老人の記憶(3) / 彼女が残したモノ(1)
老人の話で、あの本に書かれていなかった後の話と、落人の里で聞いていた話を補完する事が出来た事によって、この老人の正体が分かったのだった。
この老人は、きっと本に書かれていた若い軍人と称されていた人物だろう。
「あの先生の命を奪ってしまった・・・。」という老人の後悔は、その言葉の意味以外にも色々とあるのだと思う。
僕達は、老人の話を一通り聞き終え、お礼を言うと、老人からこれからどうするのかを聞かれた。
「これから、私達は、例の廃墟に向かって色々と調べようと思っています。前回の調査では分からなかった事や、土砂の先にあるものを確認しなければ・・・」
益子さんが答えると、老人は少し考えた。
「そうか・・・それなら儂も一緒に行くとする。年寄りとはいえ、内部に詳しい者が居た方が何かと楽だろう。それに、儂はお世話になった先生に少しでも報いたい・・・。」
「わかりました・・・ただ、内部はかなり荒れに荒れています。くれぐれも無理だけはなさらないで下さい。」
老人は、わかったと頷くと、必要な準備を整え始めた。土砂を取り除く作業もあるからと、納屋から僕達が持ってきたのよりも頑丈なスコップやつるはし、籠なども持ってきた。
一通りの荷物を預かり、車に積み込み、老人と共に、廃墟を目指した。
17. 彼女が残したモノ
以前に来た時もそうだったが、相変わらず、廃墟のある場所へ向かう道は薄暗く、鬱蒼とした木々に囲まれており、足場も良くないのも変わりはない。
今回はスコップやつるはしや籠など土木作業を行うような道具などの荷物が多いもあり、前回よりも安全に停められる場所を探し、そこに車を停めて中へと進む。
あの大地震でここを見捨てたから1度も訪れた事のなかった老人は、あまりの荒れように驚いていた。そうなるのも仕方がない。長い事放置され続けたのもあって荒れ放題で前に進むのにも苦労する程なのだから。
前回と違い荷物の多い今回は、入り口まで到達するのにかなり苦労した。日のある時間でなかったら、荒れ放題の足元をすくわれ続けてまともにたどり着けなかっただろう。
やっとの思いで建物の入り口に到達した時、何か聞こえたような気がする。
「来てはダメと言ったのに・・・」
その声は、前回に聞こえた声と同じだと思う。僕以外にも益子さんも老人にも聞こえたようで、老人はその声に聞き覚えがあるのか、一瞬はっと何かを思い出した顔をした。
「・・・もしや、今の声は、あの娘か・・・。」
「あの娘って・・・。まさか、あの本に書かれていた・・・。」
「ああ・・・あの銀髪の少女だ・・・。」
あの声が老人が言う銀髪の少女のものだとしたら、何故、少女は『来てはダメ』と言うのだろうか。助けを求めているのなら、『助けて』のハズだろうし、一連の謎の事故は彼女が起こしたものなのだろうか?
