犠牲者 (2)
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俺は苛立っていた。
何故、絵里は俺に振り向いてくれないのだと。そして、絵里が倒れた時、戸田の野郎がしゃしゃり出て彼氏面していたのかと。
キャンプの時の肝試しの時もそうだ。絵里のヤツは俺の気持ちに気がついているハズなのに、あの時も拒否し続けた挙句、あの廃墟内でもまるで人形の如く俺に引きずられるままだった。
せっかく格好いい所を見せるチャンスだと思っていたのにだ。
昨日も俺が羽生の野郎に追い出された後、絵里につきっきりになって病院まで行ったのも戸田の野郎だ。
今、仲間達に絵里の事で質問されているのもアイツだ。
それが無性に腹立たしく、うらやましくもあった。本当なら、あの立場にいるのは俺のハズだろう。
ついついその怒りで本音が漏れそうになる。『クソ。何故、俺ではないのだ』と。
戸田が絵里の容態について聞かれて、悔しさを滲ませた苦痛の表情を浮かべるのをみてその怒りが爆発してしまった。
「なんでお前が絵里の彼氏面しているんだ!!」
このまま戸田の野郎の胸倉を掴み一発顔面に拳を食らわせてやりたい。食らわせた後、徹底的にとっちめてやる。その瞬間だった。
「ティロリロ~ン♪ティロリロ~ン♪」
こんな時に緊急速報の音なんて鳴らす悪戯をする奴はどこのどいつだ?!俺の邪魔をするな!こんな天気のいい日に気象災害なんて起きるはずもなければ、訓練の通知なども発表されていないのに心臓悪い音を鳴らすな。
普通なら1度鳴れば鳴りやむはずの緊急速報の音がずっと鳴り続けていて余計に俺の神経を逆なでし続ける。
とりあえず、ここは一度冷静になるためにスマートフォンを取り出し、警報を解除すべきだろう。
ポケットからスマートフォンを取り出し、解除の為に画面を表示させると気持ちの悪いメッセージが表示されていた。
『オマエダケハナニガアッテモユルサナイ・・・イマスグムカエニイク』
なんだこれは・・・俺は誰かに怨みでも買ったのか?思い当たる節はないのだが。何度も消去しようと画面をタップするが一向に消去される様子はない。
そして鳴り続ける警告音に俺の苛立ちはますます募るばかりだ。
思わず、その苛立ちからスマートフォンを地面に投げつけた。力いっぱい投げつけた。
これで音は鳴りやむだろう。鳴りやまなければそのまま破壊してしまえばいい。
力いっぱい投げつけたお陰か、スマートフォンは鳴りやみ静かになった。
これで今度こそは戸田を締め上げる事が出来ると戸田に近寄ろうとした時、高崎のヤツが俺が投げつけたスマートフォンを拾い上げ俺に渡そうと持ってきた。
高崎のヤツも俺の邪魔をするのか―――高崎のヤツも後で覚えていろ。
ヤツが俺に拾ったスマートフォンを手渡そうとした時、スマートフォンの画面から何やら黒い物体が俺に向かって蠢き向かってくる。
その黒い物体は画面から溢れ出すと先細った人の手のような形になり、何本にも別れて俺を鷲掴みにしようと迫ってくる。もう少しで俺の足が捕えられそうになった。
「く、くるな!!」
俺はその黒い手から逃げる為に走り出した。もしここで捕まったらどうなるか分からない。こんな正体が分からないモノに捕まるわけにはいかない。
安全な場所に、人が居そうな場所に逃げ込めば助かるだろう。その思いで校舎の方へ走る。
時折追いつかれていないか後ろを振り返ってみると、先ほどの手のような物はどんどん姿を変え、何時の間にか人の姿のようになっていく。
その姿が恐ろしく、何度か俺は石畳でつかえてこけそうになったがなんとか校舎まで辿り着く事が出来た。
中に入ってしまえば俺の勝利だ。校舎の中には、学校関係者がいるのは確実だ。この気味の悪い奴もいずれ捕まる。そう思っていた。
