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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファンタジー寄せ集め

おめでとう、女神は失意の内になくなりました

作者: アロエ



真っ黒に焼け落ちた遺骸は嫌な臭いを周囲に撒き散らす。


その塊が数時間前まで確かに息を吸い生きていた年若い女の成れの果てと知るのは火刑を見物しにきていたものたちだけ。風が吹けばぼろぼろと崩れ落ちるその脆いものに興味を失くして人々はそれぞれの日常や私事に戻ろうとしだした。



しかし。



突如として世界の中心から響くような慟哭が響き渡った。


心が引き裂かれ、気を違いてしまいそうな悲痛な女の声。それが幾重にも重なったように延々と轟くのだ。時間にしてはそれほどにかかっていなかったかもしれない。人々は声の主を探して周囲を探るが姿は見られず、皆耳を覆って耐えるしかできない。そして暫く経ってから波が引いていくようにそれが収まると今度は天に昇っていた太陽が黒く染まり始めた。


各国で同じ光景を見た人々は恐れ慄いた。天変地異の始まりだと。これからの世界の行く末と自分たちの生活に文字通り影が射すのをそこに見て恐慌に陥った。



処刑場で天を仰いでいた彼らも悲鳴をあげ我先に逃げ出そうとしたが叶わなかった。王族、貴族、民、処刑人。皆一様にその場に縫い留められたように身動きの一切を封じられていたのだ。


王子にしな垂れかかっていた高貴な身分の令嬢が言い知れぬ恐怖に泣き出し、王子や国王は何とかしろと兵や臣下を罵り唾を飛ばし王妃だけは先程までこの場に存在しなかったものに気付いて驚きに目を見開いていた。


王家のもののみ上がる事のできる見物席の端にその女はいた。


踝にまで伸びる長く、うねる黒い髪と紫の目をした褐色肌の美しい女。


この国にも周辺国にも見られない金色の装飾品を両手足につけている。いや、それは装飾品というよりもまるで罪人を戒める拘束具のような作りをしており――



「ふ、ふふふっ!ああ、お喜び申し上げましょう。あなた方はとても愚かしく、愛しい行いを致しました。女神の後継たる娘を殺し、女神の心を切り裂きあんなにも崇め奉っていた女神そのものを堕して殺してしまうだなんて。なんて、なんて愉快なことでしょう!ふふ、ふふふふふふふ!!」



王妃の視線の先に気付きもしなかった人々を知ってか知らずか、美女は哄笑しだし役者のようにその両の腕を開いて黒く汚されていく太陽に向けては歌うように言い、皆がその言葉を聞いて息を飲んで顔を青ざめさせた。


処刑により命を散らした少女は大罪を犯したとされていたが、元は平民出身の類い稀なる才を持つ聖女だとも言われていた少女だったからだ。治癒の力を持ち、少女が望めばどのような傷も病もたちどころに治った。故に教会にて保護し幼い頃より各地での奉仕活動にも携わってきていた。


貴賤の垣根もなく甲斐甲斐しく人に寄り添い尽くす彼女をありがたく思い、聖女よと崇め、人々は救いの手を求めて群がった。



噂が噂を呼び、一時は死の淵にあった王妃の命をも救えと王命で有無を言わさずに呼びつけられ。しかし彼女は緊張しながらも無事に王妃をも救い、国王よりその功績を称えられ王子との婚約も決まっていたのだが。……果たして少女は心の底より彼との婚約を望んでいたのか。彼女の力を取り込みたい王家の野心やもくろみは無かったと言い切れるのだろうか。


現に、相思相愛などにもならず、政略による婚約を結んでいた彼らは高貴な身分の令嬢の登場によって終わりを告げた。


本来であれば平民である少女に王子の婚約者は相応しくないと主張をし、事ある毎に少女を貶し追い詰め王子には耳障りのよい嘘を吹き込んだ。曰く、少女は王家の何たるかを理解するほどに頭がよくない、母親は娼婦くずれの女だ。そんな卑しい女がいずれ国王となる王子には似合うはずもないと。


高貴な令嬢はその生家で大切に扱われ、服なども一級の品を身に着けていたが清廉さを求められた少女は後ろ盾としてそれなりの貴族の養子として身分を与えられてもいるも養父以外の家族との折り合いは悪く、時代遅れの服に髪も年配の使用人に二、三撫でるくらいにしか梳いてもらえないような有り様であった。


兄となった男は突然やってきた妹の見目をドブネズミのように見すぼらしいと吐き捨て、養母は金の生る木としてしか少女を扱わなかった。商売品の手足や見えるところには傷はつけさせないようにと使用人には言ったが躾と称し背や腹など隠れる場所に鞭をふるった。


その頃には日々の奉仕は高い金を積めるもののみとなっていたが、奉仕の時以外は邸の屋根裏に閉じ込められ一切の外出を禁じられ。王子がくれば面会の為に広間への出入りを許されてはいたようであるが、今となっては誰も真実を知るものも、語る口を持とうとするものもいない。



誰も彼女を顧みず。誰も彼女の罪の有無を確かめず。誰も彼女の伸ばした手を取る事はなかった。



反論する口を持たないもの、救われたのに掌を返したもの、ただただに聖女を疎ましく思い口悪く罵ったもの、嫉妬に狂って噂に尾鰭を付けるのを是としたもの。様々なものたちが視線を逸らし、或いは地面を睨みつけたり女自身に違うと小さく呻くように言葉を返す。



もちろん、そんな小さな囁きを美女が拾うことは無い。両手を開いたままにくるくると舞い踊り出す彼女は楽し気に高い見物席よりとんと飛んで降りては真っ黒になった彼女のもとへと近づいて行く。


