わざわざ遊びに来たくせに!」

「一昨日のこと?」

「私に、何にも言わずに、そのあとセレネさんに会いに行っちゃって! おっぱい大きいから!? そっちのほうがいいんだ!?」

「別にセレネはそんなんじゃ」

「セレネさんのことかばうんだ! へー! ヘリオスの浮気性モラハラ暴力最低ゴミクズ男!」

「わかったわかった、手振り回すな」


 両腕を掴まれたので脚で蹴ってやろうとしたら、逆に掬われた。バランスが崩れてベッドに倒れ込む。上から押さえ込まれて、私はイライラしてきた。

 ヘリオスがうるさいから出席していたのに、出席したら嫌なことばっかり。こんなことなら去年みたいに病欠で休めばよかった。


「嫌々出席したのに! ヘリオスと他の人のいちゃいちゃ見せられるなら! もう残りの夜会、全部休む!」

「今日は駄々っ子タイム長いな」

「もうやだ! 一生引きこもる!」

「ごめんごめん、よしよし」


 そうやって、子ども扱いして! 頭なでなでは許す!

 おとなしくなでなでを享受する。ヘリオスはなでなでしてくれながら私の目元を拭った。


「不安にさせてごめんな」

「私、学んだ。もう夜会行かないからいい。ヘリオスが浮気したいなら上手にやって。私の前でやったら相手もろとも呪う」

「フィーナは俺がそんなに浮気すると思ってんの?」

「ヘリオスは前科あるもんね」


 ふん、と視線を逸らしたら、ほっぺたを押さえられてヘリオスの正面に向かされた。ヘリオスは眉間にシワを寄せて深呼吸していた。キレかけ寸前の顔だ。舌打ちとともに鼻が当たるくらい近付いて、


「このこと、誰にも言うなよ」


 音もなくキスをした。




 恐る恐る触れるだけだったキスが、だんだん慣れてためらいがなくなって、お互い息が漏れるようになっていく。時々ヘリオスが私の名前を呼んで、角度を変えて、舐めて噛んで食べられて、そして離れた。

 ぬるま湯に浮かんでいる心地が続いてる。それを私に現実だと思わせたのは、強くて速くて激しいヘリオスの脈。いつもは余裕綽々なヘリオスに、余裕がなさそうに見えた。もしかして、もしかしなくても、


「ヘリオス、初めて?」

「……フィーナもだろ?」

「私はライオンくんが初めて」

「それってぬいぐるみの? 嘘だろ、お前」


 ライオンくんは昔のヘリオスがなんでもない日にくれたもの。たてがみが太陽みたいでヘリオスっぽくてお気に入りだったのだ。

 ヘリオスが苛立たし気に、もう一度。キスの最中、ヘリオスの肩に腕を回したらピクッと驚かれた。隙がなさそうなヘリオスも案外そうじゃないらしい。今日は新しい発見ばかり。

 思わずふふっと笑ったら、ヘリオスが悔しそうな顔をした。

 

「……なんか、フィーナ、緊張してなくね?」

「キスくらい脳内シミュレーション済み」

「じゃあ、こんなのは?」


 ヘリオスがこちらを窺いながらまたまたキス。と同時にヘリオスが胸元をいじり始めた。なんとブラウスのボタンを外している。えっ。


「ま、待ってヘリ、ん」


 キスで黙らされた。その間にも、ヘリオスはスカートのベルトを緩めていく。目を見張ると、ヘリオスのいたずらなお目々と視線がぶつかった。


「俺も脱がせんの脳内シミュレーション済みー」


 するすると脱がされてさすがの私も慌てた。はだけたブラウスをなんとか寄せる。今日の下着も可愛くないから、ヘリオスにだけは見せてはならないのだ。


「ま、まだ外明るいから」

「だな。早くしねえと」

「せ、せめて暗く」

「どうせいつか見ることになんのに?」

「きょ、今日はだめ」


 ヘリオスを見上げたら、ちゅっとおでこにキスされた。背中と膝裏に腕を回して私を持ち上げる。立ってくるっと向いた先にはベッド。


「よし。じゃあ、フィーナには今からちょっと頑張ってもらうか」


 ベッドに歩いていく。嘘、嘘嘘嘘。こんな形で結ばれることになる、



「じゃ、フィーナの支度お願いしまーす。時間ないんで、倍速で!」


 と思った私がバカだった。

 私はベッドの横にある三面鏡の前に座らされ、ヘリオスの一言でドアから侍女たちが続々と入室してきた。一人はウォークインクローゼットから夜会用のドレスを取り出し、一人は櫛を手に私の髪を整え、一人は化粧品を用意し始めた。


「へ、ヘリオスどういうこと!?」

「フィーナ、今日音楽鑑賞会なの忘れた? マジで急いで」

「鑑賞会!?」

「殿下主宰のやつ。さすがにこれは欠席できねえから頑張ってくれ、頼む」


 手を合わせてちろっと舌を出す。お願いポーズは可愛いけど、今のヘリオスがしても全然可愛くない!


「こ、こんな無理やり支度させるの!? 私があんなにも嫌って言ったのに!」

「それはごめんって。けど、俺だって一人嫌だもん」


 な、なんだこいつ、なんだこいつ! 私はどう見てもヘリオスと甘々でとろける夢のひとときを味わう気満々だったのに、今から夜会だなんて正気の沙汰か!?

 文句を言おうと口を大きく開けたら、ヘリオスが屈んで私の耳に口を寄せた。


「フィーナが行ってくれたら、後日またキス。それでどう?」


 私が行ったら、またキス。私は開けた口を静かに閉めた。ふむ、たまには音楽鑑賞会もよかろう、よかろう。


「交渉成立」

「よっしゃ。皆さん、よろしくお願いますね」


 ぽんと私の頭を一撫でしてヘリオスは退室していった。

 後日、キス。後日、キス。ワクワクドキドキ。まぁ、未来でもヘリオスと二人きりの時間が楽しめるなら、時間なんか戻さなくてもいいと思う。むしろ、さっさと今を飛ばしたいくらいだ。

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