彼女が起こしたモノなら、ここで『来てはダメ』と言うのはおかしい。そうなると一体何が原因なのだろうか。
僕達は前回も活用した強力なライトを使い、内部へ侵入した。
老人はあの時の記憶が蘇ったのか、酷く悲しそうなため息をついている。
そして、肝試しに来たと思われる者達が残したゴミの山などをみて、悲しそうに呟いた。
「ここは遊び半分で来てはならない場所・・・。なのに、遊び半分で来るものだから・・・。」
その言葉の意味は重い。ここで遭った事を考えれば、遊び半分で来てはならない場所である。
老人の話でロビー付近には何もない事は分かっているので先を進み、二重扉の先の土砂で埋まっている所まで進む。
前回は、そこまで注意深く確認していなかったのもあって分からなかったのだが、前回、この先に何かあると感じた方とは別の方向に、相当分厚いガレキと土砂の壁がある事に気がついた。
ただ、そちらの方からはとてつもなく嫌な感じが漂ってきている。思わず、老人にこの先に何があったのか尋ねてみた。
「その先は・・・人体実験が行われていた牢病棟と、軍の連中が殺した者達を投げ込んだ場所だ。儂もそこの先からは嫌な気配しか感じない。今回は触れない方がいい。」
老人の回答に納得した。それだけの憎悪がこの土砂の先には溜まっているのだろう。
ぱっと見では建物の一部が崩壊した事によるガレキの山ようにしか見えないのだが、よく見ると崩壊したモノの先に人為的に埋め立てられたように見える部分がガレキの先にみえ、人手でこのガレキと土砂を取り除くのは厳しいと感じるほどだ。
「益子さん、この土砂の量だとこっちは無理ですよね。」
「私達だけでは無理だろう。それに嫌な感じも強過ぎて、手を付けるのは良くないと思うんだが。」
「僕も同感です・・・。」
「そうなると、前回見つけた方を調べる方がよさそうだな。」
二人の意見は一致し、前回見つけた方へ近づく。やはり、こちらの方が人の手が加わっていない事もあり、何とかなりそうである。
背後にいた老人が呟いた。
「こっちは・・・あの少女達が監禁されていた隠し扉のある方か・・・。」
僕達は掘る為の準備をはじめた。人形やぬいぐるみなどを集めた場所をどかした土砂を仮置きする為に、一旦、籠の中にいれて避かすにした。
籠の中に一つ一つ丁寧に入れていく様子を見ていた老人は何かに気がついたようだ。
「何故、あの娘達が大切にしていた物がこんな所に・・・。」
その言葉を聞いて、僕と益子さんは顔を思わず見合わせる。
「え・・・今なんておっしゃいました?」
益子さんが老人に尋ねた。
「ああ、あの娘達が大切に隠し持っていた物だからな・・・。ある時、先生からそんな話を聞いた事があった。軍の連中には気がつかれないように持っていたハズなのに何故ここに・・・。」
あの場所から脱出する事は不可能なだけに、何故ここに彼女達の私物が転がっているかが不思議に思っているようだ。
もし、あるとしたら、軍の連中が取り上げたという事になるだろう。
「その辺の事は詳しくご存じないのですか?」
「すまぬ、儂はあそこにはほとんど近寄ってないからわからぬ。正直、あそこへ一人で行くのは良心が許さなくてな。先輩に連れられて行っても、大抵は先生と雑談をしているばかりだった。ただ・・・」
老人は言葉に詰まる。軍の頃の苦々しい思い出はあまり思い出したくないのだと思う。気持ちは分からなくもない。
「ただ・・・ありえるとしたら、あの連中の事だ、何かを隠し持っているのを知って取り上げていてもおかしくない。ここにあると言う事は、あの地震の直前か少し前に取り上げて何処かに隠してあったのか、処分しようとしたか・・・。」
「お爺さん、それだけ軍の人達は好き勝手してたのですね・・・。」
「まあな。この国が戦争で負けるのも当然と言える。それだけ上の連中も下の連中もやりたい放題じゃった。結局、割を食ったのは軍と無関係な国民と戦争に反対していた一部の連中だからな。」
老人は銀髪の少女にそっくりな人形を見つけると、丁寧に籠の中に入れた。
「きっとこれはあの娘の大切なモノだったのだろう・・・」
そう呟きながら。
前回発見した人形やぬいぐるみなどを全て籠の中に入れ終え、何も残っていない事を確認した僕達は、手作業で土砂を取り除き始めた。
決していい足場とは言えないが、この先にあるものを確かめなければとの思いで必死に土砂を取り除く。
大粒の汗をかきながら、時にはこの換気の悪い場所での作業で気持ち悪くなる事もあったが、弱音など吐かずに一生懸命作業をし続けた。
なにせ、一緒に来た老人も必死に土砂を取り除く作業を手伝ってくれているのだから、一番若い僕が弱音を吐いていいわけがない。
隣で必死に作業をしている益子さんに対しても失礼になる。
時折、手に豆が出来たか、慣れない作業で皮がむけたのかは分からないが、痛みを感じる事があるが、今はそんな事を言わず、頑張るのみだ。
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この続きは2020/08/02 23:00頃に公開します。
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