老人の記憶(1)
16. 老人の記憶
社を出発した僕達は、この時期特有の渋滞に何度か巻き込まれながらやっとの有名な坂道を登り切った先にある湖まで辿り着いた。
時間を確認すると現在の時刻は10:30を過ぎたぐらい。ここまで来れば、この先は渋滞の心配はないだろうし、それほど時間もかからずに辿り着けるハズだ。
僕も益子さんも気を引き締めて、この先を進む。湯元温泉郷の横を通り過ぎ、高崎と藤岡さんが事故に遭ったトンネルの付近まで辿り着いた。
「益子さん、すいません、ちょっとだけいいですか?」
僕は車を停めてもらい、二人が事故に遭った現場まで進むと黙とうを捧げた。
まだ事故の現場は生々しい跡が残っていた。これからどうなるかは分からないが、もし、例の廃墟に関する事を解決できたら、真っ先にこの二人には報告すべきだろう。
特に高崎には本の翻訳では世話になっている。それに、僕の予想が間違ってなければ、高崎も藤岡さんも大泉も太田さんもあの廃墟にまつわる悲しい出来事の被害者である。
通行する車の邪魔にならないように現場から益子さんの待つ車に戻り、出発する事にした。
トンネルを抜け、少し走ると、以前食事をとった山小屋が見えてきた。今回も目的地に着く前に早目のお昼ご飯とお手洗いを済ますために寄る事になった。
前回は、心に余裕がなかったのもあって、気がつかなかったのだが、入ってすぐの場所に大きな囲炉裏のような物があって、この地の名物の川魚の炭火焼が作られていて提供されている。
珍しさのあまり、僕はその光景に見惚れていると、一人の老人が声をかけてきた。
「そんなに物珍しいかい?」
「ええ、こちらに来てから、僕の生まれ故郷にしか生息していないと思っていた川魚の炭火焼きを見る事が出来るなんて思ってもいなかったので。」
「ほほぉ、お前さんは北の大地から来られたのか・・・。」
そんな他愛無い会話をした後、僕達は川魚の炭火焼きと名物のすいとんなどを頼み、奥のテーブル席に座るとこの後の事を話し合う。
「で、この後ですが、例の廃墟の中の調査は―――。」
何時の間にか真剣に話し合いをしていたようで、先ほど僕に声をかけてくれた老人が何時の間にか僕達のそばにいる事に気がつかなかった。
多分、注文した料理を持ってくる前にお冷などを持ってきてくれたのだろう。
「・・・お前さん達、もしかして例の廃墟に行きなさったのか?しかも、調査とか言っているのが聞こえたんだが・・・。」
「え?あ、はい。つかぬ事を聞きますが、お爺さんはずっとこの辺にお住まいなのですか?」
失礼に当たるかも知れないと思いつつも、何か知っている可能性もあったので思わず聞いてしまった。
「住んでいると言えば住んでいるのだが・・・。それよりも、お前さん達は一体何を調べているのかを聞かせてもらえれば・・・。」
僕と益子さんは少しだけ間を置き、老人に聞こえないように小声で話をしていた時にふと前に言われた話を思い出した。
以前にキャンプ場で聞いてみた方がいいと言われた老人はこの人なのかもしれないという事だ。
ここは素直に話して、知っている情報を貰った方がいいと判断した僕達は老人に今調べている事や分かっている事などを話した。
話を聞いた老人は、ここでは話辛いとの事で、店の奥のお客さんが来ない場所へ案内してくれた。
僕達が注文した料理もそちらに運んでくれるという事になり、そこで話を伺う事になった。
「そうか・・・お前さん達は、あの先生が残した本も手に入れていたのか・・・。」
老人は何かを懐かしむように、そして、思い出すように話し始めた。
「儂は、あの先生にお世話になったのにも関わらず、あの先生の命を奪ってしまった・・・。上官の命令だったとはいえ、逆らう事すら出来ず・・・。」
その発言は衝撃的なモノであった。そして、話を聞き続けていくうちにこの老人が誰なのかを知る事になった―――。
◇◆◇◆◇◆◇◆
老人は若い頃、この辺りにあった施設にいたようである。
ちょうど大地震が起きた日は、非番で休みであったのだが、施設から外に出る事は許されていなかったのもあり、与えられた部屋で前日に伝えられた命令の事で頭を悩ませていたそうだ。