燻り煙を上げ続けるも構わずに燃えかすの上を渡るがその靴に火が燃え移る事はなく、漆黒のドレスにも灰も被る事もない。そうして正面にと立ち見上げるほどの距離で優雅にドレスの裾を摘まみ淑女の礼をした。



「哀れで、愛らしい女神の娘。今生は幸も救いもなく、苦しみの中で過ごされてきたかもしれないけれど、良かったわね。これからはずっと親子ともにいられるわ。おめでとう、あなたはずっと家族の愛に餓えてきましたものね。これ以上の幸福はないでしょう?」



おめでとう、おめでとう。


言祝ぎを口にしているかのように明るいその声音に、遂に不安が心よりあふれた王が口の端に泡を作って美女に罵倒するような大きな声で貴様は何を言っているのか、貴様がこの呪縛の原因ならば即刻解放しなければ命はないとおどしをかける。


美女は一瞬目を丸くしてパチパチと瞬きをしてから吹き出し笑った。



「ほほほほほほ、あなたみたいな矮小な人間が?わたくしに手が出せると本当にお思いで?流石は女神をも殺した傲岸さ。わたくしの予想を上回る愚かしさですわ」


「な、なんだと?!無礼な!衛兵!あのものを早く捕らえて殺してしまえ!」


「誰も動けやしないのをわかっているでしょうに、本当にお馬鹿さんね。そんなお馬鹿さんにいい事を教えましょう。あなた方が聖女として崇めてきたものは、生まれてから死ぬまでの流れの内に次代の女神を継ぐための徳や記憶をためるためにこの世界に生まれてくるもののことを示すのよ。善い行い、優しくされた記憶を多く持って寿命を迎えられれば女神を継ぐ際に人をより愛し、守りもしてくれる。けれどその逆は……ふふふ、賢い皆さんなら言わずともお分かりになるでしょう?」


「そんなっ!!そんなはずはない!あの娘は、あの娘がそんなたいそうな生き物であるはずがあるか!」


「……辛く悲しく惨めに寿命すらまっとうできずに散らされ心閉ざした聖女が、女神など継げる訳がないでしょうね。人を恐れ、人を憎み、人から遠ざかり、暗い場所に堕ちていく。母たる女神も娘の境遇にさぞかし心を痛めたでしょう。あの叫び、お聞きになって?まさに世界の終わりの音色に相応しい、終末の調べだったではありませんか」



クスクスと笑う女とは対称的に顔を真っ赤にして怒鳴り喚いていた国王は真っ青を通り越し顔を白く紙のようにして動揺を示す。


この女の言葉が真実であるかどうかもわかりはしないというのに。


けれど先程響いたあの聞いているものの心が締め付けられるほど悲痛な女性の声がそれを嘘だとは断じさせてはくれなかった。



「自分より劣ると思っていた立場の少女一人をよってたかって攻撃して悦に浸っていたのでしょう?罪悪感なんて欠片もなかったでしょう?胸がすく思いをして、本当にそれで終わると思っていたの?ないものを作り上げて、どこかで何かが生じてそれが自分たちに返ってくることすら考えていなかった?ふふ、ふふふ。ああ、だからあなたたちは愛らしい」



ねえ、聖女。と真っ黒いそれに同意を求めるように話しかけ、美女は手を伸ばしその頬を挟むとそのまま少女の頭部を引き寄せた。


当然脆くなっていたそれは簡単に彼女のしたいように胸元にと埋められる。


子をあやすようにそれを抱き、彼女は先程と同じようにくるくると燃え尽きた木々の上を舞う。



「罪を作り上げ、貶め、辱め、汚し、壊し、光を奪い、命を奪い、されど神の怒りを買う事もなく。神は失意に人を捨て、絶望の淵で娘を追った。神を失った世界はどうなる?愛を、恵みを、豊かさを、陽の光を。これから凍てつく夜が来る。誰に助けを求めようと助けは齎されない。母を慕うものも、母の作った兄弟、姉妹たちも共に堕ちた。闇が来る。破滅までの短い饗宴。――さぁ、歌いましょう。祝いましょう。踊りましょう。狂いましょう。それが最後に私たちにできること。さぁ、さぁ、さぁ」



頭のネジが外れた狂人のようだった。


いや、狂人だったのだろう。



「私の名は――・――――、神に最後に作られた人に寄り添い、悪徳をよしとし、すべてのものに破滅を願うもの」



この星の行く末をしかと見届けてともに果てましょう。そう彼女が口にすると人々の自由が解かれ、皆我先にと逃げ出し始めた。もうどこにも逃げ場などこの星にはないというのに。



逃げて、その先で災害に遭い命を落とすもの。天変地異が起き出してから懺悔をと地へ天へと許しを乞い涙を流して這いつくばるもの。


そのどれをも女は等しく愛しそうに眺めた。彼らの終わり方を一つ一つと眺めていって。最後の一人となるのも喜んで星とともに崩壊していった。





神が娘を追って行ったのに続いたのは天使たちや精霊などこの世界を回すのに必要不可欠なものたちだったので、徐々に星は力を失って作物も育たなくなり水も飲めなくなり少しずつ生物が減った後にすべてが滅びます。


踊ったり歌ったり笑ったり忙しなかった美女は神に追従せず残った唯一の悪を司る分野の人で、その経過をじっくりと一人で楽しんで、やがて星の崩壊に身を任せるままに消滅することを望みます。


愚かな王子も国王も、野心の強い高貴な娘と両親も聖女に石投げた恩知らず民も面白がって愛してるので生み出した神様には実は嫌われてたり。


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