想い
19. 想い
教授達によってあの廃墟の調査が進む一方で、絵里の容体はまだ回復する様子が無かった。
何度か時間を見つけては、大学病院ヘ足を運んではいたのだが、一向に目覚める様子はない。
ただ、調査が進むにつれて、彼女が苦しむような事は無くなったように思える。きっと、絵里を苦しめようとしていた怨念が少しずつ解放されて行っているからなのかもしれない。
そんな状況が続き、調査も佳境に向かったある日の事だった。
何時ものように彼女のいる病室へ足を運ぶ。
絵里がこのようになって1ヵ月近い。正直、僕の中では彼女はこのまま目を覚まさないのではないかと言う不安が日々大きくなっていて、今にも圧し潰されそうな状態になっていた。
普段はあまりしないのだが、この日は何故か、無性に彼女が今も生き続けているのか、どうして目覚めないのか気になってしまい、思わず、頬に手を近づけて確認してしまった。
掌から伝わる彼女の体温はほんのりと温かい。
その温かみを感じた時、僕の頬を一粒の涙が流れ落ち、彼女の顔を濡らした時だった。
「うぅぅん・・・」
何か懐かしい声が聞こえた気がする。そして、彼女の頬にあてた掌からも、何か動いたような感触が伝わってくる。
その感触に思わず驚き、僕は急いで彼女の頬から手を離した時―――ゆっくりと絵里の目が開いた。
この時ばかりは、神も仏も信じないオカルトじみた事も信じない僕ではあるが、神と仏に感謝するばかりだ。
いや、感謝するなら神や仏ではなく、きっと絵里を今まで守り続けてくれたあの娘に対してだろう。
「おはよう・・・俊君、ずっと私の顔を見つめているけどどうしたの?」
目覚めたばかりの彼女が言葉を発した瞬間、半ば諦めかけていた所もあっただけに、彼女の声を久しぶりに聞けた事と、彼女の美しい瞳をまた見る事が出来た事で、僕の自身が安心をしたのか、はたまた、失いかけていたものを取り戻せた喜びなのかは分からないが、思わず、嬉し泣きをしそうになっていた。
そのせいもあってか、上手く言葉に出来ずにいた僕を見た彼女は心配そうな顔をしていた。
「なんか、今日の俊君、ヘンな気がするけど・・・。どうしたの??」
まだ、彼女自身は自らの身に何があったのかは気がついていないようである。この様子なら、聞かれるまではどんな事があったのかは話す必要はないだろう。下手に話して、病み上がりと変わらないのに無理をさせるのは良くないだけに。
「ああ、大丈夫だよ。なんでもない。それよりも絵里は大丈夫かい??」
そう聞くと、彼女は何かを考え込むように答えた。
「う~ん、大丈夫と言えば大丈夫だけど、ずっと夢を見ていた気がするんだよね・・・。ずっとずっと悲しい夢を・・・。」
一瞬、彼女の瞳が何時ものような輝きを失い、曇ったような気もしたが、あえてここは指摘する必要もないし、本人が話したくないのであればどんな夢を見ていたかを聞く必要はないだろう。
「それは、夢だよ。きっと悪い夢だ・・・。」
「・・・そうなのかな・・・。それと、俊君、何故、私は病院のベットの上にいるの?」
「あぁ、絵里が僕がいる羽生研究室に来た時に突然気を失ってね。多分疲れていたんじゃないのかな。それで教授が気を使って病院を手配してくれて、今までここに入院してたんだよ。」
決して嘘は言っていない。今の彼女に伝える必要のない事は伝えずに事実を伝えただけだ。
「そっか。羽生教授には迷惑かけちゃったかも。あとで、お礼言わないと。」
「それなら、僕から伝えておくから。絵里は完全に良くなるまでは担当のドクターや看護師さんの言う事を聞いて安静にしていてくれればいいから。」
そう彼女には伝え、他にも他愛無い会話を少しだけしていると、今までの疲れが出ていたのだろうか、絵里は眠そうな表情を浮かべていたので、ゆっくり休むようにいい、この日は病室を後にした。
大学病院を後にした僕は、その足で教授に絵里が目覚めた事の報告の電話を入れた。
「教授、絵里が目覚めました・・・。」
「そうか、戸田君もこれで一安心だな。それで、彼女の様子はどうなんだい?」
その後、彼女の様子をありのまま伝え、絵里が教授にお礼を言っていた事も伝えると、教授も安心したようだ。
「その様子なら、後でお見舞いに行くとするか。戸田君は、夏休みが終わるまでは益子さんの手伝いだろうから、私一人で・・・は無理だろうから、嫁さんと一緒に行くとするよ。」
最後の一言がなんとなく嫌な予感しかしなかったが、まあこればかりは仕方ない。実際に、村の調査には教授の奥さんにも手伝ってもらったような所が大きいだけに(教授が一人で暴走しないようにするためには最強のストッパーであるだけに)、無下にはできない。