伝えられた命令と言うのは、戦況が悪化する中、若い頃の老人がいた施設に対して何らかの問題が発生した時の対処の方法についてだった。
当時の上層部が考えた対処方法・・・それは、軍人以外は全て抹殺し、この世界から施設の存在を消しさるという口封じともいえる方法である。
老人はお世話になった民間人もいたため、その最悪の方法だけは避けたいと思っていたのだが、その願いは叶う事は無かった。
部屋で何時までも悩んでいても仕方ないと思った老人は、お世話になっている人物に相談しに出かけた。
同じ施設内にいる人物で、過去にも何度も悩みを相談しているし、何より誰よりも信頼がおける相手だけに、話すだけでも心が楽になるかも知れない。
そう考えた若い頃の老人は、誰にも会わずにその人物に会えるルートを通り、その人物のいる場所へ向かったのだが、あいにくその人物が居る事の多い部屋には居なかった。
多分、この様子だと巡回診療に行っているのだろう。ここで待ち続けてもいいのだが、なんとなく迎えに行ってもいいかと思い、回りそうな所へ向かう。
診療室を出て、廊下を歩いていた時だった。ちょうど隠し扉がある場所を過ぎた辺りだろう。
突然、物凄い地鳴りが聞こえ、大地が震え出した。その揺れの凄さは立っていられないほど凄まじいモノで、やっとの思いで近場の壁に寄りかかり揺れが収まるのを待つしかない程、強烈なモノであった。
その揺れは2分近く続き、建物内の一部には亀裂などが走っている。もし、何かあれば倒壊するのではないかと心配になるぐらいだ。
揺れが収まった後、周囲の安全と探している人物がいるかを確認すると、ちょうど揺れが収まったタイミングでその人物が、数ある病室のひとつから出てきた。
「先生、大丈夫でしたか?!物凄い揺れに襲われたので驚きました。」
「ああ、私は大丈夫だ。ってどうしたんだい?キミ?」
二言三言ぐらい交わしたぐらいだったろうか、また、地鳴りのような音が聞こえてくる。
今度は先ほどよりも物凄く大きな音で何かが迫ってきているのではないかと感じ―――再度また揺れを感じ始めたその時、一部の病室を突き破り、目の前に大量の土砂が流れ込んできた。
その土砂によって、先生の居た場所と若い頃の老人が居た場所の間に大きな土砂の壁が出来てしまった。
「せ、先生、大丈夫ですか?!」
大きな声を上げ無事を確認すると、何とか土砂を乗り越えてきたのか、先生の姿が見えた。
「ああ、私は大丈夫だが、この先の一部の病室の人達は厳しいかも知れない。」
土砂を乗り越えてきた先生がこちら側に来れるように手を貸す。
「ああ、ありがとう。助かった。」
「先生、この状況はかなり危険かもしれません。実は、昨日なのですが上層部から指示がありまして、何らかの問題が発生した時は軍人以外は全員抹殺して証拠を隠滅せよと・・・」
「そうか・・・。なんとなくそうなるのではないかとは思っていたが・・・。」
先生は言葉に詰まっている。ここの今までの状況を考えればこうなるのは予測できていたのだろう。
「僕は先生にはお世話になっています。正直、先生を殺したくはないのです・・・。僕は一体どうすれば・・・。」
続きを話そうとした時、施設内にけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
このサイレンの音は言うまでもない、例の命令を実行しろと言う合図である。この合図がでた理由も、すぐに分かった。
土砂が流入して封鎖された先にある病室や、その先にある別の隠し扉の中にある部屋から患者や実験台にされた人達が地震で壊れた所から逃げ出してこっちに向かってきているようで、土砂の向こう側からは物凄い怒声が聞こえてきていたからだ。
このままここに先生が居たら、先ほどの合図で武装した軍人達が現れて殲滅作戦を実施するだろう。
それに先生を巻き込まないようにするため、若い頃の老人は急いで先生を逃がすための策に出たのだった。
お読みいただきありがとうございます。
この続きは2020/07/31 23:00頃に公開します。
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