俺は一息つく間もなく、校舎内に飛び込んだ。玄関を入るとすぐにあるのはガラス張りで外から大量の日の光が降り注ぐロビー。
この先には受付があり、必ず人がいる。これで安心だ。思わずほっと胸を撫でおろした時。俺を追いかけてきた何時ものメンツが持っていた俺のスマートフォンがけたたましく鳴り出した。
「ブオッブオッブオッ―――」
地震の際に流れるあの緊急速報の音。あの心臓に悪い音だ。
その音を耳にした瞬間だった。俺の目の前には、あの黒い物体が人の形をして仁王立ちしている。
その黒い物体の顔は・・・絵里にそっくりだった。
絵里にそっくりな黒い物体はどす黒い笑みを浮かべると俺に向かって『この怨みをはらさないでいられようか―――』という顔をした。
そして黒い物体から何本にも伸びた腕や手が俺の両手両足を掴む。
「うわ!よせ!!!助けてくれ!!!」
心からの叫びだ。何故、俺が怨まれなければならないのだろうか?全くわからない。何故、俺が拘束されなければならないのだろうか?と。
叫び声をあげた瞬間、俺の頭上とロビー周辺のガラスが一斉に割れ、一気に俺に降り注いだ。両手両足を拘束されている俺は逃げる事が出来ない。
頭上から落ちてきた大きなガラス片が、俺の右腕を落ちてきたガラスが切り裂いた。切り裂かれた瞬間は痛みを感じなかった。どくどくと血が流れだすのが分かり、体の下に血だまりが出来始めた頃、激しい痛みに襲われた。右腕の次は左腕、右足、左足と次々と切り裂かれていくのがわかる。全身が冷たい氷の刃を充てられたかのような感覚に襲われた後、まるで熱湯につけられたかのように熱くなっていく。
目の前にいる絵里の顔をした黒い物体は、クスクス笑いながらその様子を見ていた。まるで小動物が恐怖と痛みに耐えながら嬲り殺されているのを楽しむかのように。
俺は全身から血の気が引いていくのを感じながら力なく倒れてしまった。
倒れた際に横を向くと俺の周りには大きな血の池が出来ている。今の俺は立ち上がる事もままならないだろう。
頭上から俺へのトドメとばかりに物凄い音をたてながらガラス片が落ちてくるのがわかった。何処に落ちてくるかまでは分からないが、きっと俺に向かってきているのだろう。
目の前にいる黒い物体は俺の事を許す気はないのだろうから。だから、こうやって実体化して来ているのかもしれない。
遠退いていく意識の中、俺は自らの終わりを感じつつあった。腹部に物凄い痛みと頭と身体が繋がっていないような感覚に襲われた―――。
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僕は今目の前で起きている事が信じられなかった。
一体、何が起きているのだと現実感がなかった。いや、現実感がないというよりも、今、目の前にあるのが赤城の遺体というのは理解は出来ている。
まるで何かからの警告とも思えるような無残な状態になっているのが赤城だという事も。
今ある目の前の状況をまずは受け入れなければならない。
地震が起きたわけでもなく、爆発が起きたわけでもないのに、ガラス張りの天井や周囲の窓が割れ、赤城がそれに巻き込まれた。今言えるのはそれだけだ。
呆然と今ある現実をこれからどうすべきかを考えていると、藤岡さんがぽつりと呟いた。
「まさか・・・これって・・・」
僕はその言葉を聞き逃さなかった。もしかすると藤岡さんは何か心当たりがあるのかもしれない。そう直感的に思えたから。
「藤岡さん、何があったのか教えてもらえるかな?差し支えなければだけど。」
藤岡さんはポツリポツリと思い当たる節を話し始めた。
そう、僕が行く事が出来なかったあのキャンプでの出来事を。
お読みいただきありがとうございます。
この続きは2020/06/28 21:00頃に公開します。
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