その辺りで何か起きそうな場合や起きた場合は教授に責任をとってもらえばいいだろうから、放置する事にした。
「それとだが、戸田君は、佐野君が助かったのは何故だと思うかい?これは私なりにも思ってはいた事なのだが。」
「そうですね。多分、あの銀髪の少女が関係しているのではないかと思っています。あのメンバーの中で、唯一、彼女の声を聴いたのは絵里だけですし。それに、あの肝試しに反対していたのは絵里だけでしたからね。」
「そうだね。私もそう思う。そして、あの場所を面白半分に訪れた者に制裁を加えていたのは誰なんだろうね?」
「これは僕の勝手な予想なのですが、銀髪の少女に思いを寄せていた幼馴染の青年の思いとあそこで軍の連中に怨みを抱いたまま亡くなっていった者達の怨念の集合体な気がします。きっと独房で地獄のような苦しみの中、あの青年が耐え続けられたのは少女への思いがあったからでしょうし。きっと僕が同じ立場なら、大切な人を守る為ならどんな地獄でも耐え抜いてみせると思うかもしれません。」
「お、珍しく意見が一致したかな。私も同じ考えに至っていたところだ。ある意味、大戦・・・戦争と言うモノが招いた悲劇でもあるのだが、人の気持ちはそう容易く戦争程度のモノで書き換えられるものではないからね。いくら戦争だから、戦時中だからと上層部が国民を拘束し、好き勝手に利用しようとしても、付き従う者は限られる。人はそれぞれ自分なりの意思と意志を持っているものだからね。それを侵害する権利は何者にもないだから。」
教授の言うとうりだ。戦争と言う大義名分を理由に人の思いにまで介入する事は決して許されない。けど、この国はそれを平気で犯した。一致団結と言う身勝手なスローガンを武器に、一部の者達が自分の利益の為にはじめた戦争をあたかも国の為に挿げ替え、真面目に戦況を研究していた者達の声も聴かず、戦争に反対する国民の声すら聴かずに好き勝手に推し進め、大量の戦死者をだしたのだから。
「教授、思うんですけど、何故、人は過ちを繰り返すのでしょうか?」
「まあそれは、戸田君自身が考えた方がいいと思うよ。ちょうど益子さんというその手の情報に精通した人の元で今は手伝いをしているのだから、益子さんの仕事を見ながら考えた方がいいんじゃないかな。答えを教えて欲しいと聞いても教えてくれないだろうから、見て感じて、君なりの答えを導き出すべきだろうね。」
その後、教授は何やら急な予定が入ったらしく、慌てた様子であったので僕から電話を切る事を伝え、お礼を言って電話を終わらせた。
あの様子だと、また、何やら面倒なものか何かが見つかったのだろう。相変わらず、忙しい人のようである。
その後、夏休みが終わるまで僕は益子さんの下で特集記事の為の調査と執筆の手伝いをこなし続けた。
そのお陰もあってか、報道と言う仕事に興味を持ち、今後の進路として考えるように至った。
今でもふと思う事ではあるのだが、何故、あの時、僕や益子さん、絵里は助かったのだろうかと疑問に感じる事はある。何故、5人はあのような結果になってしまったのだろうかと。きっと答えを知る者は何処にもいないのだろうが、知る者がいたら聞いてみたい。言うまでもなく、あのような悲劇が生まれるきっかけも防げたのではないのではないかと言う答えもだ。
もし、答えられたとしても結果は変わらなかったのなら、意味はない答えなのかもしれないが。
まあ、答えなんて求めても変わらないのなら、自らそうならないように変える努力をするのが一番大切なのかもしれない。
ただ、この国に住む以上、その変える努力をし続けるのは生半可な気持ちで難しいだろう。あの大戦の頃もそうだったようだが、この国の一部の人達は上の者には絶対服従、それに従わない奴は圧力をもって排除か敵とみなすという困った考えを持ち続ける人達が少数とはいえ存在する。そのような人達は、この国の国民性ともいえる右に倣え主義というか同調圧力には逆らわないというのをうまく利用し声高々に同意を求め続ける。そんな圧力に屈せずに居続ける事は並大抵の努力では難しいだろう。
上の命令は絶対服従なんていうのは、民主主義ではなく単なる独裁と変わらない。民主主義と言うのなら、おかしいものはおかしいと言えるのが正しい姿だと僕は思う。
銀髪の少女を思い続けていた幼馴染の青年はその覚悟をもって彼女を守り続けたかったのだろう。そう思わずにいられない出来事だった。
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この続きは2020/08/07 23:00頃に公開します。
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