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5 ティータイム

 死にかけている。


 パンデミック大作戦後、私の風邪は見事に悪化。上がりに上がって死にかけている。

 私が命を賭して果敢に決行した作戦はどうなったのだろうか。ヘリオス調べによると、あの舞踏会のあと熱が出ているのは私だけだという。なんで?

 あの夜、私は確かにセレネさんや害虫どもに病原菌さんをお裾分けしたはずなのに、どうして。まさか、みんなは病原菌さんをもてなさなかったのか、薄情者め。


 いや、熱はピークを過ぎ、そこそこ下がってきている。

 だから、死にかけている理由の本命はこっち。私を殺しかけている者がいるのだ。


「か、帰って!」

「は? なんでだよ」

「あ、会いたくないの!」

「なんだそれ。意味わかんねえな」


 ヘリオスがやって来た。




 仮病三昧だった昨年も、ヘリオスはお見舞いに来てくれていた。が、そのときは前もって連絡がきていた。事前通知してくれていたのだ。

 だから、ヘリオスが来るとわかっている日はきちんと起きて着替えて髪も整えてメイクもし、可愛い可愛いフィーナちゃんでお出迎えできていた。予告がない日も、ヘリオスは五日に一回はやってくるので身嗜みは欠かさず気を付けていた。


 なれど今回は、ガチの病床人に対してアポ無し電撃訪問。ヘリオスの馬車が見えてから慌てて侍女に起こされ、今の私は寝起きのむくむく顔にボサボサ髪パジャマだ。こんなの、何が何でも見せたくない。

 ドアを開けられないように押さえて、扉の向こうに立っているヘリオスに話しかける。


「とにかく今日は帰って!」

「せっかく来たのになんで?」

「熱がヤバめなの! こんこんけほけほ!」

「声近いんだけど、お前、ベッドから出てね? 元気じゃねえか」

「べ、ベッドですけど!」


 痛いところを突かれた。急いでベッドにダッシュ。ドアノブから手を離して駆け出した瞬間、背後から扉の開く音がした。


「フィーナってほんとバカだなー」

「あわわっ」


 ヘリオスがとんでもなく悪いしたり顔で乙女の部屋に不法侵入。私はベッドにダイブして顔面隠蔽。まずいまずい。パジャマはワンピースタイプだからギリギリいけるとして、髪も手櫛でなんとかしよう。この際、顔さえ守れたらいい。

 髪を梳いていたら、ギシッとベッドが鳴いてすぐそばにヘリオスの気配を感じた。


「フィーナ、何してんの」

「へ、ヘリオスこそ、なんで来たの」

「見舞い」

「いつもは連絡してくれてたじゃん」

「たまには無しもいいと思って」

「バカ!」


 その気まぐれで、私の健やかな安寧の睡眠は乱されたんだぞ。どう責任取るつもりなんだ。

 当て付けに片腕を振り回したら、ぽかっと何かに当たった。多分ヘリオスの腕か脚か胴体。思ったよりも近くに腰掛けているみたいで、叩いた私のほうがびっくりした。

 

「ちょっとくらい顔見せろよ。婚約者様の見舞いだぞ」 

「ほんと無理。やだやだ、見せませーん」

「パンツは見えてるけど」

「うっさいバカ!」


 慌てて掛け布団でお尻を隠す。さっきからスースーするなぁとは思っていたけど、文字通り頭隠して尻隠さずになっていたとは。私、絶対間抜けだった。恥ずかしい恥ずかしい。

 これは乙女の秘密を覗き見たヘリオスが悪い。乙女心を理解していないヘリオスが、これまた乙女心を理解していない質問をしてきた。

 

「なんで嫌なの」

「寝起きだからに決まってるでしょ!」

「それだけ? んなの気にしなくてもよくね?」

「気にする! 気にしまくり!」

「あっそ」


 こつんと後頭部を小突かれた。おそらくグーで。うう、暴力男め。

 次は何をするんだ。今度は反撃してやる。身構えていたら、後ろ髪を束ねられる感覚がした、直後に首を掴まれた。ひい。


「し、絞め殺す気!?」

「んな物騒なことするかよ。体温確認」


 素知らぬ顔をしていそうな声色で、ヘリオスのお手々が、すり、と肌を撫でるようにパジャマ内に侵入。肩甲骨のあたりをペタペタ触り始めた。そのまま脇から体の前面に回り込む。え? ヘリオスさん?


「え?」

「ん?」

「や、どこ触っ」

「脇、どこ。ここ?」

「ま、待って、あはっ」


 脇の下をくすぐられた。こ、こやつ、それはずるいぞ。笑っちゃうし、顔が見られちゃう。逃げねば。手を伸ばして枕を取り、顔面に押さえて高速ローリング。ヘリオスから離れて、こちょこちょ攻撃から抜け出すことに成功した。

 ベッド端で呼吸を整えていたら、ヘリオスが笑いながら言った。


「熱、なくね?」

「ヘリオスのせいで上がったよ」

「軽口叩けるなら元気だな。起きろ」

「体、だるめ、本当に」

「そうか」


 笑わされ疲れてヘトヘト。顔を隠すというハンデがなければ、私が仕返ししてボコボコにしたのに。

 枕に顔を伏せていたら、枕を横から引っ張られた。なぬ。ぐぐっと引き戻す。


「なあ。だるいなら、なんか飲む? 俺が使用人さんに頼んでやるよ」

「あ、あとで飲むからいらない。ちょっと、枕」

「じゃあ食う? 俺、果物とかプリン持ってきたけど」

「ありがとう。あとで食べるから枕引っ張らないで!」

「お前、どこにそんな力秘めてたんだよ……」


 ヘリオスが諦めて枕をかけた攻防戦は終わりを告げた。


 さすがの私でもわかってきた。くすぐり攻撃も、元気認定して起こそうとするのも、飲食を勧めてくるのも、枕を取り上げようとするのも、全部顔を見るためだ。

 私が顔を隠そうとヤケになっているのと同じで、ヘリオスも顔を見ようとヤケになっている。


「今日は何が何でも顔見せないから!」

「……強情だな、マジで」


 ひっくい声と舌打ちが聞こえた。こ、こわ。顔見せてないだけなのにキレられた。


「ヘリオスめちゃくちゃ怖い!」

「はぁ? めちゃくちゃ優しいだろ」

「いーや、めちゃくちゃ怖い!」

「逆だわ。めちゃくちゃ優しいだろ」


 永遠に平行線を辿りそうな両者の言い分は、私が肩を掴まれて幕を閉じた。焼いたお肉をひっくり返すかのように、いとも簡単に私は仰向けにひっくり返された。二の腕を持ち上げられて、私のノーメイク顔が白日の下に晒される。

 そこで目の当たりにしたのは、ヘリオスの勝ち誇ったニヤリ顔。


「襲われてないだけ感謝しろ、綿パン」

「う、うっさいうっさいバカバカーッ!」


 ヘリオスの顔面に枕を投げつけてやった。




 メイクする時間はなかったので、服と髪のみ整えて私の部屋のソファーでティータイムをすることになった。紅茶のお供はヘリオスの持ってきた旬の果物たちとプリン。

 今日はぐうたら寝ていて朝ご飯を食べ損ねたので、いくらでも食べられる気分だ。ぱくぱく食べていたら、ヘリオスに呆れられた。


「セレネがフィーナの様子はどうって心配してたけど、杞憂だったな」

「え、セレネさんと会ってるの?」

「手紙」

「……ふーん」


 文通してるんだー。ふーん、ふーん、そうですかー。あー、リンゴ美味しー。


「何、その顔。やきもち?」

「べっつにー」


 婚約者たるもの、その程度で嫉妬なんかしませんけどー。あー、プリン美味しー。


「他の人、元気なんだなーって思って」

「何回も聞いてくるよな、それ」

「だって、大規模パンデミックになるはずだったのに」

「なんで俺の婚約者ってこんなにバカなんだろ」

「あ! バカって言うほ、こほっ」

「お前、ゆっくり食えよ」


 私の食べるスピードに体が追いついてこなかった。そのせいで気管に入ってむせた。

 ヘリオスは私を一瞥して紅茶のカップに口をつけた。


「お前の風邪、季節の変わり目のやつだろ?」

「うん」

「それって、パンデミック起こせるようなヤバいウイルスとかじゃなくて、単にお前が防ごうとしなかっただけじゃねえの」

「……ほう?」

「フィーナが熱出したのはお前の防御力が低かったせい」

「それはつまり?」

「お前が雑魚だった」

「と見せかけて実は?」

「いや、認めろよ。帰ってからちゃんと手洗いうがいしてるか? 疲れてそのまま寝てんじゃねえの。ドレス脱ぎっぱでパジャマ着てない、とかな」

「……う」


 記憶を辿れば、確かにそうかもしれない。ヘリオス、超能力者か? 図星すぎて言葉に詰まる。

 押し黙っていると、ヘリオスが申し訳なさそうに息を吐いた。


「まぁ、色々連れ回した俺も悪いか。フィーナ社交界嫌いなのに、ごめんな」

「……あ、いや」


 そんなにも弱々しく謝られたら、私も非を認めるしかない。


「わ、私も気を付けてなかった。ごめん」

「おとなしくして、しっかり治せよ」

「うん」


 ヘリオスがにこっと笑う。

 なんだか、ヘリオスはいつも私より一枚上手。私は頑張って張り合おうとしているけれど、こうも毎度、手の平の上で踊らされていると時々嫌になる。ヘリオスは大人で、私は子どもすぎて。

 私たちの二歳差はあまりにも大きい。



 空が赤く色付き始めた頃に、ヘリオスは帰っていった。見送りはいらないと言われたので、自分の部屋からヘリオスの馬車を見送った。うちのお屋敷の庭を通り抜け、外の通りへ。

 あれ。ヘリオスの馬車、いつもと違う方向に曲がっていった。


 

 ヘリオスと入れ替わるように母が帰宅した。今日はお茶会に行っていったはず。リビングに会いに行ったら、お土産の焼き菓子の詰め合わせをくれた。


「ありがと。あとで食べる」

「今食べないの?」

「さっきプリン食べた」

「今日のおやつ? いいな。余ってない?」

「ヘリオスがお見舞いで持ってきたやつだから余ってない」

「えー、ママ、プリンの口になったのにー」


 母がソファーに倒れ込んで、ヤイヤイ文句を言い始めた。私が詰め合わせの焼き菓子を一つ渡したら黙った。うう、お母様が食べてたら私も食べたくなってきた。

 結局、二人とも本日二度目のティータイムに。母が「ヘリオスくんといえば」と切り出した。


「今夜は晩餐会にお呼ばれしてるんだって。大忙しだから、ヘリオスくんママ心配してた」

「晩餐会?」

「そうよ。ほら、あの男爵家でって」

「どの男爵家?」

「あれよ、あれ。ほら、あの……もう、察してよ、フィーナ!」

「お母様こそちゃんと思い出してよ!」


 二人で見合って、しばし。ついに母がぽんと手を叩いた。そうして言ったのは、セレネさんのお家の名前。


「娘さんに一人ヘリオスくんと仲の良い子がいるらしいんだけど、えーと、誰だったっけ」

「……セレネって名前じゃない?」

「そうそう! よく知ってるのね、さすが我が娘!」


 知ってるも何も、セレネさんは女神で、それで、ヘリオスととっても仲の良い人だから。


 もそ、とマドレーヌをかじる。

 ヘリオスは知り合いがいっぱい。仲の良い人もいっぱい。私は友だちすらヘリオスだけ。

 年の差以上に、交友の差は大きく大きく広がっている。


 私もヘリオスもお互いしか友だちがいなかったときもあったのに。あーあ、遊んでいたらいいだけだったあの頃に戻りたい。

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